『元彼の遺言状』で鮮烈デビューを果たした新川帆立さんの最新作にはこんな一節が出てきます。
「女は怒っていい。こんなのおかしいと言っていい」
「日本で女性首相が生まれたことはない。100年以上前から、100回以上組閣されているのに、女性首相はゼロだ」
「100年後の女の子たちには、「そんなひどい時代があったのか」と驚いてほしい」
なぜ、日本では女性首相が誕生しないのか--?
単純な疑問が出発点だった社会派ミステリ『女の国会』。
自身の弁護士体験と永田町で議員・秘書・記者らへの徹底取材をもとに書かれた本作の、著者インタビューと試し読みを一週間連続でお届けします。
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――『元彼の遺言状』は弁護士、『競争の番人』は公正取引委員会の審査官、いろいろな職業の女性を主人公に据えられてきました。本作は舞台が政界です。
この題材にしたのは性差別について正面から書くためです。自分の実感として、女性であることが不利だと感じる場面は日々あって、これまでも作品の中で少しずつそういう要素は書いてきました。今回は真っ正面から取り組もうと思いました。
フィクションで描かれてきた女性差別の問題は貧困と結びついて語られることが多かったように思えます。差別によって貧困に陥っていたり、貧困によって差別が助長されていたり。本作ではハイキャリアな女性に対する純然たる差別を書きたかった。経済的に豊かで教養もある女性ですら差別されてしまう。日本で一番ハイキャリアな女性は誰かと考え、影響力や社会的な地位なども踏まえ、国会議員を主人公の一人にしました。
学生のころは、専門性の高い職業についたり、大企業に入ったりすれば、女性であっても差別されることはないだろうと思っていました。個人の努力で乗り越えられるという前提でキャリアを積もうと思っていたんですが、実際は違いました。
――ご自身は東大卒の元弁護士というキャリアですが、それでも差別されましたか。
弁護士の男女間賃金格差をご存じですか。統計によると、女性弁護士は男性弁護士の6割から7割ぐらいしか稼いでいません。女性だと大規模案件が取りづらかったり、顧問先の獲得が難しかったりするからです。
ハイキャリアになればなるほど、競争は厳しくなっていきます。女だけが差別されるわけではなくて、例えばご家庭に事情がある男性も同じようにハンデを背負うことになる。競争上の弱点のひとつになってしまうんですね。
女性の国会議員には、私が弁護士として感じていた葛藤がきっとある、という仮説を立てて取材させてもらったら、実際に色々見えてくるものがあったというところです。
――政治の世界こそ、女性差別があってはいけないはずです。
競争原理に任せると、現状が強化されていく傾向があります。たとえばAIが採用を担当すると、とても差別的な選択をして、健康で高学歴で成績優秀な男性しか採らない、といったことが起きます。AIに差別の概念はありません。これまで活躍してきた人の属性をピックアップすると高学歴で健康な男性になる。実際、自由市場で競争が激しければ激しいほど、それまで強かった層が強化されてしまう。選挙で選ばれる国会議員には、とにかく勝たなくてはいけない、という極端な競争社会の一面があります。
――モデルにした議員はいますか。
国会議員の高月馨さんに関しては、作中でも名前を出していますが、女性の権利向上に尽力された参院議員の市川房枝さんの要素を入れさせていただきました。丸眼鏡であったり、「憤慨しています」という口癖だったり。ほかには特定のモデルはいなくて、いろんな取材をした中で聞いた要素を組み合わせています。
議員会館の地下売店には50年以上も政治家を見続けてきた名物店主がいたり、永田町駅の近くに議員秘書がよくビール券を換金しにくる酒屋さんがあったり、政界にいる人たちがモデルと分かるような要素を少しずつ現実と変えながら入れています。
――たくさんの方に取材されたんですね。
それでも20人ぐらいです。政治家は十数人取材させてもらいました。男性も女性も、国会も地方の議員も。基本的に議員って、一般の人からは遠い存在だと思うんですけど、今回は内面から書く必要があったので、自分が政治家になりきらないといけないと思っていました。
――政治家ならではの特徴というのは感じられましたか。
人間の持つ生命力やエネルギー量、生き物としての強さを感じます。それにみなさんすごく前向きです。なろうと思ってなれるレベルではない。圧倒的にポジティブで体力があるというのは共通していますね。そうでないと、こういうハードな仕事はできないんでしょうね。周囲から叩かれますし、一般の人よりは打たれ強いですよね。
――女性が首相になっていない現実はどう感じられますか。
恐らく永田町の人たちが女性を差別しようと思っているわけではない。だけど、同じことをしても女性議員の方が叩かれやすいというのも確かです。やっぱり国民が女性に対して厳しいからでしょうね。女性に向けられる偏見や、求められる規範といったものが根強くあり、政治家である以上、国民の声は無視できないのではないでしょうか。国政もそれを反映した動きになっていく。どこまで迎合するか、どこから我を通すかは、皆さんそれぞれなのかもしれません。
国会議員になった目的を聞くと、女性はかなり明確に話してくれます。明確にしていないと、わざわざ大変な道を進むのだから、厳しいのかもしれません。男性議員は、政治というものに興味があったなど、女性ほどはっきりしたものは返ってこない傾向がありました。出産や子育てと議員の仕事を両立する難しさについても、女性は共通して話してくれましたけど、男性からは全く話が出ませんでした。同じ仕事なのに、女性議員は大切なものを我慢したり、犠牲にしたりしないとできないと思っている人が多かったです。
――性差別を書く題材として政界は合っていたのですね。
多分そうだろうと思いながら調べ始めましたが、本当に男性中心社会、それも恵まれた男性高齢者が中心の社会です。永田町だけではなくて地方議会もそうですし、記者の世界も、秘書の世界も、政治のどの局面を切り取っても男性中心だと感じました。
地方議員は集める票が少なくていいので、癖のある人や問題がある人でも選挙に通ってしまう。やはり国会議員になると、カリスマ性があったりとか、みんなが納得できる優れた点がないと、なかなか選挙には勝てませんよね。地方議会のほうが、男女格差の弊害は見えやすいかもしれません。
――本作では「性同一性障害特例法」も物語の鍵になっています。
入り口は女性差別でしたが、頭の中には最初からトランスジェンダーのこともありました。女性差別があるところには男性差別もあるし、性的マイノリティーに対する差別もあります。男はひどい、女は被害者、で止まっていられなくて、もう少し普遍的に書かなくちゃいけない。身体の性と性自認が一致するシスジェンダーの女性と男性を比べたら、たしかに女性の方が生きづらい局面があるけれど、シス女性がトランスジェンダーを差別する局面というのもある。そこを想像してほしかったんです。知らず知らずのうちに自分も誰かを傷つけているかも、と考えることは必要だと思うので。性同一性障害特例法は、最初からコアにしようと決めていました。構想したのは2年ほど前ですが、昨年10月に最高裁でこの法律の規定が憲法違反だという判断が出て、本を出すタイミングとしては良かったと思います。
――登場人物の誰もが複雑な心情を持っていて、その点を見事に描かれていますね。
多面性を描こうとはしていますね。人間は多面的なものだと私は思います。良い人、悪い人、という割り振りみたいなことはしません。初登場の最初のセリフで、いいところも悪いところもある微妙なニュアンスを書く方が作品の魅力にもなるのかな、と思います。キャラクターに関しては結構考えていますが、まだまだ研究途上です。
女の国会
国会のマドンナ”お嬢”が遺書を残し、自殺した。
敵対する野党第一党の”憤慨おばさん”は死の真相を探り始める。
ノンストップ・大逆転ミステリ!