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書くこと読むこと

2025.03.01 公開 ポスト

米原信さん『かぶきもん』:歌舞伎ネタにしたらすらすら書けたんです。瀧井朝世

「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。

今回は、デビュー作『かぶきもん』を刊行された、米原信さんにお話をおうかがいしました。

小説幻冬2025年3月号より転載)

 

*   *   *

米原信:2003年群馬県生まれ。22年、「盟信が大切」でオール讀物新人賞を史上最年少となる19歳にて受賞。25年現在、東京大学文学部に在学中。

二〇二二年、史上最年少の十九歳でオール讀物新人賞を受賞した米原信さん。このたび受賞作「盟信が大切」を含む連作集『かぶきもん』が刊行された。江戸の芝居小屋を舞台に、四代目鶴屋南北や三代目尾上菊五郎、七代目市川團十郎らが登場、実際の演目の誕生秘話が明かされていく。

「小学三年生の時に、からくり人形芝居で『忠臣蔵』を観て興味を持ち、関連本を読むうちに歌舞伎の『忠臣蔵』に行き当たり、歌舞伎の入門書を読むようになりました。その話ばかりしていたら親が“そんなに言うなら観せてあげよう”と。それが私にとってはラッキー、親にとっては運の尽きでした(笑)。そのまま今に至ります」

少年時代より、群馬から日帰りで東京の歌舞伎座に足を運んでいたという。

「もし最初に観たのがミュージカルだったら、ミューオタが爆誕していたと思います(笑)」

その後は舞台芸術全般に関心を持ち、高校は演劇部に入り太平洋戦争ものや「竹取物語」のパロディの脚本を書いた。小説を書き始めたのは、大学受験が終わった頃。

「暇になったので(笑)。オール讀物新人賞の締切が六月にあると知り、これだなと思って。幕末や戦国ものを書いてみても枚数を満たせずにいたところ、歌舞伎ネタにしたらすらすら書けたんです」

受賞作「盟信が大切」では、南北の演目「盟三五大切」の誕生秘話が描かれる。金主、大久保今助の謀略で崖っぷちに立たされた南北は、急ごしらえで「東海道四谷怪談」、「忠臣蔵」、「五大力恋緘」をないまぜにした演目を書きあげる。他にも「助六所縁江戸櫻」、「菅原伝授手習鑑」「東海道四谷怪談」といった実在の演目の裏話が描かれていく。

「どれも史実をもとにしていますが、やはり当時のことは必要最低限の公演データしか残っていなくて。たとえば『忠臣蔵』と『四谷怪談』を一緒に上演したことは分かっても、どんな経緯でどう演じたのかが分からない。そうした空白部分を、現在の上演の形から逆算して想像し埋めていきました」

どれも独立した短篇だが、全体を通して南北と菊五郎、團十郎らの関係の変化などが分かって読ませる。受賞作は五話目で、そこに至るまでの変遷もきちんと描きこまれており、当初から連作を想定していたのではないかと思うほど。

「実際の初演の順番に掲載しています。受賞作で扱った『盟三五大切』の四年後に南北が亡くなっているので、必然的にその前の時期の話が多くなりました」

どの話も、個性たっぷりな人々のぶつかり合いが楽しい。

「菊五郎が“俺はどうしてこんなにいい男なんだ”と言っていたのは実話らしいので、そうしたところから膨らませました。当代の團十郎さんや菊五郎さんのイメージを重ねたところもあります」

それにしても、プロデューサー的な立場の今助が実に曲者だ。

「今助については、水戸藩の人間だったこと、うな丼を作ったこと、芝居小屋の金主だったことは史実にあるんですが、どのように芝居に関わったかはさっぱり分からなくて。なので人物像はほとんど創作です。自分の中では、南北がホームズで、今助が彼のライバル的存在、モリアーティのイメージでした(笑)」

会話が活き活きしていて、時に現代的な表現も使われる。

「原則として当時の言葉を使っていますが、役者ファンの女の子たちの会話には、あえて“♪”といった記号や“推し”といった言葉を使っています。そこはキャラを立たせることを優先しました」

というように、エンタメに振り切った書きっぷりが楽しい。

「歌舞伎は当時の人にとって最先端のエンタメでしたから、そういう空気感を出したかったんです」

大学では劇団で脚本も書いている米原さん。戯曲もよく読むそうで、今回好きな本の印象的なフレーズに選んでくれたのは、泉鏡花の戯曲『天守物語』の一節。妖しい富姫が侍女たちと暮らす姫路城の天守を訪れた、若き鷹匠の図書之助の台詞だ。

〈針ばかり片割月の影もささず、下に向えば真の暗黒。〉

――『夜叉ケ池・天守物語』泉鏡花著(岩波文庫)内「天守物語」より

「鏡花先生は言葉が美しいのですが、なかでも私が一番美しいと思っているのがこの一節です」

図書之助の暮らす地上の人間世界の不穏さも象徴しているが、

「この短さでそこまで抉り出すのがすごいと思う。これを超える文章を書くのは難しいと分かっていますが、いつか、一回は超えてみたいです」

今後はさまざまな小説に挑戦していきたいという。

「もちろん芝居ものが自分の軸にあるのですが、幕末ものや戦国ものや源平もの、現代ものも海外ものも書いていきたいです」

米原信『かぶきもん』
文藝春秋/1870円(税込)

金主と座元の策略により、大入りだった「東海道四谷怪談」が打ち止めに。作者の鶴屋南北は、急ごしらえで新たな芝居を書かなければいけなくなり─オール讀物新人賞受賞作「盟信が大切」を含む六篇を収録。歌舞伎演目の裏話たっぷりの連作集。

取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)

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ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。

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瀧井朝世

フリーライター。多くの雑誌などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009~13年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)など。

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