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夢みるかかとにご飯つぶ

2024.08.22 公開 ポスト

30年前の中学生、交換日記でルッキズムに立ち向かう - BNW報告書清繭子

好書好日「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ刊行記念の特設ページです。

本編より「BNW報告書 1997」を公開。「ルッキズム」という考えがまだなかった30年前。自身の見た目に悩んだ清さんは、友人とある秘密結社を立ち上げたのでした――。

*   *   *

これからお話しすることは、今から約三十年前。ルッキズムという言葉も、「This Is Me」や「ありのままで」という歌も、プラスサイズモデルも存在していなかった時代のことである──。

「世界で一番かわいいのはだあれ。それはまゆちゃん!」

そんなふうに育てられた私は、鏡の前で踊るのが大好きだった。いつでもそこに映るのは「世界で一番かわいいまゆちゃん」だった。同じ町内に同い年の女の子がいなかったのも大きかった。紅一点の私は、他の女子より冷遇されるということ自体、起きようがなかったのだ。それにあの頃は周りも自分もみんな赤ちゃんに毛が生えたような感じだったので、美の統一見解、美の同調圧力、美醜の仕分け区分に気づいていなかった。

ところが小学生になって、たくさんの「一般的に顔の造作が整っている女子」がいることに気づき始めると、同時に「それに比べると顔の造作が整っていない女子」の存在にも目が行くようになった。そしてそれを「ブス」と名付けて囃し立てると、非常に万人にわかりやすくディスれることにも多くの子どもたちが気づいてしまった。さらに私は小学一年生から眼鏡デビューを果たしていた。微妙な造作の違いならまだしも、「眼鏡をかけている」は当時、わかりやすいブスの記号だった。私と世間はともに私をブスだと思うようになった。

急に世界一かわいい女の子から、ブスへと転落した私は、少女漫画に助けを求めた。少女漫画では、眼鏡をかけて三つ編みで「おい、ブス!」とクラスの男子にからかわれるような女の子が、なんらかの原因で三つ編みがほどけ、なんらかの原因で眼鏡が外れると、その男子にドキッとされるブスの下剋上システムが採用されていた。

そこで私は中学に入ると、休み時間のたびにわざわざ三つ編みをほどいて編みなおし、眼鏡を外しておもむろに窓の外なんか眺めたりするようになった。すると、当時好きだった男の子から「きよし、眼鏡外したら自分かわいいとか思ってんやろ? それ勘違いやで!」と非常に屈託のない明るいテンションで言われ、「お、おおお、思ってへんわ!」と返した。あの時泣かなかった自分、えらかったな……。

そしてある日、決定的なことが起こった。放課後の教室で男子たちが、クラスで一番ブスなのは誰か、話しているところに出くわしたのだ。

私は、二位にランクインしていた──。思春期真っ只中のブスランキング二位。そのまま人生が暗転してもおかしくない大事件。

私はその時、どうしたか。

ペンを執ったのである。

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1997年 BNW発足。この同盟は一般的な価値観だけによって今まで「ブス」といわれ、しいたげられてきた人々が団結し、発足したものである。

そもそもブスとは、美人とはなんなのか。どこからがブスでどこからが美人なのか。目が大きくても口が小さくても美人の部類には入らない人々がいる。そう、もともと「美人」「ブス」などないのだ。多くの場合その人自身で「私他の人よりブスやわー」と思いこんでいるだけなのである。私は今声を大にしていいたい。「この世にブスなどいない。しかし美人もいないのだ」と。

私はあの著名なA氏と対談することに成功した。A氏も私と同意見である。相談し合った結果同盟を作ることにした。それがこのBNWである。

それは「ブスでなにが悪い!」という意味、また「ビジンでなにがわるい!」という意味もある。「美人」「ブス」これはただの名詞にすぎない。そして私はブスに当たるだけである。

法りつで美人は良い、ブスは悪いと決められているわけではない。私はブスだ! 私はブスなのだ! 私は私とA氏を自ら「純粋人間」と呼びたい。私たちはとても純粋なのだ。純粋こそがブスなのだ。

ああ私はたたえよう。純粋人間に幸あれ! 1997,2,4 自宅にて。

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これは親友A氏と立ち上げた「BNW」という秘密結社の報告書──というていの交換ノートの冒頭である。

ここには、見た目に死ぬほどコンプレックスを持っていた自分を文章によって笑い飛ばそうとする、なにかとてつもなく純粋なパワーを感じる。

A氏もまた外見に悩みを持っていた(私から見ると鈴木蘭々に似たおしゃれ顔の子だったけれど)。別々のクラスだった私たちは、廊下で落ち合ってはこのノートを極秘文書のようにこっそりと交換した。詭(き)弁(べん)を真珠のネックレスのように連ねては二人だけの哲学に編み上げて、そんなことができる自分たちに勇気づけられていた。

たまに小説家のインタビューで「書くことで救われてきた」というフレーズに出会う。かっこよすぎる言葉だけれど、事実そうなのだろう。私もそうだ。この頃からもうずっと、書くことで救われてきた。

今もこのノートは大切に取ってある。めくるたび、雨の日の廊下の匂いと、A氏と私のクスクスという笑い声がよみがえる。

関連書籍

清繭子『夢みるかかとにご飯つぶ』

母になっても、四十になっても、 まだ「何者か」になりたいんだ 私に期待していたいんだ 二児の母、会社をやめ、小説家を目指す。無謀かつ明るい生活。 「好書好日」(朝日新聞ブックサイト)の連載、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題のライターが、エッセイストになるまでのお話。

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夢みるかかとにご飯つぶ

好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。

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清繭子

エッセイスト。1982年生まれ、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒。

出版社で雑誌、まんが、絵本等の編集に携わったのち、小説家を目指して、フリーのエディター、ライターに。ブックサイト「好書好日」にて、「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」を連載。連載のスピンオフとして綴っていたnoteの記事「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」が話題に。本作「夢みるかかとにご飯つぶ」でエッセイストデビュー。

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