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キリ番踏んだら私のターン

2025.02.10 公開 ポスト

煩悩って、どうしたら飼い慣らせるんだろう長井短(女優・モデル)

去年の秋から続いていた舞台が年明け少しして終演。呑気で気ままな日々を送っている。別に、本番中だからって四六時中演目のことを考えているわけではないけれど、ふとした時に黙々と唱え続ける台詞をもう忘れてもいいのだという開放感は、何度味わってもラブ。同じように、深酒して喉を痛めつけても焦る必要はないんだという安心感もラブ。体が鉛のように重たくっても誰に迷惑がかかるわけでもないし、自分で決めた予定は自分でキャンセルしてもいい。あ~楽ちんだなぁって気分を少し味わった後、小説に取り掛かったのが数週間前のことだ。毎日せっせと書いた。昼の直前に起きて、喫茶店に行って、日が暮れる前に家に帰る。家で書いてみる日もある。「どうすんだよこれ」と思う瞬間はもちろんあるけれど、基本的にとても楽しい時間だった。

地方公演のために乗った新幹線で富士山が見えて、気づいたら写真を撮っていた。あ、と思ったら撮っていて、富士山ってやっぱすごいなと思った。

原稿がひと段落して、よし今日は完全に休もうとした時、マジで何をしたらいいかがわからなくなった。ソファに座ってスマホを見てもこれじゃないし、アニメを流してもこれじゃないし本を読んでもこれじゃない。自分の体がどうすれば休まって、嬉しくなって、快楽を感じられるのかがわからなかった。

ずっと物語の中にいた。演者としても作家としても、私はここ数ヶ月、スノードームの中にいたんだなと気がついた。小さなガラス玉の中はコントロールの効かないことが多いし、窮屈だし、やりたいのにできないことも多い。だけどとっても安心だった。自分の脳みそに結界が張られていて、良くも悪くもそこからは出られない感覚って、伝わります? たぶんこれは、私の仕事が直接的に物語に関わる仕事だから起きることではない。どんな仕事をしていても、人間忙しいと、スノードームに入るのだ。積み上がったタスクを物語化して、日常を小さな世界に落とし込む。そうやって、煩悩と距離を置く。だって隣に煩悩が座っていたら、仕事なんてできませんもの。

分厚いガラスが割れて、本当の日常に帰ってきた私は、ここ数ヶ月溜めに溜めていた自分の煩悩にノックアウトされている。頭の中は異常にやかましく、この世に存在する全ての欲望が自分に向かって突進してくるみたい。今週、二回もポテトチップスを買った。ちょっと気持ち悪くなるまで飲んだ。麻雀しながらアニメを見たし、惰眠もズイズイ貪った。だけど全然足りない。喜怒哀楽の感知器がぶっ壊れちゃってるんだと思う。もう全然足りない。ディズニーランドとか行かないと、今の私は満足できない。ディズニーランドに行っても満足できなかったらどうしようという不安まである。なーんでこんなにぶっ壊れてんですか? そのことを考えようとしても、自分の悩みに深く潜り込めるほどの集中力はない。インスタントな快楽、としてのあれこれに身を浸けることで、退屈さをやり過ごす。そんなのほんの一瞬だけど。全く治療にならないけれど。

歴代最高記録の9万点越え・・!運を使い果たしたから、雀荘からの帰り道はこれ以上ないくらい気を張って帰った。
今年もたくさんやりたい。

もっと楽しみたくて、もっと笑いたくて、もっと大はしゃぎしたい。「もっと」が私の煩悩の長。あらゆる感情の最高潮、大サビだけを聴いていたい。でないと感知できない。集中もできない。そういう自分の心を、ヤバいよ? と頭はちゃんとわかっている。そんな欲張りお化けな人生は、デスロードですよ? 知っている。だけど今私はどうしようもないのである。だからスノードームに入る。自分が作ったものでなくてもいい。現実でない密室ならば、たぶんどこでもかまわない。そこは静かで、物語で、中にいるときだけは、落ち着いて座っていられるような気がする。私の分身が、私にはできない冒険をしてくれているから。だけどそこから一歩出ようものなら、堰き止めていた煩悩に襲われるわけで、きっとその時の私は、今よりもっとぶっ壊れている。入っちゃダメだ。ログインするな物語に。思っても思っても、煩悩には抗えなくて、私は眠りにつく前の数十分の時間ばかり愛してしまう。昔からそうだったけど。

困っている。もっと、なんて思わずに、ただここに起きたことをそのまま感じていたいのに。数分前の現実に速攻ふかしを入れて過激にしてしまう。きちんと向き合おうと思っても「まぁ厄年だし」とかって言い訳で一蹴。自分を論破するのは容易い。あー困った。マジで困った。やらなくちゃいけないことに真面目に取り組むことは偉いし必要なことだけど、そうしているうちに自分自身と離れていってしまう。はじまりにあった気持ちを忘れてしまう。そのことと、人間はどうやって付き合っていけばいいんだろう。煩悩って、どうしたら飼い慣らせるんだろう。わからないことは考えるしかなくて、考えるためには書くことだ。まずは今ここにある現実を。私は煩悩で出来ています。熱い脳みそは今あげた飴をすぐ噛み砕いてしまって、ゆっくり舐めることができません。そういう時、みんなはどうしますか?

なんの結論にも辿りつけないけど、誰かが「私も!」って手を上げてくれたらいいなと思う。次の季節が来る時には、飴を舐めれる私に戻っていたい。丁寧にけんちん汁でも作ったら、何かが少し変わるのかしら?

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キリ番踏んだら私のターン

相手にとって都合よく「大人」にされたり「子供」にされたりする、平成生まれでビミョーなお年頃のリアルを描くエッセイ。「ゆとり世代扱いづらい」って思っている年上世代も、「おばさん何言ってんの?」って世代も、刮目して読んでくれ!

※「キリ番」とは「キリのいい番号」のこと。ホームページの訪問者数をカウントする数が「1000」や「2222」など、キリのいい数字になった人はなにかコメントをするなどリアクションをしなければならないことが多かった(ex.「キリ番踏み逃げ禁止」)。いにしえのインターネット儀式が2000年くらいにはあったのである。

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長井短 女優・モデル

1993年9月27日生まれ、A型、東京都出身。

ニート、モデル、女優。

恋愛コラムメディア「AM」にて「長井短の内緒にしといて」を連載中。

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