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礼はいらないよ

2024.07.25 公開 ポスト

モンゴルツアーは「世界への通過儀礼」広大の草原と都会を往復する“二重性”の大切さダースレイダー(ラッパー・トラックメイカー)

韓国・弘大のライブからつながったモンゴルへの道

7月7日、モンゴルで開催された音楽フェス「プレイタイムフェスティバル」に出演した。

2019年、韓国のザンダリフェスに出演した際、プレイタイムの主催者であるジョージが僕らのライブを観て「ビューティフル!」と叫びながらモンゴルウォッカを奢ってくれた。その時、僕らメンバーは、弘大(ホンデ)のライブ会場に向かう道がモンゴルにも通じている!と言って盛り上がったものだ。

 

2020年の1月、沖縄の那覇のアサイラムというフェスでジョージは再び僕らのライブを観てくれた。モンゴルのみんなもきっとお前らを好きになる、と僕らをその年のフェスに誘ってくれたのだ。

だが、時は2020年。コロナウィルスは瞬く間に世界中に感染し、僕らは国外どころか屋外に出ることすら気にしなければいけなくなった。そして、4年の年月が経った。今年の一月、今度は沖縄のコザのミュージックレーンフェスでジョージと再会した。「俺はお前らをモンゴルに呼ぶと約束した。今年こそその約束を果たす時だ」。ドラム、ベース、ボーカルのスリーピースバンドのモンゴル行きが決まったのだ。

モンゴル行きの飛行機はソウルの仁川経由になる。どうせなら、とソウルの弘大でライブして、本当に弘大からモンゴルへの道を辿っていくことにした。

ウランバートルに着くと、宿では民族学博物館の受け入れ教員でもある島村教授が仲間と共に僕らを待っていた。最初の宿は社会主義時代に作られたフルシチョフ型建築。四角い面構えが美しい。最初の夜、島村さんたちと訪れたコンビニの入り口で急に後ろに人が割り込んできて妙にお尻が押される感覚があった。ハッと確認したらポケットがめくれて財布が引っかかっていた。スリに狙われたようだ。早速の洗礼だ。

翌日、朝からモンゴルのラッパーQUIZAのスタジオを訪れ、一緒にセッションした。僕がレコーディングブースに入って即興のラップを聴かせるとQUIZAもすぐさまノートとペンを取り、僕に続いた。その後を同行してくれたシンガーの森田くみこが即興の歌で締める。モンゴル到着してから12時間くらいで1曲仕上がっていた。その日の午後、モンゴルを代表するメタルバンド、THE HUのスタジオに遊びに行き、ボグド・ハーン宮殿博物館を見学。そこから島村さんの仲間で遊牧民出身のサイナーさんの案内で草原に出かけた。これが物凄かった。

車で揺られているうちに寝てしまったのだが、ガタンと大きく車体が揺れたことで目が覚める。外を見ると完全に一面が草原。車はオフロードをガタつきながら突っ走っていく。いくつもの小高い丘を乗り越えていくとネットも圏外になる。斜めの車体を引っ張り上げるように車を操るサイナーさん。

オッケー!と彼が車を停めた場所は、完全にどこでもないどこかだった。僕とドラムのオータさんは車から降りた瞬間に思わず爆笑してしまう。笑ってしまうほど自然がすごい。本当のナチュラルハイだ。風の音しか聴こえず、360度どこまでも完全な草原。

もう一台で追ってきた島村さんたちと合流する。「もう少し先に行きます」。どこでもない場所でも遊牧民はどこだか分かっている。さらに高みに登っていくと石が積まれた塚があった。

「これはオボと言って一番見晴らしの良い場所に作られます。元々はシャーマンの雨乞いの儀式で使っていた場所をチベット仏教が奪ったんですね」と島村さんの解説が入る。

「オボに立っている白い旗は平和を意味します。良かったですね」

このオボに向かって落ちている石を投げながら3周回るのが決まりだという。周り終わると陽が落ち始める。モンゴルの7月だと日が暮れるのは20時すぎだ。

西に沈む太陽を見て、ふと気づく。そうか、太陽が沈む方向にひた走るとヨーロッパまで行くのか。かつてモンゴルの騎馬民族は実際に東西を駆け巡り、ヨーロッパに至るまでの広い版図を支配したのだ。その圧倒的スケール感。

耳を澄ますとゴーゴーと風の音が鳴る。遠方では雨雲の下で雷が光っていて、その隣に虹がかかる。

僕は口を開いて即興のラップを始めていた。次々と言葉が溢れる。だが、どれだけ言葉を尽くしても足りない。それだけの広さ、それだけのデカさ。言葉なんてどうでもいいじゃないか。

プレイタイムフェスティバルのステージも草原のど真ん中に設営されている。直径600メートル位の会場にいくつものステージが並ぶ。僕たちはアンダーグラウンドアーティストのステージでのライブだ。

ステージに上がる前、目を瞑ると草原を駆ける狼のイメージが浮かぶ。中学時代に遊んだチンギス・ハーンのゲーム「蒼き狼、白き雌鹿」の安易な連想、だがしかし、その草原をちゃんと体験した僕にはリアルでもあった。

無名の僕らのステージは最初、客もまばらだったが、最後の曲を歌い終わる頃には客席から歓声が上がり、皆が体を揺らしている。僕が即興で急に降ってきた言葉を歌う。「ムーンライト・イン・モンゴリア」。

ライブが終わる頃には漆黒の夜、満天の星空に月が浮かぶ。草原の星に見送られながら僕たちはウランバートルに戻る。

戻ることが大切だ。草原の広大さで全てがどうでも良い気持ちを知り、狼を身体の中で走らせてから都会に戻り、社会の中で生活する。この往還構造に基づく二重性。

坂田明さんはモンゴルは世界への通過儀礼だと言った。世界に触れ、社会に戻る。そんな僕らのモンゴルツアーだったのだ。

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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