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宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか

2024.02.14 公開 ポスト

#8

かつて迫害されていたキリスト教が、世界一人口の多い宗教になった理由佐藤優/本村凌二

宗教的確執を抱えるロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス戦争が勃発、国内では安倍元総理銃撃事件が起こるなど、人々の宗教への不信感は増す一方だ。なぜ宗教は争いを生むのか? 国際情勢に精通した神学者と古代ローマ史研究の大家が、宗教にまつわる謎を徹底討論——。

発売直後から話題の『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』(幻冬舎新書)は、日本人が知らない宗教の本質に迫る知的興奮の一冊です。その試し読みをお届けします。

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(前回を読む

「父祖の遺風」という規範意識

佐藤 ギリシャは「自由民」の中に平民と貴族がいて、それとは別に奴隷と女性と子どもたちがいたわけですよね。この区分はローマも同じようなものだったんでしょうか。

本村 基本的にはそんなに違いませんね。どちらも「自由民」と「奴隷」の区別がもっとも大きい。古代の人たちにとって、自由人はきわめて優れた誇らしい存在でした。だからプラトンやアリストテレスのような偉い知識人でも、奴隷の存在は自然なものだと平気で言うんですよ。奴隷が自由人のために奉仕するのは当たり前だと考えられていた。

佐藤 その両者の差と比べると、貴族と平民の区別はそれほど大きくないわけですね。

本村 どちらも誇りある自由身分ですからね。最初の頃は家柄などで貴族と平民を分けていましたが、だんだん曖昧になっていきました。

結局は経済力の違いで差がつけられて、ギリシャでもローマでも、ある程度の財産を持つ富裕民が、国家の枢要な地位を占めるようになります。それを子が継承することで家柄みたいなものが生まれて、貴族身分になるわけですね。

よく日本では国会議員の世襲が批判されて「いまは二世や三世が多いからダメなんだ」と言われますけれど、ローマの元老院なんて何世まで続いているかわからないぐらいですよね(笑)。それでもローマは長く繁栄したんですから、「世襲すると劣化する」という見方は、じつはかなり近代的な発想なのかもしれません。古代や中世の人々は、家ごとの格式や流儀を大事に継承していったわけです。

佐藤 現代でも、茶道や華道や歌舞伎の世界は家元制度ですからね。世襲によって、それぞれの価値を守っている。

本村 そうですよね。ローマの政治にもそれに近いものがありました。「モス・マイヨールム(mos majorum)」=「父祖の遺風」に負けないように生きる、という規範意識を持っていたのが、ローマ人の大きな特徴です。

ですから、教育も家庭でしっかりやる。共和政中期の国粋主義者として有名なカトーは、「教育は人に任せず父親が自分でやるべきだ。とくに息子にはあらゆる学問を手を取って教えなければいけない。妻に育児を任せて手伝わない男はダメだ」といったことを語っています。今風に言えば「イクメン」でもあるわけですが(笑)。

佐藤 その大カトーの曽孫がカエサルの政敵となった小カトーですよね。たしかに、「父祖の遺風」は末代までつながっています

本村 それが教育の基本でした。いまの日本の政治家は、地盤や看板を譲るだけで、そこまで徹底的にやっていないでしょうけれどね。ローマ人は強烈な覚悟や責任感を持って家風を守っていたんだと思います。

佐藤 日本でも戦前ぐらいまでは、それなりの家では「家訓」を書きつけた巻紙がありましたけれどね。

本村 われわれの世代でも、東京の上流階級で育った人たちは言葉遣いがものすごく丁寧だったりしますよ。大学に入ったときに、名家出身の同級生に出会ってビックリしましたから。「なんでそんな喋り方ができるの?」と聞いたら、「いや親がこういう喋り方するから」と言ってましたね。

僕のうちなんか、祖父母の世代が農家だからそんな家風はないんだけれど、東京の青山墓地に葬られるような人たちはやはり違う(笑)。もっと下の世代にまでそれが受け継がれているかどうかはわかりませんけれどね。

佐藤 日本の場合、ほとんどの宗教は実質的に祖先崇拝ですよね。祖先崇拝と宗教の連続性が非常に高い。祖先はみんな神様になって、それを束ねているのが天皇だという形にしたことで、近代化の枠組みがうまく整ったわけです。

ギリシャやローマにも当然、祖先崇拝はあったでしょう。その祖先と神話の神々を、どのように結びつけていたんでしょうか。

本村 家の中に、神々を祀る祭壇がいくつもあるんですね。その中に、祖先を祀る祭壇もあるわけです。一神教的な文化で育った近代人には理解しにくい世界のようですが、いくつかある祭壇がすべて自分たちの共同体や家を守ってくれるという感覚ですね。

佐藤 いわゆる単一神教の中でも、崇拝する神が特定されずにときどき変わるものを「交替神教」(多数の神の併存を認めるが、特定の一神を主神として崇拝する宗教)といいますが、それとは違うわけですよね? いろいろな要請に応じて、たとえば学芸の神の次は健康の神……という具合に、どんどん祭壇の数が増えていくんですか?

本村 増えるというわけではなく、神話の神々の中でその家がどれを重視しているかで祭壇の種類や数が決まるということでしょうね。神々の世界というのは、日本人には比較的理解しやすいと思います。世界的に見ると、キリスト教があり、イスラム教があり、ということで、現代ではやはり一神教的なものがかなり幅を利かせているわけですから。

ちなみにいちばん最初の一神教であるユダヤ教は、図式的に言えば、民族宗教ですね。唯一の神というのが非常に厳めしいというか、人間を罰する神であると感じられていたわけです。一方のキリスト教は世界宗教、つまり浸透拡大していくし、拡大に積極的である。両者は許す神かどうか、人間の罪を許すかどうかというところに大きな違いがあると思います。ローマ帝国の中では多神教が一般的でしたが、もちろんユダヤ教もあり、その中でキリスト教が生まれて、世界宗教としてのキリスト教が発展していったというわけです。

ローマ帝国とキリスト教

佐藤 さて、そういう多神教世界のローマにおいて、キリスト教は当初、弾圧を受けました。とはいえ、それ以前からユダヤ教は存在していたのですから、「一神教」であるがゆえに弾圧されたわけではありませんよね?

本村 ローマは基本的に、外来の宗教をほとんど無条件で受け入れましたし、属州で暮らす人々には信仰の自由を認めていました。ユダヤ人が自らの信仰を守ることも、ローマはまったく問題視していません。

しかし、ユダヤ人は選民思想があるので同じ信仰の者だけで固まっていましたが、キリスト教徒は異なる信仰を持つ人に対して「ほかの神を信じてはいけない」「それは本当の神ではない」などと言いました。弾圧されたのは、それがいちばんの要因だと思います。でも、そういう宗教だからこそ、やがて世界中に広がったんでしょうけれどね。最初の二〇〇年ぐらいは、ほとんど広がっていませんが。

佐藤 コンスタンティヌス(在位310~337年)の時代までは、あまり広がらなかったということですか?

本村 いえ、コンスタンティヌスの二~三世代ほど前から急激に広まりました。ローマ帝国が、大規模な動乱によって「三世紀の危機」と呼ばれる不安と混乱の時代を迎えていたことがひとつの理由でしょうね。一定のペースで徐々に広まったのではなく、その時期に一気にキリスト教が拡大しました。

佐藤 宗教が大きくなるときというのは、そんなものなのでしょうね。たとえば創価学会も、初代会長の牧口常三郎の時代はほとんど広がっていません。二代会長の戸田城聖のときでも、75万世帯超えまで。三代会長の池田大作になってから、一気に広がりました

本村 しかしキリスト教が急速に広まったときには、ディオクレティアヌス(在位284~305)による最後の大迫害が行われました。「三世紀の危機」を克服して、後期ローマ帝国の基盤をつくったという意味で、優秀な皇帝です。僕自身は歴代のローマ皇帝の中でも三本の指に入る人物だと思っていますが、急速に力をつけるキリスト教に反感を抱く人たちも多かったんでしょう。「この段階で何とかしないといけない」という危機感もあって、大迫害になった。

佐藤 裏返せば、ディオクレティアヌスのとき総力を上げて迫害したにもかかわらず潰すことができなかったから、「ならば逆に取り込んでしまえばいい」という発想になったんでしょうね。しかもキリスト教の旗を立てたら、戦争にも勝つことができた。ご利益があるぞ、という話になったわけです。

本村 そう、それでコンスタンティヌスが公認に踏み切ったんですよね。それまでは、帝国をまとめるために皇帝に対する忠誠心を植えつける必要があるので、一神教のキリスト教は邪魔な存在でした。しかしコンスタンティヌスは、皇帝は神から力をもらっているという形で一本化したわけです。ディオクレティアヌスは、ギリギリのところでそれができませんでした。

神学的に注目されるコンスタンティヌスのミラノ勅令

佐藤 それにしても、ローマのキリスト教はコンスタンティヌスに公認された後、さらには国教にまでなったわけです。よくあんな短期間でそこまでのことができましたよね。

本村 コンスタンティヌスによる公認からテオドシウス(在位三七九~三九五)による国教化まで80年かかりましたし、その間にはキリスト教を捨ててギリシャ・ローマ神への信仰を告白した「背教者」ユリアヌス(在位361~363)のような皇帝もいました

しかしポール・ヴェーヌというローマ史学者は、コンスタンティヌスの個人的な力が大きいと言っていますね。「三世紀の危機」における拡大が基盤になったのはたしかだけれど、キリスト教の普及を軌道に乗せた最大の功労者は、あの時期にキリスト教を公認したコンスタンティヌスだと。

佐藤 やはりコンスタンティヌスは非常に重要ですね。キリスト教の旗を掲げた戦争で勝っていなかったら、コンスタンティヌスがああいう発想になっていたかどうかわからない

本村 そのとおりです。

佐藤 しかもコンスタンティヌスはキリスト教の洗礼をアリウス派(イエスは人の子であり神そのものではないと考える立場)から受けたので、アタナシウス派(イエスは神自身と同質だと考える立場)からすると「とんでもないやつだ」ということになる。おそらく実証史学の人にとってはミラノ勅令なんて大した話じゃないと思いますが、キリスト教神学においてミラノ勅令は後付けの物語として重要な問題なんです。

というのも、東ドイツのギュンター・ヤコブという牧師が「ポスト・コンスタンティヌス系の時代」という言葉を使って、313年のミラノ勅令でコンスタンティヌスと結合したキリスト教が特権を失っていくプロセスを、社会主義体制での文脈で肯定的に捉えるべきだという考え方を示しているからです。そこから、ミラノ勅令が神学的に注目されるようになりました。

19世紀以降、キリスト教共同体としてのヨーロッパは、ユダヤ・キリスト教の一神教とギリシャの古典哲学とローマ法の文化的な総合体だと考えられていたわけですよね。別の言い方をすれば、ヘブライズムとヘレニズムとラティニズムの総合体としてヨーロッパがある。それが世俗化したのが近代だというわけです。

しかし社会主義体制の誕生という強烈なインパクトを受けた一部の神学者たちは、それを抜本的に捉え直すべきだと考えるようになりました。私自身はそのあたりの神学の影響を非常に強く受けているんです。

創価学会とのアナロジーで見ると、ミラノ勅令は自公政権なんですよね。それまでは野党側だった創価学会が与党化したのが自公政権でしょ? キリスト教も、ミラノ勅令によって与党化しました。これは、世界宗教になるための条件のひとつです。

そして、与党化すると教義が正反対のように変わっていくんですよ。だって、カトリックの修道院は本来の「清貧」とは程遠い世界でしょう? 新約聖書にはイエスが「金持ちが天国に入るのはラクダが針の穴を通るより難しい」と語ったと書かれているのに、現実に存在する教会では富の蓄積がなされているわけですから。

関連書籍

佐藤優/本村凌二『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』

宗教対立が背景にあるイスラエル・ハマス戦争など、国内外の宗教問題の影響で人々の宗教への不信感は増す一方だ。なぜ宗教は争いを生むのか? 宗教に関する謎について二人の権威が徹底討論。

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宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか

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佐藤優

作家・元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務等を経て、国際情報局分析第一課主任分析官として活躍。2002年背任等の容疑で逮捕、起訴され、09年上告棄却で執行猶予確定。13年に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。著書に『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『私のマルクス』『先生と私』などがある。

本村凌二

1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月から2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(講談社現代新書)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。

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