「意識不明の重体です」「全治3カ月の大怪我です」
ドラマやニュースでよく聞くセリフですが、実際の医療の現場ではほとんど使われないそう。
現役医師である「外科医けいゆう」こと山本健人さんが、医者と患者の「誤解の素」になりそうな言葉を解説する新書『がんと癌は違います』より、一部を抜粋してお届けします。
ドラマの「総回診」はここがおかしい!3選
医療ドラマの名物シーンと言えば、いわゆる「総回診」でしょう。
『白い巨塔』や『ドクターX』など、大学病院の権威主義を(批判的に)描くドラマではよく、教授を中心に扇状に医師らが広がり、しかめっ面を作って仰々しく廊下を歩く姿が描かれます。
確かに、各科ごとに医師全員で回診する機会を設けている病院は多いのですが、ドラマで描かれるイメージとはかなり異なります。ここでは、違いを3つ挙げてみましょう。
(1) あんなに広がらない
当たり前のことですが、廊下を医師らが広がって歩くとかなり邪魔になります。特に病棟の廊下はベッドが頻繁に往来しているため、邪魔にならないよう医療スタッフは廊下の端を歩くのが一般的です。
外科系の病棟なら、手術のために多くの患者さんが手術室と病棟を往復しなければなりません。術後、患者さんは麻酔から覚めていてもまだ歩けないため、ベッドに寝た状態で帰ってきます。
また内視鏡検査やカテーテル検査は、患者さんに鎮静剤を使用し、眠った状態で受けてもらうこともあり、その際も患者さんはベッドで往復です。病棟によっては、ICUや透析室など、他の部署とのベッドの往復も頻繁にあります。
とにかく、病棟の廊下はひっきりなしにベッドが往復している、と言っても過言ではないのです。
また、病棟の廊下には、毎日リハビリでゆっくり歩いている患者さんがいます。リハビリが必要なのは、整形外科などで骨や筋肉の怪我を治療した人だけではありません。どんな病気であっても、入院してベッドに寝ているだけで身体機能が落ちてしまうため、科を問わず多くの患者さんにリハビリが必要なのです。
患者さんの横に理学療法士や看護師などのスタッフがついて体をサポートしながら歩いたり、患者さん自身が歩行器を使って歩いたりしていることもよくあります。
そこで回診のときは、こうした患者さんの邪魔にならないよう医師らは廊下の端に寄り、細長く列を作るのが一般的です。
ちなみに、この話をすると他の病院の方から「うちは今でも医師らがドラマのように広がって回診している」と言われることがまれにあります。昔からの習慣なのかもしれませんが、やはりどちらかに寄って歩く方が患者さんや他のスタッフの邪魔にはなりにくいように思います。
(2) 組織のトップは先頭を歩かない
大学病院なら教授、市中病院なら部長のような組織のトップが、ドラマのように先頭を歩くことはむしろ少ない印象です。先頭はたいてい看護師や若手の医師です。
先頭を歩くスタッフの仕事は、次に回診する部屋のドアを前もって開けておいたり、診察に先立って服を脱いでもらったり、傷のガーゼを取ったりするなど、診察前の下準備です。
常に先頭をトップが歩いていたら、トップが全ての準備をしなくてはならなくなり、スムーズに診察できなくなります。トップは列の真ん中あたりにいて、患者さんに会う前に準備が整っているというのが理想的でしょう。
ちなみに、時々老け顔で疲れ切った若手医師が先頭にいると、患者さんに教授だと間違えられることがあります。
(3) 必ずカルテが同行する
回診の目的は、その場で患者さんを診察することだけではありません。患者さんが最近どんな経過をたどっているかを確認することも大切です。
例えば、3日前から熱が出ている、血液検査やレントゲン検査で異常がある、などの情報を事前に確認し、それに応じた方法で診察するのです。
そのため、回診の際は一緒にカルテを運び、診察する前にカルテを確認することになります(患者数が少ない病棟なら、回診前に全員の情報を確認してから回ることもありますが)。
かつて紙のカルテが主流だった時代は、全員分のカルテのファイルを可動式ラックにどっさり詰め込んで、医師らがラックごと押して回診していました。最近は電子カルテを導入している病院が多いため、ノートパソコンをパソコン台に乗せ、それを医師らが押しながら回診するのが一般的です。
回診の際は、このカルテ隊が列の真ん中、あるいは先頭あたりにいることが多いと思います。
「レントゲン写真を光るボードに貼る」シーンも、現実にはほとんどない
余談ですが、電子カルテを使うと、患者さんに関わる情報を全て一台のパソコン画面で閲覧できます。以前はレントゲンやCTのような画像検査は、フィルムをシャーカステン(蛍光灯の光で後ろから照らせる器具)に掲げないと確認できなかったのですが、今では小さな画面でも簡単に画像を表示できます。
実は、このシャーカステンに昔ながらの“医療現場っぽい”イメージがあるからなのか、医療ドラマではいまだにシャーカステンに医師がレントゲン写真を掲げるシーンがよくあります。
今やこうした光景は、現実的にはかなりまれです。電子カルテが導入されていない古い病院から患者さんが紹介されてきた際、フィルムがセットで送られてきて慌ててしまう、ということがあるくらいです。病院内で数少ないシャーカステンのある部屋を探し出し、わざわざ出かけていかないと画像検査の結果を閲覧できないからです。
さて、話が逸れましたが、総回診の話に戻りましょう。ともかく、実際の総回診は、ここに書いたように地味すぎてドラマのワンシーンにもならない光景です。もちろん病院によって回診のスタイルは違うでしょうし、例外もあるとは思いますが、ドラマのような総回診が一般的というわけではない、ということは知っておいた方がいいでしょう。
ちなみに、『ドクターX』では「院長回診」といって大学病院の院長が自ら病室を回るシーンが多いのですが、実際は院長自身が回診するケースはまれだと思います。院長は病院全体を管理する立場にあり、入院中の患者さんの診療において意思決定に直接関わることは少ないはずです(もちろん病院によるとは思いますが)。
そもそも、大きな病院だと全科合わせて数百人規模の患者さんが入院しているため、院長が全ての病棟を回診していたら時間がいくらあっても足りません。
そこで、診療科ごとに少人数で医師たちが回診する、というのが一般的な姿なのです。
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