下町ホスト#25
ふんだんに柔軟剤を使用した香り豊かな元教え子のTシャツを脱ぐ頃には丁度ホストクラブのオープン時間に近づいていた
不器用にTシャツを畳んで、湿り気の残るソファーの隅にちょこんと置いた
「家族のご飯作って、出れそうなら、お店に行くから」
君は私と目を合わせずに、隅っこに置いたTシャツを手に取ると、忙しそうにそう告げた
私は「うん」と二つだけ痩せ細った音を残して、何事もなかったように冷静に君の家の玄関を出る
マンションのエントランスのひんやりしたガラスを見ながら、ネクタイを結び、君の体液を纏ったまますっかり暗くなった道を歩き出す
少し遅刻して店に到着すると、店長から重たく冷たい声で本日の予定を聞かれ、眼鏡ギャルと君が来てくれるかもしないと引き攣りながら答えた
満足そうな声に変わった店長は、大きな欠伸をしてキャッシャーへ戻ってゆく
その様子を離れて見ていたパラパラ男が小走りでやってきて、私の後頭部の髪の毛を整えるように摩りながら話す
「あれ?寝癖なんて珍しいっすね」
「直りそうこれ?」
「濡らしましょう」
そう言って私達はトイレ掃除をするフリをして、そそくさトイレへ入った
「いきますよー」
「つめてーよ」
「乾いたおしぼり略してカワシボもってきたっす ちょっとヤニ臭いすけど」
「なんか黄色くね?」
「大丈夫っす」
そういってヤニくさいカワシボで丁寧に後頭部の水滴をパラパラ男が吸ってくれた
「なにかありました?」
「なんで?」
「元気ないっすよ」
「そうみえる?」
「まあ大して気にならないですけど、シュンくん暗いすからね基本」
「そっか」
「さっきまであの人に会ってたんだよ」
「あの人ってあの眼鏡女すか?」
「違うよ」
「あー、沼ったら危ない人っすね」
「そー」
「さっそく沼ってますね」
「別に沼ってねーだろ」
「いやもう沈み始めてますけど行くとこまでいきやしょー」
「、、、まあいいや」
「後で来てくれるかもだからさ頼むよ」
「わかりやした」
パラパラ男は軽快にトイレ掃除に移り、さっさと終わらせてから、きっちりと磨き上げられた鏡の前で金色が混じる頭髪を豪快に整え始めた
私も負けじと髪の毛を整えて、勢いよくスプレーを振る
トイレから出て携帯電話を開くと眼鏡ギャルから、もうそろそろ着くとメールが届いていて、慌てて返事を打ちながら、駅まで迎えに行く
颯爽と現れた眼鏡ギャルは豹柄のコートに身を包み、煙草を吸いながらこちらへ向かってきた
「よう、売れないホスト!あたしとちょっと逢えなくて寂しかったでしょ」
「うん、寂しかった」
「てめー、もっと、気持ち込めろよ」
「いや、込めてるよかなり」
「あっそ」
少し元気がなさそうな後ろ姿が気になったが、そのまま一定の距離を保ちながら歩き、店の扉を開いた
内勤は、挨拶を済ますと入り口から一番遠い少し広めの角席に案内した
眼鏡ギャルは早口で言葉を並べる
「なんでここなの?」
「なんとなくじゃない?」
「なわけねーじゃん、誰か他に来るの?」
「うん、もしかしたら」
「だったら、先に言えよ中途半端な嘘つくなよ、うぜーな」
「ごめん、、」
「あーだる」
「つーか、その寝癖みたいなやつなに?」
「えー、」
「ちょっとこっちに近づいてよ」
「え、」
強引に腕を引かれ眼鏡ギャルとの距離が詰り、私のスーツにココナッツ色の顔を埋めてキラキラとラメが光る鼻を動かす
「女の家いた?」
「え」
「くそだりー」
「ごめん」
「いや、そこは戦えよ」
「誰と?」
「お前、ほんと馬鹿だな」
「、、、」
低音を伴う溜め息が辺りの空気を震わせて、無慈悲なBGMはテンション高く更に音量を上げてゆく
「舌苔」
汚いと君がいうから丁寧に太ももらしき場所を触った
高尚な棺で眠る知り合いの知らないホクロ、知らない小皺
雨粒のように光る君にただ唆されて右側に居る
ぱきぱきと明日を語る舌苔に群がっている小蝿の子供
空蝉の髪の毛千切り捏ね回すあいつのように笑えお前も
歌舞伎町で待っている君を
歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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