女友達が夕方に自転車で出かけた時、スロープだと思って下ったら階段だったそうだ。
ジャッキー・チェンのように階段をガタガタ下りながら「死」の一文字がよぎったという。
ブレーキいっぱい握り締めてゆっくりゆっくり下っても、転倒したら大惨事。
JJ(熟女)は夕方になると目がかすむので、死なないように気をつけよう。
47歳の私は肉体的には下り坂だが、メンタルは強くなった。
若い頃なら死んでたかもな? みたいな事態に遭遇しても「知らんがな」「どうでもええわ」と思えるし、「何に悩んでたんやっけ」と記憶喪失になるので便利。
なおかつ、コーピング(ストレスに対処する方法)のレパートリーも増えた。
寝る、風呂に入る、漫画を読む、ゲームをする、美味しいものを食べる、猫を撫でる、推しを愛でる……など、コーピングの種類は多ければ多いほど良いそうだ。
私の一番のコーピングは、やっぱりおしゃべりである。
友人に「ちょっと聞いてよ~」と話して「わかる! それはつらいね」と膝パーカッションしてもらうと、ストレスが一気に軽くなる。
「人に話しても解決しないし」とおっしゃる男性は多いが、「愚痴と排便は大事」とロゼッタストーンにも書いてある(書いてない)
うんこと同様、人はネガティブな感情をためこむと病気になるので、言葉にして出したほうがいい。
誰かにつらさを話して「わかる」「つらいね」と聞いてもらうことで、心の健康を保つことができるのだ。
逆に「自分で解決しなきゃ、人に頼っちゃダメだ」と抱え込むと、どんどん追いつめられていく。
ストレスや不安が強くなると思考力が鈍って、適切な判断もできなくなる。長期間ストレスにさらされると「学習性無気力」になり、逃げる気力すら失ってしまう。
うちの父が自殺したことを、父の兄(男尊女卑のマッチョジジイ)に報告したら「あいつはそんなに弱い男やったんか」と返ってきて「そういうとこやぞ」と思った。
男性の自殺率は女性の2倍ほど高い。
自殺に関する調査によると、どの世代でも「人に悩みを話すことに抵抗がある」という男性は女性よりも多く、「精神科にかかることに抵抗がある」という男性も多いそうだ。
男は強くあるべき、弱音を吐くな。そんな「男らしさ」の呪いのせいで人に悩みを話せず、助けを求められない男性は多いのだろう。
父が自殺した時、遺体の確認のため警察署に行ったらイ・ビョンホンみたいな刑事が出てきてびっくりした。という話は『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』に綴っている。
事情聴取するイ・ビョンホンの眼光が鋭くて、うっかり何かを自白しそうになった私。
イ・ビョンホンは出てこないけど、韓国ドラマ『今日もあなたに太陽を 精神科ナースのダイアリー』は良い作品だった。
このドラマには素敵な肛門科医が出てくる。個人的にはイ・ビョンホンよりも好みだった。こんなドクターに診察されたらドギマギして、うっかり何かを自白してしまうかもしれない。
肛門科医は「僕は医者だけど、自分の痔は治せない」など名言を吐いて、精神科ナースの主人公を励ます。
「精神科と肛門科の患者には共通点がある。ただ病気なだけなのに、病気を恥じて隠そうとする」というセリフは特に印象に残った。
アナルもメンタルも病気になる可能性は誰でもあるけど、「痔なんだよね」よりも「鬱なんだよね」の方がさらに言いにくいかもしれない。
それは患者のせいではなく、社会の側にスティグマ(負の烙印、偏見や差別意識)があるからだろう。
私も子どもの頃、母親のことを誰にも話せなかった。
うちの母はアルコール依存症と拒食症をこじらせて亡くなったのだけど、中学生の私には病気の知識もなかったし、母のことを恥じて隠さなきゃいけないと思っていた。
「うちのお母さん、口うるさくてイヤになっちゃう」とか言ってる同級生に「うちのお母さん、お酒ばっかり飲んでたまに手首を切って、この前は大量に薬を飲んで救急車で運ばれてイヤになっちゃう」なんて言えなかった。
母に振り回される嵐のような日々がつらすぎて、別居している父に「もう死にたい」と泣きながら電話したら「勝手に死ね! 自殺しろ!」と怒鳴られた。
このままでは母か自分を殺してしまう。そう思って18歳の時に家から逃げ出して、その翌年に阪神淡路大震災が起こった。
地震の数日後、瓦礫だらけの街でばったり出会った父に「なんやおまえ、生きとったんか」と言われて
パリーン!!!!!
僕は生まれて初めて、人の心が壊れる音を聴いたんだ……(ハチクロ)
みたいなナレーションは流れなかったけど、私の心は壊れたのだと思う。
それまで性経験はほとんどなかったけど、その後はハチャメチャに酒を飲んでゆきずりの男とやりまくった。
酔っ払ってセックスしている一瞬は、現実のつらさを忘れられたから。
男に体を差し出せば、その一瞬だけは抱きしめてくれるし、優しくしてくれるし、甘えさせてくれるし、かわいいと言ってくれる。
親からもらえなかったものを、セックスをエサにして男に求めていた。
「そんな無茶してたら危ないよ、自分を大切にして」と言ってくれる女友達もいたけど、親に死んでもいいと思われてる人間がどうやって自分を大切にできるの? と聞きたかった。
そんな過去の自分を「かわいそうに」と抱きしめたいけど「うるせえババア!」と返り討ちに遭うだろう。ヤングの私の方が強いので、投げ飛ばされるかもしれない。
当時の私は「かわいそう」と思われたくなかったし、傷ついている自覚もなかった。
「あなたは傷ついてるから、酒とセックスに依存してるんだよ。そんな生き方だと不幸になるよ」と優しい大人に言われても「うるせえ! 勝手に決めつけんな」と返しただろう。
自分が不幸なことなんて知ってるし、不幸だからこんな生き方しかできないんだよ。大人がわかったようなこと言ってんじゃねーよ。
と当時の私はギザギザ子守唄なヤングだったけど、やっぱり若い子が同じようなことをしていたら止めたくなる。
もちろんセックス=悪ではないし、お互い対等に尊重し合えるセックスは良いものだ。「ハッピーセックス!!」とダブルピースしたくなるような明るいセックスも存在する。
一方、闇ビッチだった頃の私がヤバい男にあたって騙されたり殺されたりしなかったのも、性感染症や妊娠を避けられたのも、たまたまラッキーだっただけだ。
「やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい」なんて言葉があるけど、やらない方がいいことなどナンボでもある。
その頃の私はみずから体を差し出しながら、「私にはセックス以外に価値がない」と自分を見下していた。
「男なんてやりたいだけ! モンキーなんだよジョジョォォォォーーーッ!!」と男のことも見下していた。
自分も男もみんな大嫌いだし死にたい。
そんな地獄の底からなんとかしぶとく生き延びて、「腕白でもいい、長生きしたい」と長寿を願うJJが爆誕した。
そこに至るまでの道のりは『生きづらくて死にそうだったから、いろいろやってみました』に綴っている。毒親育ちのためのライフハックも詰まっているのでご参考に。
こういう本も出せたし、黒歴史は恥だが役に立つ。と言いたいところだけど、あばずれ番外地を爆走していた過去を思い出すのはつらい。
自分も他人も傷つけたし、周りに迷惑もかけたし、自民党の公文書みたいに黒塗りして隠蔽したいのが本音だ。
夜中にふと記憶がよみがえって「なんであんなことしてもうたんやーキエー!!」とジタバタして、手足の血行がよくなる。そんな思い出すと死にたくなる過去をもつフレンドたちに伝えたい。
たしかに私たちはいろいろやらかしたけど、やりたくてやってたわけじゃないよね。それに自民党みたいに国民の税金を使ってハチャメチャやってたわけでもないよね。
そうしなきゃ生き延びられなかったから、しかたなかった。今生きてるってことは、その時々を必死にがんばってきたんだよ。
そんなふうに思うと、心がちょっと楽になるんじゃないか。
「ドラえもーん! 過去を消せる消しゴムを出しな?」とドラえもんを逆さ吊りにしたいけど、過去は消せないし、忘れたくても忘れられない。
そんなつらさを抱えながら、ここまで生き延びてきた自分を褒めよう。「お疲れ様、よくがんばったよ」と。
自分で褒めるのがアレだったら私が褒める。あなたは本当によくがんばった。
それに現在の自分は過去の自分とは違うし、だいぶマシな人間になっているはず。生き方もうまくなっているはず。
「真の自立とは依存先を増やすこと」という言葉があるように、人はみんな何かに依存して生きている。
中年の私は酒やセックス以外に依存できるものを見つけた。「わかる、つらいよね」と話を聞いて、支えてくれる人たちが増えた。
それは親ガチャに外れた私が自分の手でつかんできたものだ。
女友達と楽しくおしゃべりしながら、たまにふと母のことを思い出す。
母が拒食症で入院した時、お見舞いに来る人は誰もいなかった。お葬式にも誰も来なかった。友達のいない彼女は孤独だったのだろうし、かわいそうだと思う。
でもそれは私の責任じゃないし、子どもの私が犠牲になるのはお門違いだ。
母が死んだことで、もう二度と嵐に怯えずにすむとホッとした。親が死んで悲しめる人が羨ましかったけど、でもしかたない。だってもらってないものは返せないから。
「信念さえあれば人間に不可能はない! 人間は成長するのだ!」とジョナサン・ジョースターさんは言っている。私自身は成長したかどうかは知らんけど、加齢したのは確かである。
JJの私にはハチャメチャやる体力もないし、大酒も飲めなくなった。昔は飲み屋に出かけて男を引っかけてたけど、今は寒くて一歩も外に出たくない。
なにより逆さ吊りにしても一滴も出てこないぐらい、性欲がなくなった。今はもう全然セックスしたくないし、無理してやったら股関節が外れるだろう。
セックスのない生活は平和で快適だ。来来来世のぶんまでやりまくった過去は前世のように遠い記憶である。
私はジョナサンみたいな信念は特にないけど、これだけは断言できる。
「人間は加齢するのだ!」
私は中年になってものすごく楽になった。若い頃はこんなに楽になるなんて想像できなかった。
だから今しんどい人たちも、もうちょっとだけ生き延びてほしいと思う。
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アルテイシアの熟女入門
大人気コラムニスト・アルテイシアがジェンダー、政治、毒親、日々のモヤモヤ…などをぶっちゃけトーク!笑って学べて元気になれる連載です。
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