Titleのような小さな店には、一人でくるというお客さんが大半だが、その次に多いのは二人連れ、そしてたまには「家族で来ました」という方も見かける。わたし自身は一人で本屋に入り、気の赴くまま時間を過ごすことが好きなので、誰かと本屋に行くこと自体、想像すらしなかったのだけど、店に連れ立って入ってくる家族の姿を見ていると、家族って面白いものだなと思うときもある。
さて、わたしの家族は、五つの〈個〉から成り立っている。
なぜそんな回りくどい書きかたをしたのかといえば、わたしの家には人間の夫婦が二人と猫が三匹いるので、「五人」と書いてしまうと実態とかけ離れてしまうからだ。だがそういうと「ふーん、あなたは猫も家族に含める人なんだね」と仰る向きもあるだろう。かくいうわたしだって、家に猫がくる前はそのように考えていたし、人間とペットを一緒にするなんて信じがたいと、ペットを家族の一員のようにかわいがる人の気が知れなかった。
だが先日そんなわたしにも、自分が変わったと自覚させられた出来事が起こった。S出版社の営業の男性が「うちの子が風邪をひいて寝込んでしまって」と心配顔で話したとき、「ああ、うちの猫もいま風邪をひいていましてね」とあまりにもナチュラルに返してしまい、「ねこ……」とその場で絶句されてしまったのだ。わたしはそのような彼の反応を見て、「ああ、やってしまった」と思いつつも、「この人は昔のわたしなのだな」と考えていた。わたしも猫が家族になり得るものだとは思わなかったし、そもそも猫と暮らすことがどういうことか、よくわかっていなかった。
だが、それぞれに個性があって好き勝手に部屋の中をうろつき回り、たまには人間の膝に乗って、話しかけてくるなどする猫といると、それを「家族」と呼ぶことには何のためらいもなくなる。たとえ住民票には記載されていなくても、彼らはリアルに、この家の一員としてそこにいるのだから。
そもそも猫を飼うことになったのは、Aの一存だった。結婚して十年が経ち、東京の中で引っ越すことになったとき、「すぐにそうするかは別にしても、次の部屋では猫が飼いたい」と、彼女はきっぱりと言った。
動物のことでいえば、わたしがまだ年端もいかなかった子どものころ、父親が家の脇に小さなウサギ小屋を作り、そこで白いウサギを飼っていたことがあった。素人の大工仕事にしてはよくできた小屋で、扉の隙間からこわごわ大根の葉っぱを差し込むと、ウサギはおいしそうにその葉っぱをむしゃむしゃと食べた。わたしは気が向いたときにしかウサギに関わらず、ウサギの世話はもっぱら父の役割だったが、ウサギはある日、学校から帰ってくるといなくなっていた。「ウサギさんは遠いところに行ったのよ」。母は言った。
……とにかく家で動物を飼うのはそのとき以来だったから、Aが猫を飼うと言ったとき、頭の中に思い浮かんだのはあの小さなウサギ小屋と、あまり幸せではなかったころの家族の思い出だった(ウサギ小屋があったころ、父と母はよく言い争いをしていた)。でも猫を飼うことは、彼女の心の深いところから発せられた希望であるとわかったから、猫を飼うことがどういうものであるかはわからないにせよ、それはそうしなければならないことだとすぐに理解した。
実際に猫がきたのは、引っ越してから一年以上が経ってからのことだが、まずてんてんとたびが来て、そのあとすぐにたびがいなくなり、それから何年か経ってすずとあずきが来た。
家にてんてんが一匹だけいたころは、まだ家族という感じはしなくて、わたしたち夫婦はてんてんのことだけを見ていたし、てんてんもわたしたちだけを見ていた。だが、そこにすずとあずきが加わり、家の中の関係が複雑になってくると、急に家の中に、家族のようなものが立ち上がってきた。わたしは子どものころのこともあり、ずっと家族という言葉には、ウサギがいなくなったあとのウサギ小屋のようなさびしい印象を抱いていたが、猫たちがきたことで、わたしたち夫婦も家族になれたのだと思う。かわりばえのしない毎日ではあるが、それは思いがけずよいものでもあった。
今回のおすすめ本
『喫茶店の水』qp 左右社
喫茶店で出されるお水。何度も見ているはずだが、こんなに美しいものだとは気がつかなかった。発見するという素晴らしさよ。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー
三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念
東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。
※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)
◯【お知らせ】
我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。