人を元気づける際に「喝を入れる」という表現がよく用いられますが、じつはこれは誤用です。「喝」とは大声のことで、大声でおどすことになってしまいます。「人を元気づける・活かす」という意味では、本書のタイトルにもなっている「活を入れる」という言葉が遣われます。
ハラスメントを恐れ部下に迎合するリーダーが増えるなか、誠実な指導者ほど葛藤を抱える時代になりました。重要なのは、ぶれないこと、押し付けないこと、腹を割って話すこと、愛ある厳しさで臨むことです。
プロ野球界・相撲界のレジェンドと、国内外の名リーダーが師事する「心身統一合氣道」の継承者が忖度なく語り合った、出色の指導者論にして勝負論。工藤公康氏、九重龍二氏(元大関・千代大海)、藤平信一氏による新刊『活の入れ方』より、藤平信一氏がまとめられた「まえがき」を公開します。
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「指導」に悩むことは育成の質と向き合うこと
仕事柄、私は多種多様な職種の方とお話をする機会があります。
「どうしたらいいんですかね?」と、近年よく耳にするようになったのが、部下や後輩の育成に関する悩みです。かつては「まったく最近の若い者は……」という一方的な不満や愚痴だったのに、昨今は〝悩み〞へと変化してきているのです。突き放すのではなく、歩み寄ろうとする誠実な姿勢が見て取れます。しかし、どう歩み寄っていいのかわからないのです。
〝迎合〞するなら簡単です。〝物わかりのいい大人〞を演じて「そうだね」「いいね」と、よくもないことを許してしまう。
でも、本当にそれでいいのか? それでは、育成の質が低下するのではないか? と、思うから悩むのでしょう。誠実な人ほど、この悩みは深くなります。
お二人の〝異端児〞
今回、工藤公康さんと九重親方(元大関・千代大海)と一緒に、本書を実現することになりました。言わずと知れた、プロ野球界と相撲界のレジェンドのお二人との鼎談を、私がまとめるという形で本書は進んでいきます。ゆえに、私が勝手に三者の「結論らしきもの」を出すことはしませんでした。本書をお読みいただいた方が、さまざまな話題を通じて、それぞれ感じたことを大切にしていただければ幸いです。
失礼ながら、お二人とも〝異端児〞だと私は思っています。もちろん〝はみ出し者〞とか〝鼻つまみ者〞という悪い意味ではありません。体制に迎合することなく、かといってはみ出すこともなく、自分の信じる道を歩き、立派に結果も残している、という意味での〝異端〞です。そして、その〝異端ぶり〞は、現役を退き、指導者になってからは、さらに拍車がかかったように思います。プロ野球と相撲界という伝統と格式のある世界において、いまの時代に合った指導をつくり上げようとしていることに、強く心を惹かれたのです。
工藤さんも九重さんも私も、それぞれが、まさに〝鬼〞のような師匠に厳しく鍛えられ、心に鬼を宿していることがわかりました。しかし、その鬼は〝仏〞でもあります。
もちろん、気を抜けない勝負の世界に生きていますから、仏とはいえ、甘いだけの育成では成り立ちません。どんな逸材も、放っておけば、ただの原石です。原石を光らせるには、研磨するしかありません。擬人化すると、研ぎ石は我が身を削りながら「光れ、光れ」と磨き上げ、ゴツゴツしていた原石はやがて光を放ち始めます。心に鬼を宿しながら仏にもなり、仏を宿しながら鬼にもなる。仏と鬼は、表裏一体なのです。
正しく「活を入れる」とは?
日本語には「活を入れる」という言葉があります。工藤さんは選手に、九重さんは力士に、私は指導者に活を入れています。「活を入れる」とは本来、気を失った人の息を吹き返させることであり、そこから転じて、「人を元気づける・活かす」という意味で用いられます。
昨今、表現として「喝を入れる」がよく用いられていますが、じつはこれは誤用です。「喝」とは大声のことで、大声でおどすことになってしまいます。現代における「活の入れ方」こそ、本書における大きなテーマの一つです。とことん3人で議論を交わすことになりました。
その結果、この鼎談はまさに〝学びだらけ〞となりました。共通点が多かったためか、おたがいが胸襟を開き、「そんなこと話して大丈夫?」という本音や驚きのエピソードも飛び交いました。自分を追い込んだ現役時代の話、頑強な体をつくるトレーニング、ケガとの向き合い方、指導者に転身して知った葛藤、育成の悩み、いまどきの若者との距離の縮め方など、話は多岐にわたりましたが、至るところに珠玉の言葉がありました。
お二人の言葉の一つ一つはどれも重厚で、実体験から得られた真実の確かさを感じずにはいられません。
育成に悩む方、自分をさらに高めたい方、ここ一番で強くなりたい方、プロ野球ファン、相撲ファン、アスリート、合氣道を稽古する方、さまざまな方にとって気づきの多い本となることを願っています。
心身統一合氣道会 会長 藤平信一
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続きは幻冬舎新書『活の入れ方』でお楽しみください。
活の入れ方
どんな仕事もスポーツも、勝って成果を上げるためには、妥協を許さない厳しさ、貪欲に自分を鍛える必死さが欠かせない。
だが、それをどう教えればいいのか?
重要なのは、ぶれないこと、押し付けないこと、腹を割って話すこと、愛ある厳しさで臨むこと
――プロ野球界・相撲界のレジェンドと、国内外の名リーダーが師事する「心身統一合氣道」の継承者が忖度なく語り合った、出色の指導者論にして勝負論。