豆柴センパイとの最期の4年間を綴った『豆柴センパイはおばあちゃん』に、自身も柴犬のダラを介護して17歳7カ月で送った書評家・藤田香織さんより、エッセイをいただきました。
命あるものは、いつか必ず死を迎える。
そんなことは、ずっと昔から知っている。50歳を過ぎても知らないことばかりだな! と毎日驚いてばかりだけれど、そこはもう、疑う余地がない。
だから5年前、飼っていた犬が17歳7カ月で逝ってしまったときも、まあ仕方がないな、と思っていた。その2年以上前から認知症の症状が出ていて、2カ月前から寝たきりになり、食べられなくなって3日目の朝で、覚悟はしていたし、これで楽になるねよかったね、とさえ思った。
もちろん、悲しくないはずはなく、寂しくないわけもなく、メソメソ泣きもしたけれど、正直なところ、頭の片隅に老犬介護生活がこれ以上長引かなくてよかった、という気持ちもあった。
30代半ばに、今も住んでいるマンションに引っ越してきて、周囲から生活音ひとつ聞こえてこない静けさに耐えられなくなり、衝動的に飼ったメスの柴犬だった。血統書なんてものはなく、雑なペットショップで雑に「柴犬」と書かれ、そうとは思えぬ安い値段で売られていて、連れ帰るために買ったキャリーバッグ+首輪+リードの方が高かった。
その後、検診のために連れて行った動物病院で保護猫の張り紙を見て、兄妹猫を譲り受け、たいした心構えもないままに3匹の犬猫と暮らし始めたのが2002年11月。「ダラ」と名付けた犬だけでなく、今はもうその初代猫ズ「チャリ」と「プル」もいない。
『豆柴センパイはおばあちゃん』には、著者である石黒由紀子さんが、18年あまり一緒に暮らした「センパイ」との最期の4年間が綴られている。
底なしの食欲を誇り、分離不安症の傾向がある甘えん坊なのに、外出好きで外面がよく、モフモフでワフワフだった「センパイ」に、血液検査で腎臓と肝臓の数値に問題が見つかった13歳の春。
毎日の投薬、月に一度の血液検査、血圧検査も3カ月に一度。ドライフードに手作りのトッピングを加えた療養食。15歳なるころには、認知症の可能性を告げられ、視力も聴力も衰えてきた。
大好きだったドライブを嫌がり大声を出して暴れる。「グル活」と明るく呼んではみるものの始まってしまった徘徊。夜中、部屋の中を歩き回り、家具の隙間にはまって助けを呼ぶ。
16歳で急な発作を起こし、歩行補助のカートも導入する。あんなに食欲があったのに、急に食べなくなる。昨日までできていたことが突然できなくなる、やらなくなる。
7キロあった体重が、半分にまで減ってしまった17歳。猛暑の夏を乗り越えて、迎えた18歳。
そして「センパイ」は永遠の18歳になった。
そうだった、そうだったと頷きながら何度もページを捲れなくなった。食べられるものが減っていく。そそうすることが増えどんどん広がっていったトイレシート。長時間の外出ができなくなる、起きている間は目が離せなくなる、お風呂どころかトイレにさえ、ゆっくり入ってはいられず、睡眠不足の夜は続き、いつになったらぐっすり眠れるのかと思い、それは犬が死んだときに違いなく、どんよりとした何かに押しつぶされそうな日々だったこと。
「センパイ」の話を読んでいるのに「ダラ」との日々がぐるぐる蘇ってきて涙があふれた。
けれど、それは決して辛いことではなく、だらだらと泣きながら、バカだったなぁ、でも可愛かったなぁ、なんてニヤけもした。
少しでも元気になるように。おいしく食べられるように。一緒の時間が続くように。痛いところがないように。穏やかでいられるように。その願いは老犬介護に限ったことではない。「センパイ」介護の日々のなかで、家族との関係性を見つめなおし、自分自身と向き合い、そして「生き切る」ことを誓う、石黒さんの閉じない心意気にゆるゆると励まされる。
本文中に「センパイを通して、ペットを飼うこと、どうぶつと暮らすということは楽しい、かわいいばかりではないと感じてほしい」と記されているが、読み終えると、でもやっぱりかわいくて、楽しかったな、と思えてしまう。あんなことをしたね、こんなこともあったよね。一緒にいった公園、いつもの散歩道、リビングの定位置や、捨てられない食器、無防備だった寝顔、気持ちよさそうに走っていた姿。死んでいるのはわかっているけど、あぁ、元気にしてるかな、なんてことも思う。
悲しい話なんかじゃない。
目の前からいなくなってしまった寂しさと、一緒に過ごした幸せな記憶は、どちらも消えない。最期のときを迎えても、終わらない物語を私たちは生きていくのだ。
豆柴センパイはおばあちゃん ヨロリゆるゆる、今日もごきげん
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