
エッセイストとして、料理家として、そして山梨の邸宅「遠矢山房」のオーナーとして、日本の四季を取り入れた美しい暮らしと日々綴る言葉が支持されている寿けいさん。2021年に刊行し話題となったエッセイ『泣いてちゃごはんに遅れるよ』が文庫になりました。文庫版書き下ろしの2篇「背中」「ホテルニューオータニ」に加え、「北欧、暮らしの道具店」の店長・佐藤友子さんとの対談を収録。単行本から、さらに充実した内容となっています。本書より、抜粋してお届けします。
* * *
新宿ケセラセラ
けっして好きで通っていた街ではない。用が済んだら立ち去ってしまいたいのに、いったん内部に落ち着くと心地よくてたまらない。それが新宿という街だ。
富山から家族や友人が遊びにくると、きまって案内するコースがある。まずパークハイアットの五十二階でランチをとる。東京の昼のフィルターが好きだ。夜景は沼を思わせる。吸い込まれてしまいそうで、ずっとは見ていられない。
ランチのあとは新宿末廣亭に送り届けていったん解散。私は仕事に戻り、夜は歌舞伎町にある上海料理の店で合流する。その店へは、東京に住んでいるひとだって、とてもじゃないけれど一回ではたどり着けないから、たいてい末廣亭まで迎えに行く。買い物が好きなひとなら、末廣亭を伊勢丹に変更。ちょっとコーヒーでもと頼まれれば、駅の向こうへまわって、思い出横丁入り口の但馬屋へ。
地上二百三十メートルから、ビールケースの向こうに野良がじゃれあう路地まで。標高も値段も振り幅大きく案内するのが、私の好きなやり方だ。
新宿にピアノバーというものがいくつも残っていた頃──たしか二〇〇五年頃だ──学生時代からの友人を誘って歌を聴きに行った。
ビロードのカーテンをかき分け、ほこりっぽい店内に滑り込めば、今日最後の曲ですと流れてきたのはドリス・デイの名曲『ケセラセラ』。お客さんも一緒に歌い出しての大合唱に、気が大きくなって友人と肩を組もうとしたら、背筋を伸ばした硬い身体に触れた。
彼女は涙の粒をポロポロ落として、まっすぐステージを見つめていた。夜の新宿、泣いてもいい街。だから何も聞かなかった。二十三時でおひらきになったあとは、画材屋の〈世界堂〉裏にあったラーメン屋に寄って、終電めがけてふたりで走った。決してタクシーを使わない彼女は、着々とお金を貯め、海外に渡ってしまった。
ケセラセラのサビの部分以外はなんと歌っているのか、じつはちゃんと知らないままこの歳になった。
幼い女の子が、母親に未来について尋ねる。私、美人になるかしら? お金持ちになるかしら? 母親はケセラセラと答える。時が経ち、成長した少女は、恋人にふたりの未来について尋ねる。恋人は、ケセラセラと答える。やがて彼女は母になり、子どもたちに質問される側になる。いつだってケセラセラ──なるようになる。受け継がれた言葉が、彼女の口からも出てくるのだ。
この歌の全体の流れを初めて知り、不遜にも私ならどう訳すかと考えてみたら、ふと〈生まれたからには生きるんだ〉と思い浮かんだ。
そのひとの置かれた状況を映し出す、鏡のような歌詞なのだろう。たとえば第一志望の学校に不合格となった子を持つ親ならば、こっちの学校だってよいもんだと子どもに言ってやるかもしれない。離婚した友人には、むしろこうなってよかったと、声をかけてあげるかもしれない。歌詞など分からなくても、笑ったと思ったら泣いている。泣いたと思ったら笑っている。ケセラセラ。解釈がこちらに委ねられているような、打ち解けた曲だ。
歌舞伎町の上海料理の店には、たくさんのひとを連れて行った。
インド人の知り合いもそのひとり。彼は日本の企業にエンジニアとして勤めていて、同じ会社に勤める女友達をきっかけに知り合った。東京らしいことをたくさんしようと、何人かで連れ立っては、街を歩いて、お酒を飲んだ。
いつも泰然として一歩後ろをついてくる印象があったその彼が、インドに帰るということでお別れ会を開いたのは、記録的な酷暑といわれた夏だった。テーブルいっぱいに並べた小皿も大皿も食べ尽くし、青チン島タオビールが何本も空いた。
そろそろお会計というときになって、彼がいつまでも席を立とうとしないことに気がついた。深くは酒を飲まないひとだ。お茶して帰ろうかと誘った私に、彼はいつものふわりとした笑いかたで首を振り、こう言った。
「来月、結婚します」
数学の天才と聞いていた。その彼が、両親が星占いで選んだひとと結婚するという。あなたの国では当然のことなの? 会ったこともないひとと結婚するの? それで納得しているの? ずいぶん質問責めにした。
「両親も、その両親が占いで選んだ相手同士で結婚したんです。今でもとっても仲がよくて、僕の理想です」
当時彼は二十代半ばだったはずだ。私もそのくらいの歳だったけれど、結婚のけの字もなかった。だから、彼の人生観のなかに、ヒントを見つけ出したかったのだと思う。うんと違う相手だからこそ、ひとはなぜ結婚するのかという真実に近づける気がした。
* * *
続きは、『泣いてちゃごはんに遅れるよ』をご覧ください。