「いいリーダー」には誰でもなれます。生まれつきの才能はいりません。人気者でなくても大丈夫です。でも、リーダーになる人が必ず知っておかなくてはならない、とても大切なことがあります。それは……。数々の大胆な学校改革を実現し、各界からその手腕が注目される工藤勇一さん。生徒たちに自ら「リーダーシップの基本」を講義した特別授業を書籍化した『15歳からのリーダー養成講座』から一部を抜粋します。
自分の考えに「反対する人たち」に言葉を届けるには
自分に対して好意的な人に自分の考えを伝えるのは簡単です。思ったことをそのまましゃべれば、相手も僕の言葉を理解しようと頑張ってくれるので、だいたい伝わります。
でも、いろいろな考え方を持った人が混じった席でそれをしてしまうと、僕の言葉がまったく届かない人が出てきます。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、そもそも僕が人前でしゃべる究極の目的は、民主的な社会をつくることです。そのための学校改革を行うためです。
だから僕が言葉を一番届けたいのは、僕の考え方にすでに共感してくれている人ではなく、むしろ僕の考え方に反対する人たちです。その人たちこそ、僕が大切にしなければならない人たちです。
具体例はのちほどお話ししますが、好意的ではない人に言葉を伝える方法を一言でいえば、「対立関係にしない」ということです。
すでに潜在的に対立関係にあるわけですから、言葉によってさらに対立を深めてしまえば、合意形成が遠のくだけです。
それを避けるためには、相手の感情を逆撫でしないように言葉を使う必要があります。
みなさんも今後、大勢の人の前で話をする機会があるでしょう。そのときには、「自分のことをよく思っていない人が、このなかに絶対にいる。その人たちに言葉を届けるぞ」と思いながら話をすることを、意識してみてください。
元NHKアナウンサーの田中浩史さんの言葉を借りれば、「言葉が伝わった状態」とは「聞き手の心が揺さぶられた状態」です。みなさんの発した言葉が相手の耳に入り、その言葉が相手の頭のなかでちゃんと理解されて、その後の考え方に影響を及ぼす。そんなイメージです。
なんだか難しいですよね。
ましてや、自分に好意的じゃない人たちの心を揺さぶるなど、至難の業のように思えます。
ここでは、僕が日頃意識している2つのポイントについてお話しします。
「言葉の選択」に必要不可欠なエンパシー(共感する力)
1つは「心を揺さぶる言葉を見つけ出すこと」、もう1つは「見つけた言葉をどの順番で話すか」です。これを僕は「言葉の選択と配列」と呼んでいます。
1つ目のポイントは「言葉の選択」です。
自分に好意的じゃない人たち、自分を嫌いな人たちの心を揺さぶることのできる言葉、フレーズ、そしてストーリーを見つけ出すのは、簡単なことではありません。
まずは、その人たちがなぜ自分のことを嫌いなのかを、知る必要があります。
どんな立場の人で、どんな経験をしてきて、どんな背景のなかでどのような考え方を持つようになったのかを、可能な限り想像してみる。
もちろん、これらを想像する力は一朝一夕で身につくものではありません。
大好きな劇作家であり、演出家、そして『学校ってなんだ! 日本の教育はなぜ息苦しいのか』(講談社現代新書)という対談本の制作を僕に呼びかけ、一緒につくってくれた鴻上尚史さんは、仕事柄当然のことかもしれませんが、このことに非常に長けています。
鴻上さんはこのような力のことを「エンパシー」と言うと、教えてくれました。日本語で言い換えると「共感する力」です。
「自分が人にされて嫌なことを人にするな」と言います。でも、世界は文化も価値観も違うので、自分がされて嫌なことが相手にとって嫌なことだとは限らないし、自分がしてほしいことが相手もしてほしいことだとは限らない。
そこで鴻上さんは、多様性の社会、ダイバーシティの社会で生きていくためには、自分発で考えるのでなく、相手の立場で考える力こそが大切だと言います。エンパシーの獲得です。
僕もまったく同感です。そして、優れたリーダーになるためには、これこそが最も大切な力だと僕は思います。
この能力を高めていくことができれば、心を揺さぶる言葉は自ずと見つかります。
言葉の「順番」で相手の印象はガラっと変わる
2つ目のポイントは、「言葉の配列」です。
どれだけ素敵な言葉を選んでも、どのタイミングでそれを話すかで、相手の受け止め方は変わります。
スピーチの場合、その会場にいる、あなたに対してまったく興味のない人、もしくはあなたのことをよく思っていない人にあなたの言葉を届けるために、とくに大事なのが、はじめの5分です。
なぜなら、はじめの時点で心が離れてしまっては、その後のスピーチでどんなに素敵な言葉を用意しても、もう聞く耳を持っていない可能性があるからです。
日常生活の出来事のなかから、簡単な例を挙げましょう。
みなさんが友達と交わした約束を破ったとします。約束を破らざるをえなかった事情があったとしても、これからもよい友達でいたいなら、そのことに対してちゃんと謝らないといけません。
そのときに、まず言うべきことは何でしょう。
わかりますね。謝罪の言葉です。「約束を破ってごめんなさい」「迷惑をかけてごめんなさい」「不快な思いをさせてごめんなさい」と、まずはしっかり謝る。そのあとに「実はこういう理由で行けなかった。悪気はなかった」と説明をすればいいのです。
でもこのようなときに、約束を破った理由の説明から入る人がいます。自分は悪くなかったということを、一生懸命アピールするのです。
そのようなことをされても、おそらくその友達は「なんだ、言い訳ばっかりして」と思うだけでしょう。そのあとに「ごめんなさい」という謝罪の言葉を聞いても、「どうせ本心じゃないんだろう。どうせまたやるんだろう」と受け取るだけかもしれません。
第6回[人を生かす技術]で紹介した、しずかちゃんのアサーティブ・コミュニケーションの例も、まさに言葉の順番の話でした。
最終的に伝えたいのは「お稽古ごとがあるからプールに行けない」ということですが、それをいきなり言わず、相手の提案をほめる言葉をあえて最初に入れる。それによって相手が気分を害することを回避したわけですね。
このように、謝罪の言葉と事情説明の順番を入れ替えるだけで、同じ言葉を使っても相手の受ける印象はまったく変わります。
言葉の順番というものは、微妙な違いに見えても、それくらい大きな影響を与えるものなのです。
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