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買い負ける日本

2023.09.04 公開 ポスト

「半導体確保は政治的問題」大統領が動くアメリカと出遅れる日本の“決定的な差”坂口孝則

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著です。7月26日発売の幻冬舎新書『買い負ける日本』は、調達のスペシャリスト、坂口孝則さんが目撃した絶望的なモノ不足の現場と買い負けに至る構造的原因を分析。本書の一部を抜粋してお届けします。

買い負けの現代的背景(1)政府の動き

ホワイトハウスでは2021年4月、ジョー・バイデン大統領が「CEO Summit on Semiconductor and Supply Chain Resilience(半導体のCEOサミット)」と名付けた決起集会を開いている。これはホワイトハウスと半導体・IT関連企業のトップを集めて開いたものだ。

ホワイトハウスのホームページでも内容を確認できるが、YouTubeで当日のバイデン大統領の様子を見ると、わざわざ半導体のウエハーを左手で取り関係者に「これがわれわれのインフラストラクチャーであり、多額の投資を行う」と宣言している。

(写真:Wikimedia Commons)

石油や鉱物が眠っている場所は神様が決めたかもしれない。ただし、どこで半導体を生産するべきかは人間が政治的に決めるのだ。

さらに2021年9月23日に米国の商務長官であるジーナ・レモンド氏は半導体不足がボトルネックであるとし、代表的な半導体メーカーにたいして透明性を図るように伝えた。これは各社に需要量や在庫量などを開示するように求めたのだ。当然ながら契約情報などは機密にあたる。大きな反発は当然だった。

しかし、米国は世界の中心であり、強引な手法であっても世界の半導体メーカーの注意を米国に向けさせ、もし歯向かったら何が起きるかわからない、と思わせるにはじゅうぶんだった。

なおこの動きは一例で、他にも米国政権が半導体業界を牽制すると、ただちに米国の自動車メーカーが米国政府の姿勢に賛同し半導体各社に早急な納入を求める動きが多々見られた。官民が一致していた。

さきにも紹介した装置メーカーのサプライチェーン統括者は感心するように、そして呆れるように「米国政府は世界の半導体各社に米国優先の圧力をかけていた。あれだけプッシュするんだから強いですよ」と述べている。

同時に米国政府は、次々に半導体への投資を決定していった。研究や工場誘致、減税など、円換算で3~5兆円規模が次々に可決され、過激なほどだった。ただ半導体誘致にはそれほどの狂気が必要なのかもしれない。

 
時計の針を進めるが、米国での新工場設立に際し、2022年12月にTSMCが発表したアナウンスは示唆的だ。アマゾン、AMD、アップル、ブロードコム、NVIDIAといった名だたる企業らがTSMCの米国工場建設について賛辞を連ねている。

そのいっぽうで、TSMC会長のマーク・リュウ氏は「米国に連れてきてくれて(has brought us here)ありがとうございます」と述べているのが印象的だ。自ら望んで進出したわけではないけれども、米国に呼んでくれてありがとうと。中国に配慮した内容だったかもしれない。経済合理性ではなく、政治的な色彩が濃かったと暗に述べているように私は思う。

TSMCは日本と米国に工場を設立している。ただ、先端の技術はさすがに台湾に残しているので、台湾の重要性は残るはずだ。この意味でTSMCは米国に完全に抱き込まれたわけではない。

いっぽうで日本はどうか。2021年の記者会見では、梶山弘志経済産業大臣(当時)は「自動車用の半導体の供給不足が生じていることは承知をしております。政府としては、日本台湾交流協会を通じて自動車業界と連携した上で、台湾当局に対し、メーカーの増産に向けた働き掛けを行っているところであります」とし、政府高官が台湾に渡って、台湾政府とTSMCにたいして日本向けの半導体製造を増産するよう要求した、と明かしている。

もちろん日本側も努力はしたと思う。ただ、ここで明らかになるのは、日本と違って米国は大統領が直々に半導体を確保するよう動いている点だ。それ以前にも、トランプ前大統領が中国の半導体を封印しようとしていた姿勢は記憶に新しい。

それに対して日本には、首相ができることはなんでもやる、という狂気は見られなかった。

買い負けの現代的背景(2)日本企業の認識のズレ

まったく個人的な話だが、私は自動車メーカーの研究所で働いていた経験がある。自動車メーカーでは調達担当者が工場に出社して、製造ラインが止まっているときほど恐怖する瞬間はない。それは「あってはならないこと」が起きたのであり、さらに自分の担当している部材が原因ならば大問題だ。

自動車は数万点の部品で成立している。たった一つの部品であっても、なければ生産が止まる。ささいな部品であっても、重要部品であっても、止まる意味では等価だ。製造ラインが止まるのは、めったになかったことだから「寿命が縮まる」といっていた人もいた。

逆にいえば、それだけ「納期通りに部材が入って当たり前」の世界だ。自動車産業は自身を中心に仕入先が回る“天動説”的な考えをもっている。自動車産業では垂直統合といって、自動車メーカーがピラミッドの頂点として君臨していた。

ただし、自動車産業は半導体メーカーとソリが合わない点がある。

一つ目は、商習慣だ。

自動車産業では、確定発注数量が決まる前に、事前情報を仕入先に提示する。現実にはこの内示を把握した瞬間に動き出さなくてはならない。

自動車メーカーは、ジャスト・イン・タイムで仕入先から納品してもらっている。直接、自動車メーカーに納品するこの仕入先をティア1と呼ぶ。このティア1が半導体を購入し、部材を組み立て自動車メーカーに供給する。自動車メーカーが数量の見通しをティア1に伝え、その見込みが甘いとティア1は半導体の注文をキャンセルせざるをえない。コロナ禍などで不景気になると調達した半導体が在庫として積み上がってしまい、経営にダメージを与えるからだ。

つまり半導体の調達は自動車産業とそもそも相性が悪いといえる。自動車メーカー側はギリギリに発注して、ジャスト・イン・タイムで納品されるのに慣れているし、それができる環境に甘んじてきた。

ただこの甘えは、自動車産業に限った話ではない。私たちは半導体のサプライチェーンなど真剣に考えてこなかったし、半導体が命運を握るとまで考えた人はいなかった。かつて日本は製造業大国で、かつ右肩上がりだった。購入量は世界随一。ただし、現在では中国などのアジア各国が力をつけてきた。必然的に日本の相対的なシェアは下がる。さらに日本は少子高齢化と経済成長の停滞で、ここから購入量が上がるとは考えにくい。

アロケーション(配分比率)については、結局のところ、販売する企業が、誰に販売するかを決める。複数の関係者は「アロケーションに関わる責任者にとって日本企業は魅力的に映っていない」とする。

二つ目は、使用している半導体の回路幅だ。

半導体は微細化技術が肝だ。小さな面積のなかに多くのトランジスタを配置する。微細化ができるほど高性能になり商品の差別化につながっていく。

現在、世界先端の微細化技術を有するのはTSMC、次に韓国サムスンだ。米国のインテルが次順位につける。微細化の先端度合いを回路幅のナノで表現する。直観的にはナノ数が小さいほど半導体回路の同一面積に多くの回路を詰め込める。現在、自動車産業で使われる半導体は40ナノていどだ。しかし、スマートフォンでは7ナノといった高性能品が使われる。スマートフォンは一台に100億以上の微細なトランジスタを組み込んでいる。

またTSMCは2ナノの開発や、1ナノの研究を進めるなど、業界内では独走している。新型コロナウイルスは100ナノメートルだから半導体の微細技術の凄さがわかる。

ここでTSMCの2022年第4四半期産業別売上高を見てみよう。

・ハイパフォーマンスコンピューティング:42%
・スマートフォン:38%
・IoT:8%
・自動車:6%
・デジタル消費電気機器:2%
・その他:4%

こう見ると、自動車向けはたったの6%にすぎない。しかもこれは自動車産業を主とする各国高官からのプレッシャーによって上昇した結果だ。少し前には4%しかなかった。しかしそれでも6%だ。つまり、自動車など、TSMCにしてみればささやかな比率にすぎない。

車載用の半導体は利益が稼げないわりには品質要求が高い。周りを見渡せばスマートフォンやコンピュータなど、もっと半導体を高く購入してくれる業界がある。“天動説”の自動車産業から見える光景とは違い、ファウンドリーからすれば、単価が安く質には口うるさい顧客と映る。さらに売上比率も高くはない。これまで自動車産業は景気が悪くなればただちに内示数量を減らし、景気が浮揚すれば「早くもってこい」と催促する需要家だったが、現在では半導体を中心とする“天動説”の世界が広がっているのだ。

なお、これは日本の自動車メーカーだけが旧世代の半導体を使用しているわけではないため日本の失策のように書くのは逡しゆん巡じゆんする。どの自動車メーカーも人命にかかわるため慎重になる。ただ、日本のお家芸たる自動車は相対的な地位を下げている。

さらにTSMCに製造を委託する企業の約7割は米国企業であるだけではなく、アップルをはじめとして、未来の先端半導体の開発を依頼するのも米国企業だ。これは日本との差を考える際に示唆的だ。新製品を描けるビジョナリーな企業は日本ではないとすれば、半導体メーカーは、どこを向いて営業するだろうか。

日本の奮闘は実るか

なお、昨今の状況をまとめておこう。半導体は経済安全保障における重要な戦略物資だ。そこで日本政府からの熱心な要望を受けてTSMCの熊本への進出が発表されたのは2021年10月だった。投資額は1兆円を超える。最先端の回路幅ではなく自動車産業向けの旧世代が中心になるものの、供給の安定に寄与する。

サムスン電子も日本の横浜に半導体開発拠点・試作ラインを置くと決めた。またマイクロン・テクノロジーやソニーグループも日本での工場の新設を相次いで発表した。

半導体を巡る危機感は全世界で共有されており、米国が主導するIPEF(インド太平洋経済枠組み)では、半導体など参加国の重要物資入手を強化する協定に合意した。これには日本やアジア諸国など14カ国が参加する。中国は参加していない。この協定により合意国内での調達拡大が目指されるほか、品不足に苦しむ国への対応を協議する。

欧州19カ国も2020年12月に「欧州半導体イニシアチブ」を宣言し、最先端半導体の製造への投資を計画する。日本勢も負けずとトヨタ自動車、NEC、ソニーグループ、ソフトバンクらが出資したラピダスが2025年までに先端半導体を試作できるように動いている。さながら半導体戦争の様相を呈している。

これから半導体の潜在ニーズはさらに高まる。諸企業の日本への投資も結局は日本市場が魅力的であり続けるかにかかっている。買い手の日本企業にも改善が必要だ。そうでなければ日本進出等のきらびやかなニュースも空騒ぎに終わる可能性を秘めている。

関連書籍

坂口孝則『買い負ける日本』

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著になっている。日本企業は、買価が安く、購買量が少なく、スピードも遅いのに、過剰に高品質を要求するのが原因。過去の成功体験を引きずるうちに、日本企業は客にするメリットのない存在になったのだ。調達のスペシャリストが目撃した絶望的なモノ不足と現場の悲鳴。生々しい事例とともに、機能不全に陥った日本企業の惨状を暴く。

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買い負ける日本

2023年7月26日発売『買い負ける日本』について

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坂口孝則

1978年生まれ。調達・購買コンサルタント、未来調達研究所株式会社所属、講演家。大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。原価企画、調達・購買に従業。現在は、製造業を中心としたコンサルティングを行う。著書に『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ 0円iPhoneの正体』『仕事の速い人は150字で資料を作り3分でプレゼンする。』『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』(小社刊)、『製造業の現場バイヤーが教える調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。

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