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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2025.01.14 公開 ポスト

たとえ将来後悔しても笑えるものは今笑っておくのも手かもしれないカレー沢薫

前回、SASUKEの話をしたが、それが終わった後にすぐ「プロ野球戦力外通告~クビを宣告された男達~」が放送される。

これは、エンタメ的オーバードーズと言ってもいい、視聴後水をたくさん飲んで寝る必要がある。

しかし、SASUKEとプロ野球戦力外通告とではノリが全く違う、対照的とさえ言っても良い。

SASUKEの選手たちも相当SASUKEに人生を賭けているし、少なくとも部屋のスペースや庭の敷地面積を自作SASUKEセットに使ってしまっている。

しかしそれでも選手の画面に表示される肩書きは「SASUKE選手」ではなく「靴屋営業」や「銀行員」であり、むしろ「仕事とSASUKEの両立」がカッコいいという風潮まであり、全大会出場のガソスタ勤務の人がだんだん出世していくのをウオッチしていたファンもいる。

ミスターSASUKEこと山田さんが、異彩を放っていたのはこの点も大きい。

彼の「職業SASUKE」は比喩ではなく、山田さんは「SASUKEにマジになりすぎて会社をクビになった人」であり、肩書も長らく「(妻の実家の)鉄工所アルバイト」であった。

本当にSASUKEリストラだったかは定かではないが、少なくとも番組上の設定ではそうなっており、それが山田さんが注目される要因の一つにもなっていた。

しかし彼は実際「職業SASUKE」のまま一般的な定年年齢まで餓死せず元気だし、SASUKEが世界競技になった今、イベントなどで平均以上に稼いでいる可能性すらある。

正直、私も近所のショッピングモールに山田さんが来たら馳せ参じる所存なのだが、もう彼は私の村になんか来てくれない気もする。

確かに彼はSASUKEで職を失ったかもしれないが、その代わりSASUKEという新しい職業を生み出しているのだ。

継続だけなら辛うじてできるかもしれないし、それだけでいいなら私も「職業呼吸」や「ミセス排便」と名乗ることができる。

しかし職業の定義を「それで食えてる」にすると途端に難易度が上がってくる。

大体の選手が他に本業を持ちながらの兼業SASUKEな中でこのような存在は完全に特異点であり、今でもSASUKEのアイコンとして活躍できている所以だろう。

だが、プロ野球戦力外通告は「全員山田」なのである。

ただ人生を賭けたものが野球かSASUKEかの違いでしかなく、漁師や村役場で公務員をやりながら野球をしている奴は1人も登場しないのだ。

むしろ、野球をSASUKEに置き換えただけでちょっと面白い空気を感じ取ってしまう方がおかしい、まだまだ私には内なる差別心がある、もっと律していかなければならない。

しかし、私の本業は再三言っているが「他人の不幸ソムリエ」である、これで収入が発生しているわけではないが、これで活力を得て働いているのだからもはや職業と言っても良い。

他人の不幸ソムリエは常に他人の不幸という蜜で血糖値スパイクしようとしているし、これで生活習慣病になっても本望とさえ思っている。

しかし不景気かつ世の中がギスギスしているせいか、最近は品質のいい他人の不幸が少なくなってきてる。

そんな中でプロ野球戦力外通告は長らく「上質な糖」として重宝されてきた。

プロ野球戦力外通告は、簡単に言えば突然仕事を切られ来年度無職になりそうな人間が試験を受けて新たな職を探す話だ。

これが、派遣切りにあった中年がハロワに通う話だったらカカオ1026%すぎて見ていられない。

しかしこの番組に登場するのは戦力外になったとはいえプロ野球選手にまでなった人たちなのだ。

例え甲子園優勝校に所属していてもプロになれるとは限らず、なっただけでもものすごいことであり、確実に学生時代は有名人、野球も一軍、ヒエラルキーも超一軍だったに違いないのだ。

そんな人間が突然無職という俺たちと同じ土俵に立つからコクと香りが深いのだ。

野球の世界は厳しく、トライアウトを受けても芳しい結果になることの方が少ないのだが「元々プロ野球選手になれるようなガッツがあるんだから、どんな仕事だって務まるよ」と、圧倒的弱者による典型的強者差別的エールをしながら見るのが年一の楽しみであった。

そういう一部の隙もないスクールカースト最底辺の逆恨みによる復讐精神で番組を見続けていたのだが、その後無事天罰が下り、突然戦力外通告という名の打ち切りを宣告され無職と化す職業についてしまい、全く笑えない番組と化した。

その後も見続けているのだが、年々選手たちを見る目が神妙になっていき「厳しい……」という感想しか出ないこともしばしばだ。

私は漫画家になってしまったことで、他人の描いた漫画があまり読めなくなってしまったのだが、それよりもプロ野球戦力外通告の楽しみを失った方が痛手ともいえる。

前回、冷笑は良くないと言ったが、年をとるごとに「笑っている場合か」ということが増えてくる、将来後悔すること覚悟で笑えるものは今笑っておく、というのも手かもしれない。

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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