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貧困と脳

2024.12.18 公開 ポスト

これでも「自己責任」と言えるか? 貧困当事者の「だらしなさ」の原因は脳にあった鈴木大介(文筆家)

ベストセラー『最貧困女子』などで知られる気鋭の文筆家、鈴木大介さん。脳梗塞の後遺症で高次脳機能障害を抱えたことで、多くの貧困は「脳」に原因があることに気づき、貧困は決して自己責任ではないという確信を深めたといいます。約束を破る、遅刻する、だらしない……そんなイメージで見られがちな貧困当事者の真の姿とは? 鈴木さんによる話題の最新刊『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』より、一部をご紹介します。

*   *   *

これらは本当に「自己責任」か?

彼らが働けなくなる理由については、痛いほどわかった。だが、取材当時の「なぜ」はまだ残る。

その中でも最も強い記憶として残っているのが、彼らはなぜ、自らの危機的状況に対して非常に無自覚でだらしなく、本当に「いざのいざ」というところまで追い込まれてもなお、自ら状況打開に動こうとしないのか? という疑問だ。

本来、働けなくなり、所得を得られなくなるなら、対策をしなければならない。新たに求職し、必要な医療を受け、債務を整理し、現金化できる動産・不動産を処分して生計の規模を縮小し、使える行政や福祉の支援を調べて申請・利用しなければならない。

けれど取材活動の中、貧困の当事者には、そのどれをも積極的に行わなかったり、何もしないケースがあまりに多く見られた。逆に明らかに的外れな行動や対策に走ったり、または使えるはずの制度を拒否してより困難で将来性のない不適切な自助努力に走るような姿も見てきた。

 

金融機関からの督促状を開封すらしていなかった師岡瑞葉さん。

多重債務状況にもかかわらず離職票の再発行をせず、本来受け取れるはずの失業保険の給付を受けていなかった瑞葉さん。競売開始の期日が迫っているのに、任意売却業者からの連絡には返答せず資料も揃えようとしなかったのはなぜか?

ブランド買取店に行けば少なくとも1カ月程度は消費者金融の取り立てを黙らせることができただろう、彼女の腕に着けられていたあの白いシャネル……。

「払えない請求書を開封しても仕方がない」と言い放ったあの人。

失職状態で預貯金も底を突きかけているのに、無料求人誌をコレクションのように集めて、求人情報のどこにもアクセスを試みなかった彼。

不定期収入を得るための生命線である携帯電話料金を滞納し、毎月のように回線利用が強制停止されてから必死に金をかき集めて再開通させていた彼女。

もっと頻繁に目にしたのは、借りた金を返すために金を借りる、典型的な多重債務の連鎖

催促の電話を恐れて金融機関の電話番号を着信拒否設定したり、自分からどこかに連絡する時以外は電話の電源を落としっぱなしにするケースにも、もはや驚きもしなかった。

 

もう本当に、どうにもしようがないのだ。

これじゃ貧困に陥るのも、そこから抜け出せないのも当然じゃないか。「どうしてこの人たちはここまで……」と呆れつつも、かつての書き手の僕はやはり彼らの姿をそのままに描くことを避け、「当事者とはそういうものなのだ」と自分に言い聞かせて、原因の深掘りには至らなかった。

だが、やはり僕自身健常者時代には全く想像もしなかったが、そこにも「そのような行動をしてしまわざるを得ない」症状と不自由は存在する。すべてとは言わなくとも、少なくともいくつかの行為は、僕自身の陥った不自由な脳の特性でも説明がつくと思う。

翻訳を続けよう。

原因はワーキングメモリの機能低下

まずは、「支払わなければならない」という事実、「支払う」という課題を、たくさんのタスクがある日常生活の中でキープし続けることの難しさだ。

思い起こしてほしいのは、前章で記述した、ワーキングメモリの機能低下による不自由の波及範囲についてだ。

本来その場の思考のための脳内メモ的な機能であるワーキングメモリだが、前述ではその機能が終始低下し続けていることは「中長期に課題を把握し続けることが難しい」という不自由にまでつながり、抱えている課題への主体性や責任感・モチベーションを維持することが困難な結果、重要業務の先送りややり忘れといったかなり致命的なトラブルにもつながるという、僕自身のケースを書いた。

だがおそらくこれ、税金や公共料金、借金の支払いなどでも似たようなことは起こる。

 

というのも僕自身は、こうした支払いのほとんどは銀行引き落としにしているのだが、部分的にコンビニ払いなどにしている料金について郵送されてきた封書を「後で開けよう」と思ってどこかに置いておくと、そのまま放置してしまうことがあるのだ。

開封して現金を添えてクリップで留めて「あとはコンビニに行くだけ」という準備をしても、支払いに行くのを忘れているうちに、次の督促状が届いてしまうこともあった。

いやいや、日々の優先事項を片付けていく中で、このぐらいのことなら、健常者にもあることと思われるだろう。けれど違う、まるでレベルが違うのだ。

障害レベルでワーキングメモリの機能が低いとは、その封書を郵便受けから出したこと、開封して中を読んだこと、料金を用意して請求書と共にクリップしたことまでも、丸々忘れてしまうということ。

健常者時代には督促状が届いた際に「ヤバ! せっかく用意したのに忘れてた」となっただろうところが、当事者となった後は「これは何の督促状だろう」となるし、玄関で目の前に現金がクリップされた請求書を見つけても、「これ、何のお金?」「これ誰がいつ準備した?」の状態なのである。

これには本当に、自分で自分が怖くなった。

*   *   *

Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』の〈鈴木大介と語る「『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』から学ぶ脳と貧困の関わり」〉で著者と編集者の対談も配信中

関連書籍

鈴木大介『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』

自己責任ではない! その貧困は「働けない脳」のせいなのだ。 ベストセラー『最貧困女子』ではあえて書かなかった貧困当事者の真の姿 約束を破る、遅刻する、だらしない――著者が長年取材してきた貧困の当事者には、共通する特徴があった。世間はそれを「サボり」「甘え」と非難する。だが著者は、病気で「高次脳機能障害」になり、どんなに頑張ってもやるべきことが思うようにできないという「生き地獄」を味わう。そして初めて気がついた。彼らもそんな「働けない脳」に苦しみ、貧困に陥っていたのではないかと――。「働けない脳=不自由な脳」の存在に斬り込み、当事者の自責・自罰からの解放と、周囲による支援を訴える。今こそ自己責任論に終止符を!

鈴木大介『最貧困女子』

働く単身女性の3分の1が年収114万円未満。中でも10~20代女性を特に「貧困女子」と呼んでいる。しかし、さらに目も当てられないような地獄でもがき苦しむ女性たちがいる。それが、家族・地域・制度(社会保障制度)という三つの縁をなくし、セックスワーク(売春や性風俗)で日銭を稼ぐしかない「最貧困女子」だ。可視化されにくい彼女らの抱えた苦しみや痛みを、最底辺フィールドワーカーが活写、問題をえぐり出す!

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貧困と脳

約束を破る、遅刻する、だらしない――著者が長年取材してきた貧困の当事者には、共通する特徴があった。世間はそれを「サボり」「甘え」と非難する。だが著者は、病気で「高次脳機能障害」になり、どんなに頑張ってもやるべきことが思うようにできないという「生き地獄」を味わう。そして初めて気がついた。彼らもそんな「働けない脳」に苦しみ、貧困に陥っていたのではないかと――。「働けない脳=不自由な脳」の存在に斬り込み、当事者の自責・自罰からの解放と、周囲による支援を訴える。今こそ自己責任論に終止符を!

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鈴木大介 文筆家

文筆家。子どもや女性、若者の貧困問題をテーマにした取材活動をし、『最貧困女子』(幻冬舎新書)、『ギャングース』(講談社、漫画原作・映画化)、『老人喰い』(ちくま新書、TBS系列にてドラマ化)などを代表作とするルポライターだったが、2015年に脳梗塞を発症。高次脳機能障害の当事者となりつつも執筆活動を継続し、『脳が壊れた』(新潮新書)、『されど愛しきお妻様』(講談社、漫画化)など著書多数。当事者としての代表作は、援助職全般向けの指南書『「脳コワさん」支援ガイド』(医学書院・シリーズケアをひらく・日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞)。近著に『ネット右翼になった父』(講談社現代新書、キノベス! 2024ランクイン、中央公論新社新書大賞2024第5位)、『貧困と脳』(幻冬舎新書)など。

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