
TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」出演で話題! 世界133ヵ国を裁判傍聴しながら旅した女性弁護士による、唯一無二の紀行集『ぶらり世界裁判放浪記』(小社刊)。現在も旅を続けている彼女の紀行をお届けする本連載。本日は「マレーシア編(前編)」をお届けします。
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法廷のことばかり話すのもつまらないので、裁判所の本屋に行ってカフェでお茶して近くのモスクに拝観して帰ってこようかななどと、裁判所に向かう道すがら思っていたけれど、そこでショッピングまでしてしまうとは思っていなかった。今回は、事件を傍聴したにもかかわらずぶらりショッピングの話を書いてみる。
その日私は、クアラルンプール中央駅近くの市場で、昼ごはんに適当なクイティオ麺(マレー風の平麺)を食らっていた。のんびりしようかと思っていたのだが、麺をすすっているうちに元気になってきた。
街路に日差しはきつく、サングラスが必要だがホテルに置いてきてしまったし面倒だな、と思ったが裁判所はどのみち電車では行けない場所にあると気づき、配車アプリ(こちらで主流のGrabでおよそ10リンギット(330円))で裁判所に乗り付ければいいという気持ちになった。
ペンがないのでメモが取れないしなーと思っていたら、都合よく市場にペン売りのおじさんがやってきて、4本で10リンギット(330円)というが、1本しか要らないと言って2リンギット(70円)で買った。水もないしーと思っていたが市場には普通にペットボトルがたくさん売っていた。
今あるもので何とかなるし何とかするものだなと久しぶりに思い出し、裁判所に向かった。
裁判所があるのはクアラルンプール中心部から少し離れたエリア。近くにはバスターミナルと大きなモスクがあり、クアラルンプールのアイコン、452mのペトロナスツインタワーがある地域とは小高い丘を隔てている。
敷地は広く、白い柱の並ぶ外廊下からは近くにある「連邦直轄領モスク」の緑屋根がきれいに見えた。
4階のどこかで刑事事件がやっているでしょう、と受付の女性に言われ、しかし戸口を見るだけではどこが何を扱う法廷か分からなかった私は、とりあえず扉を開けてみることにした。
その法廷の傍聴席には誰も人がおらず、法壇に裁判官もいなかった。
事務官の女性が柵の向こうに腰かけていて、どうかしました? と聞いた。
「傍聴しようと思ったのですが」私が型通りの答えを返すと、
「今日はこの法廷はもう終わってしまって、明日のケースはZoom裁判なんですよ。他の法廷も見てみた?」
「まだです。Zoom裁判だと傍聴はできないですか?」
「できないのよ。ケースによっては入れることもあるけど、まだ一般向けにしていないの」
「そうなんですね。でもそれだけZoom裁判があるということですね。日本ではオンラインの裁判は裁判官の裁量次第な部分があって、まだそんなに頻繁ではないので」
「あらあなた、日本から来たの」事務官は身を乗り出して言った。「こっちにいらっしゃいよ」
私は柵の向こうに行き、しばらく事務官と話し込んだ。
「こっちでもね、当初は裁判官たちは嫌がったのよ。オンライン裁判」彼女は言った。「でもパンデミックで、オンラインじゃないとできないなんてこともあって、仕方がないから始めたら、今はけっこうやっている。慣れの問題ね」
この法廷は「建設法廷(Construction Court)」という種類の法廷なのだと彼女はつづけた。建設関係の事件が多くなって、下請業者とのあいだのトラブルも増えて、「民事法廷」「商事法廷」などのほかに特別法廷を設ける必要ができたらしい。
「建設法廷はもうひとつあって、2法廷でひとつの部署を構成しているの」と彼女は言った。
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地下にはカラフルだがどことなく格式高くて感じのよい法律専門書店兼ギャラリーがあった。外には分野別の小さい書籍が出ており、英語とマレー語に分かれていてこれらもしっかりカラフルだ。中には古めかしい本が並ぶが、誇りもなく清潔だ。
「20年も法律専門書店をやっているよ」店主のジョシュア氏が笑って言う。
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ジョシュアさんにお薦めされた本はまさかの……? マレーシア編・後編は2月22日公開予定です。
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続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。