どこからも補助金や研究資金の支給がない個人的な研究活動では、いかにお金を使わずに目的を果たすか、その創意工夫がモノを言うといいます。
気鋭の昆虫学者・小松貴さんの新刊『カラー版 裏山の奇人 野にたゆたう博物学』から、自らの肉体を餌にして目当ての虫を探す驚きの工夫をご紹介します。
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辛抱心棒ケチん坊
好蟻性生物を採集するコツはアリの巣を探すことであり、そのアリの巣の基本的な探し方は石を裏返すことだと述べてきた。
だが、この方法では当然ながら、たまたまその石裏に営巣していたアリ種しか調べられない。
営巣密度の低い、ある決まったアリ種の巣だけをピンポイントで探そうと思ったら、地べたを歩き回っているそのアリ種の働きアリを見つけ、餌を渡してやるのがいい。
餌を得た働きアリは、それをくわえたまま脇目もふらずに巣へ持ち帰ろうとする。
これをひたすら追いかけていけば、いずれそのアリの巣まで導いてもらえる。
日本で一般的に見かけるアリ種のほとんどは、肉食に偏った雑食だ。
だから私は、これから跡を付ける標的と定めたアリには、通常は虫の死骸を渡す。
夏に外でアリを観察していると、たいてい蚊が寄ってくるので、これを叩きつぶしてアリに「みやげ」として渡すことが多い(蚊は生き物としては好きだが、刺されるのはごめんだ)。
しかし、状況によっては周囲に蚊がいないこともある。
蚊などの吸血昆虫ならば、アリの餌として殺すのもあまり抵抗がないが、吸血昆虫がいないときに周囲の無関係な虫を殺してアリに食わせるのは、やや良心が痛む。
研究者によっては粉チーズなどの食品を買ってきて餌に使うようだが(山根、2010)、貧乏学生としてはハシタ金すら一銭たりともかけたくはない。
そんなときに私が使うのは、私の肉体そのものである。
手頃なアリを見つけたら、おもむろに自分の手をこすり、手垢を浮き上がらせる。
手垢をかき集め、指でねじって棒状にしたら、その辺に落ちているわらくずの先端に刺す。
これをアリに差し出すと、じつに喜んで受け取り、巣に持って帰るのである。
無駄な殺生もせず、余計な出費もない、リーズナブルな方法だ。
どこからも金の下りない個人的な研究活動では、とにかく金を使わずにすますのは基本中の基本だ。
例えば、夏に家の軒先に細い竹筒を束ねたものを吊すと、ドロバチやハキリバチなどの多種多様な単独性ハチ類がやってきて、内部に巣を作る。
あるいは、それらハチの巣を乗っ取ろうといろんな寄生性のハチ、ハエ、甲虫も出現し、面白い行動生態を見せてくれる。
しばしば自由研究の題材にもされる格好の観察対象なのだが、それを観察するにはまず竹筒をどこかから調達せねばならない。
竹林のそばに住む竹取の翁でもなければ、その辺のホームセンターで買ってくることになるのだろうが、私はわざわざ金を払って竹筒なんか買わない。
簡単にタダでたくさん手に入り、竹筒よりも使い勝手のよい代用品があるのだ。
それは少し郊外の道路沿いにいくらでも生えている雑草、タケニグサMacleaya cordata である(奥本、1991も参照のこと)。
高さ2メートル弱、茎の太さ3センチメートル程度まで育つ草で、日当たりのよい場所にしばしば群生する。
これの茎は竹筒のように中空なので、根元から茎を切り、葉を落として天日で干す。
その後、数本を束ねて軒先に吊しておけば、竹筒と同じようにハチがすぐ巣として使ってくれるのだ。
とにかく雑草だから、いくらでも生えているし、いくら刈り取っても誰にも文句を言われない。
軽いので持ち運びも苦ではない。そしてけっこう丈夫で耐久性に優れており、それにもかかわらず柔らかいので、後で茎を割って内部を観察するのも楽である。
実際、クララギングチEctemnius(Hypocrabro)rubicola など、自然状態でタケニグサの茎に営巣するハチも存在するため、タケニグサの茎を使ってハチに巣を作らせるのは、じつに理にかなっている。
タケニグサは雑草であるとともに毒草なので食用にもならず、少なくともいまの日本では商業的価値がまったくない。
でも、私にとって道端に茂るタケニグサの群落は、貴重な研究資材を無償で提供してくれるホームセンターだ。
フィールドで何か目的を達成しようと思ったとき、自然界にあるものの力を借りれば、市販品を買って使うのと同等以上の成果が得られることは多い。
裏山という実験室にくわえて、意地汚いケチ心をともなう「発想の転換」さえあれば、誰でも金をかけずに、家からいくらも歩かない距離で貴重な学術的知見を得られるのだ。
ときどき、よその人間から「君はいいね、家の周りにいろんな生き物がいて」と言われることがある。
たしかに、いま私が住む長野が自然環境に恵まれた好適地であるのは間違いない。
でも、私が思うに、それは場所の問題ではない。東京にいようが三河にいようが、私はどこでも持ち前のケチ臭さと観察眼で、この長野に住んでなしたのと同等の発見をし続けたのは間違いないのだ。
山根正気・原田豊・江口克之,2010.アリの生態と分類―南九州のアリの自然史.鹿児島,南方新社.
奥本大三郎,1991.ファーブル昆虫記2 狩りをするハチ.東京,集英社.
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