「日本には、もう夏と冬しかないじゃん!」みたいな声も聞きますが、ちゃんと感覚を澄ませば、日本にはしっかり四季があります。豊かな四季を感じられることは、それだけでも、とても幸せなこと。
神職の桃虚さんは、毎日神社のお掃除をしたり、行事に取り組んだりする中で、日々、季節の変化を感じるそうです。どうやら、春夏秋冬を大切にすれば、毎日が開運のチャンスに溢れているようですよ!
神様にお仕えする桃虚さんによる、幸せを呼ぶ新連載がスタートです。
* * *
はじめまして桃虚です。関西のある地方で、神職をやっています。
この連載では、「一生幸せを感じ続ける方法」についてお伝えしていきます。
いやいや、無理だよ。
第一、そんなやつはばかだよ。
と思うかもしれません。
人生、良い時もあれば悪い時もあり、一生勝ち続けられる人などいませんし、自分がいま幸せの絶頂なのか、不幸のどん底なのか、あるいは、それほどの起伏もない人生のどうってことない地点にいるのか……なんて、人生の最後の最後にわかることで、渦中にいる時にはわかりっこないからです。
そんなあなたにお伝えしたいことがあります。
まずは、人生を「長い目で見る」ことを終わらせてください。
将来のことを考えるのを一旦、やめてみてください。
過去のことを振り返るのも一旦、やめてみてください。
そして、「今、ここ」にある幸せに意識を集中させてください。
朝なら、太陽が昇っていることを確認して、幸せを感じます。だって、太陽が昇ってこなかったら一大事じゃないですか。
昼ならば、ランチを何にしようか、あれこれと考える幸せを噛み締めてください。お弁当を持ってきている人は、お弁当というすばらしいものを発明した昔の日本人を言祝ぎ、自分がその天才の末裔である幸せを感じてください。
夜には、お布団で横になれる幸せを感じながら眠りについてください。
こうした小さな一瞬一瞬の幸せを感じる、ということを毎日続けていけば、「一生幸せを感じ続ける」ということになるのです。
いやほんとに当たり前のことを言っているなと自分でも思いますが、これが、神社神職として、日々、神様に季節の食べものをお供えしたり、境内の落ち葉を履いて清めたり、厄除開運の祈祷を行って参拝者さんとお話ししたりする中でたどり着いた、唯一、確実な開運法なのです。
私は現在、女子神職として掃除、祈祷、雅楽(龍笛という笛を吹いています)を担当していますが、年末年始の神社が賑やかな時には、学生の巫女さんたちの指導もしています。
ちょっとしたことで笑いが止まらなくなる年頃の彼女たちは、見慣れない伝統的な装束や神具に囲まれて楽しくご奉仕する中で、無知ゆえに突拍子もないことを言い出します。すると私は「それ、いただき!」と思って手帳に走り書きします。自分にはない視点を与えてくれる存在は、私の大きな幸せのひとつです。
四年、あるいは長い子で七年、巫女さんのご奉仕をして、ついに卒業という時、彼女たちは「私、桃虚さんみたいな人生を歩みます」とか「桃虚さんみたいな大人になりたい」などと言ってくれます。私は寅さん風に「やめたといた方がいいよ。元気でな。世の中に出てもめげるなよ」と言いながら、心で泣いています。泣きながら、幸せを噛みしめているのです。
皆さんの職場や学校で、いちばん手を焼くのは新人や後輩ではありませんか。でも、よく考えてみたら、あなたが彼らに費やす労力よりも、彼らがあなたに与えてくれる幸せの方が、何倍も大きいのです。要は、感じ方の問題です。
さて、日本には、昔から、「八百万(やおよろず)の神」がいると言われます。擬人化された神様を想像して、八百万人とすると、だいたい、埼玉県の人口ぐらいでしょうか。
神職の私は、その一人一人の顔と名前と性格とごりやくを覚えています。めっちゃ暗記しました。
というのは嘘です。
確かに古事記に出てくる天つ神・国つ神の名前は覚えましたが、それは神職の資格を取る時に勉強で詰め込んで覚えたもので、主役級・準主役級以外は忘れてしまいました。
それに、古事記や日本書紀など文献に出てくる神様を合わせても八百万にはならないのではないでしょうか。
「当たり前じゃないか。八百万てのは、べらぼうに多いって意味だよ」
とおっしゃる方。そのとおりだと思います。
ではなぜ、日本には、べらぼうにたくさんの神様がいるのでしょうか。
それは、この島に住むようになった民族が、身の回りにあるあらゆるもの・ことを、尊し尊しと、愛でてきて、その習慣が代々受け継がれたことによって、どんどん神様の数が増えた、ということなのではないでしょうか。
一神教における神様は偉大で私たちを救ってくれる存在ですが、神道のような多神教の神様は、その存在自体を尊し尊しと愛でる対象なのです。
私はある時ふと気がつきました。
これって、今の学生の巫女さんたちが言っている「推し」と同じじゃないだろうか。ああそうか。推し活は日本古来の伝統なんだな。というより昔は暮らし全体、人生そのものが推し活であったのだな。と。
それまで、誰かの大ファンというものになったことがなく、推し活も人ごとだと思っていた私ですが、実はずいぶん長いこと、神様推し活をしていたのだ、ということに気づいて、「あ、よかった。時代の流れに乗り遅れてなかった。」とホッとしたのです。
とはいえ、この連載を読まれる方は、神職ではありませんから、いきなりの神様推し活はハードルが高いでしょう。
そこで、古来の人々が神様をみてきた「季節のもの」や「季節の現象」を五感で最大限に感じる方法を、この連載ではお伝えしたいのです。こつこつと続ければ必ずその境地に辿りつけます。美容や語学と同じで「継続は力なり」なんです。
好きなことのために、つらい仕事や勉強を我慢してする。将来のために、しんどい人間関係も我慢する。というのも時には必要かもしれません。ですが、好きだから、気持ちいいから続けられることを続けて、いつの間にか結果がついてくる。という毎日の方が、豊かだと思いませんか。
月日は百代の過客、という言葉があります。流れる月日は永遠の旅人。という意味で、日にちを旅人に喩えたものですが、旅の日々というのは一日一日が通過点であると同時に貴重な目的地でもありますよね。
人生は旅そのものです。そして月日は百代の過客です。今日という日そのものも、「今日」という名の尊い神様だと思って、通過点としてだけではなく、きちんと愛でてみませんか。
感性を毎日磨き続けることで、多幸感も続く。それによって運も開け、人も寄って来る。そんな良い循環が生まれることを願っています。
毎日がみるみる輝く!神様とあそぶ12カ月
「小さな一瞬一瞬の幸せを感じる」を毎日続けていけば、「一生幸せを感じ続ける」ということになる。――当たり前のことだが、これが、神社神職として日々、神様に季節の食べものをお供えしたり、境内の落ち葉を履いて清めたり、厄除開運の祈祷を行って参拝者さんとお話ししたりする中でたどり着いた、唯一、確実な開運法なのです。
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神主さん直伝。春夏秋冬を大切にすれば、毎日が開運のチャンス!
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