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春はまた来る

2025.03.04 公開 ポスト

加害するつもりがなくても、いつのまにか加担してしまった、から抜け出すには絶対に終電を逃さない女/真下みこと

早稲田大学在学中から、「女子だけインカレ」のサークルが多いことに違和感を覚えていた真下みことさんが書きあげた新作小説『春はまた来る』は、名門大学理工学部に所属する順子が、高校の同級生で女子大に進学した紗奈と、インカレサークルを介して再会するところから始まります。インカレサークルへの違和感をSNSに吐露したことのある文筆家で、同じく早稲田出身だという「絶対に終電を逃さない女」さんと行った対談の、後編をお届けします。(前編はこちらから)

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渦中にいる人にしかわからない抗えなさも、きっとある

終電:結局は社会構造の問題なのだなということが、この作品を読むとよくわかります。女子だけインカレという状況も、その構造を強化してしまう一つだから、紗奈のように性被害に遭う子たちが生まれてしまう。だから私は〈理由を新入生に説明しろ〉と投稿したのだけれど、男子もはっきりと自覚しているわけじゃないということも、本作では丁寧に描かれていて。順子の同期である宮田くんが〈俺たちが一年の初めの頃は、本当に普通のサークルだったんだ。新歓は可愛い子を連れてこいよみたいなノリはあったけど、それって多分どこもそうで。俺、あんなことになるなんて、思ってなくて〉と言うセリフも、リアルだなあと。

真下:もともと尊敬していた先輩の頼みを断れないまま、深みにはまってしまう。加害するつもりなんてかけらもなかったのに、いつのまにか加担してしまっていた、ということは少なからずあるだろうと思います。紗奈という、身近な存在が傷つけられて、初めて自分のしてきたことを自覚するというのは、正直、遅すぎると思うし擁護するつもりもないのだけれど、渦中にいる人にしかわからない抗えなさも、きっとあるのだろうなと。

終電:順子に「女子大の子たちみたいにならないで」と言っていたのは、その構造のなかに組み込まれないでほしい……守りたいという気持ちもあったからなのかな、と想像したりもしました。

真下:友達としては悪い人じゃない、というか順子はほのかに恋心も抱いていて、事件が起きたあとも味方になってくれると期待を抱いていたからこそ、そうではないとわかったときの衝撃は大きかったのだろうと思います。紗奈のために、その構造を打ち壊すために、誰にも頼らず自分の手で復讐するしかないのだと決めたのも、宮田くんを通じて、誰も信じてはいけないんだと思い知らされたから。

終電:復讐のために、順子が「女子大の子たち」に擬態をするじゃないですか。可愛くないと馬鹿にされる側だったはずの順子が、髪を染めて化粧をして服装を変えて、装いを変えただけで男たちの選別眼にかなってしまうシーンも、印象的でした。性的に搾取しようとするまなざしを持つ男性たちにとって、女性というのは記号化された存在でしかないんだろうな、と。人として対等に扱ってほしいだけ、という女性の訴えを理解してくれない男性は時々いますが、それが如実に表れたシーンでしたね。

真下:考えてみれば、男子を顔審査するサークルって、なかったように思いますね。女子だけがパッケージを重視されている。

無意識の境界線を溶かすのもフィクションの役割

終電:そんな男たちが社会的にも成敗されてほしい気持ちが、小説を読んでいると湧いてくるんですけど、現実はそんなにわかりやすく解決はしないじゃないですか。順子が果たす復讐の結果が絶妙なリアリティで描かれていると感じたからこそ、着地点はけっこう悩まれたのではと思ったのですが……。

真下:おっしゃるとおり、ものすごく悩みました。というのも、過去の性被害を告発した人に対して「どうしてすぐに警察に届けなかったんだ」「なんでいまさら」とバッシングが起きて、二次加害に繋がるケースが現実には往々にしてあります。なぜすぐに訴えられなかったのか、裁判に踏み切れないのか、そもそもどうして証拠が失われてしまうのかということを、丁寧に描きたかったんですよね。

終電性被害に関してはなぜか、被害者の落ち度が責められてしまう。順子も、自業自得なんじゃないかと一瞬、疑う場面がありますよね。私が順子と同じ状況に立たされたとき、紗奈を責める気持ちを絶対に持たないとは言い切れない。そういう、無自覚の偏見や自分の加害性に気づかされるのもまた、この小説の力だなと思います。後半で、共に暮らすようになった順子と紗奈の、洗濯物が混ざり合っているシーンが好きだったのですが、そんなふうに、タイプの違う人に対して無意識に引いていた境界線を溶かしていくのもまた、フィクションの役割ですよね。

真下:タイプが違うからこそ、二人の道はいずれ分かれていくだろうし、恋愛に重きを置く紗奈にはきっと、支えてくれる男性が現れる。でも、それでもいちばん苦しかったときにそばにいてくれたのが順子であることに変わりはないし、必要なときにその都度、女性同士が連帯しあえる世の中であってほしい、という願いも本作には込めています。

終電:もしこの先、順子との縁が途切れてしまったとしても、同じように支えてくれる存在にきっと出会えるはずだと、信じられる強さを紗奈は得たのではないでしょうか。それは未来を生きる、救いになりますよね。

真下:ありがとうございます。私、終電さんの書かれた『シティガール未満』がすごく好きで。虚弱体質であることも含めて、終電さんのエッセイに共感し、励まされたことがたくさんあったのですが、自分だけかもしれないと孤独に感じていたことを、癒してくれるのも本の役割。この作品もまた、読者にとってそういう存在であれるといいなと思います。

構成・文/立花もも 撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)
小説幻冬3月号より転載

関連書籍

真下みこと『春はまた来る』

名門大の理工学部に通う順子は、大学二年の春、高校の同級生で女子大に通う紗奈と再会する。高校生の時は「上」の人間だった紗奈と、「下」の人間だった順子は話したこともなかったが、不思議と二人の間には友情が芽生える。インカレサークルで「高学歴」男子と交流する紗奈が、ある日性被害に遭い――。 注目の作家が描く、ボーダー超越系友情小説。

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春はまた来る

2月19日発売の真下みことさん『春はまた来る』に関する記事を公開します。

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絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、早稲田大学卒業。エッセイを中心にWebメディア、雑誌、映画パンフレットなどに寄稿。著書に『シティガール未満』。

真下みこと

1997年生まれ。早稲田大学大学院修了。2019年『#柚莉愛とかくれんぼ』で第61回メフィスト賞を受賞し、2020年同作でデビュー。その他の著書に『あさひは失敗しない』『茜さす日に嘘を隠して』『舞璃花の鬼ごっこ』『わたしの結び目』『かごいっぱいに詰め込んで』がある。

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