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知的菜産の技術

2025.02.26 公開 ポスト

#7

水やり、草取り、マルチ張り。菜園はちっこい悩みであふれている仲野徹(生命科学者)

スミマセン、「プチトマト」はもうありませんでした

最初の年のマルチ。いまはもっと上手に張れるようになった
 

種まき、移植がおわり、いざ収穫。と言いたいところですが、そんなにサクサクと話は進みませぬ。それまでに、水やり、草引きという手間をかけねばならんのです。その話の前に、まずは第5回の訂正から。

「プチトマトなんかごく簡単に栽培できるし、1学期の間に食べられるところまでいくし。小学校理科教育関係者にはご一考いただきたい」と書いたのだが、すでに、プチトマトの栽培は教材として広く用いられているらしい。知らんかった、スンマセン。読者の方がSNSで知らせてくださった。誠にありがとうございます。そういえば、散歩の途中に、いかにも教材という感じの小さなプラスチック鉢に植わったプチトマトを見たことあるやん。

もうひとつ、教材名はすべてプチトマトではなくてミニトマトである。調べてみたら、ミニトマトは10~20グラムの小さなトマトの総称で、プチトマトはミニトマトの品種名だそうな。宅配便と宅急便みたいな関係やな。さらに、プチトマトという品種の販売はすでに終わっているらしい。知らんかった、アゲイン。みなさんもミニトマトと正しく呼びましょう。

【ミニトマト×教材】で検索していると、家に持って帰ってうまくいかなかったというのがあった。教材用の小さな鉢ではなくて、直植えにするか大きめのプランターに植え替えるかしないと難しかろう。根がきちきちにまで育ってしまうし、水の管理が難しすぎる。土が乾いてしまってはもちろんダメだが、水が多すぎても根腐れをおこしてしまう。かように、水やりはなかなか奥深い。

毎日水やり作戦は変えるべきか否か、悩みは深まるばかり

「水やり3年」という言葉がある。上手に水やりができるようになるには3年くらいの試行錯誤が必要という意味だ。水の不足はもちろん、水のやりすぎもいけないから、植物の状態と天候をみて量を決めましょう、と書かれている。そらそやろ、そやけど、そんなもんわからんがな。季節によっても違うんやし考えてもしゃあないわと、ほとんどの野菜で、春から秋にかけては、雨の日とその後を除き、なにも考えずに毎日水をやっていた。

この原稿を書くにあたって、あらためて調べてみた。そしたら、わかった。明らかに水をやりすぎていたということが……。あかんがな。水をやりすぎると、根が腐ってしまう、あるいは、水を探す必要がないので根が十分に張らないのは知っていた。そやけど、ちゃんと野菜は実ってたぞ。

なんでも、畑は保水力が大きいので、そんなに頻繁にやる必要がないという。なかには、1週間に1度でいいと書かれている本まである。土の表面が乾いていても、10センチくらいの深さは水分で湿り気が保たれているから大丈夫ということだ。そう言われたら、植木鉢やプランターみたいな小さい入れ物とちがうんやから、そうなるはずですわな。でも、いちいち掘って確かめるわけではない。目にはさやかに見えぬだけ、枯死させるよりは根腐れ死の方が納得いくような気がする。乾いて枯れてしまったら悲しすぎるわ。そんなことありませんやろか。

貸し農園の人は毎日の水やりをどうしておられるんやろうと不思議に思っていた。それに、大きな畑に毎日水やりするのは無理とちゃうんかと思っていた。振り返れば、気づくヒントはいっぱいあったやん。なんにも考えてなかったっちゅうことやな。どこが知的菜産やねんっ! 深く反省……。

なかには、生えている畝(うね)に直接水やりをせずとも、畝と畝の間にたっぷり染み込ませるのがいいと書いてあるものも。確かに理屈ではそうやけど、それは勇気がいるやろ。生理的にうけつられないレベル。う~ん、これからどうするべきか、じつに悩ましい。

研究では、うまくいっているプロトコールを変えるな、という格言(あるいは迷信)がある。新しい方法が発表されたら取り入れたくなるが、うまくいくとは限らない。だから、前のままがいい、という考えだ。仲野家菜園、これまでは毎朝水やり作戦がうまくいっていた。はて、水やりの回数や量を減らすべきか否か。減らすには抵抗があるが、ひょっとしたら、減らしたらもっと実りがよくなるかもしれない。あかん、どうしたらええんや。

野菜によって水の必要量が違うことぐらいはさすがに知っている。ジャガイモは水やり不要だが、ナスは大量の水を要求する。そういった特殊な野菜は、本とかにちゃんと注意が書かれているが、それ以外は、ほとんどなにも書かれていない。

考えてみたら、畑ごとの土によって保水力が違うやん。それに、このところは夏になると気温がやたらと高いから、土がかっちかちになる。う~ん、やっぱり、枯らすのが心配で毎日水やりして安心作戦かなぁ。あかん、水のやり方なんか調べんといたらよかったわ。悩みの種が増えただけやんか。

「草抜くぞう」「草抜い太郎」、みんな本当にある道具です

難しきもの水やり、とするならば、面倒なもの草引き、である。水やりは生育のために必要とポジティブな気持ちで取り組めるからまだしもだが、草取りは、なんでこんなことせなあかんねんというネガティブな感情が湧いてしまうから厄介だ。かといって、やらねばならぬ。でないと、大事な養分が雑草に吸い取られてしまう。それに、繁りすぎると害虫や病原菌が繁殖してしまうらしい。

草取り? 草引きとちゃうんか。と思われた人がおられるかもしれない。庭の雑草は根から抜いてしまい、次が生えないようにするのが原則だが、畑の草取りは、根の部分を残した方がいいとされている。土の中に雑草の根を残した方が、土が軟らかくなるからという理由だ。だから、一応、草取りと書いた。けど、あんまり影響なさそうやし実際にはじゃまくさいから、草引きと草刈りの併用、もちろん楽ちんな方を選択、になっている。

雨後の筍という言葉があるが、畑では雨後の雑草と言いたくなる勢いで生えてくる。雑草は春から夏が全盛期だが、雨が降った後の育ち具合が半端ではない。もわっ、という感じで生えてくる。雑草が生えてきても、小さい時は処分するのに手間がかかりすぎるのでほったらかしだ。そのせいで、生えかけていた幼い草が一気に伸びてくる。

野菜のすぐそばに生えてるのは、しゃがみこんで1本1本ていねいに処理するしかない。大きさによって手で抜くか、道具で刈るか抜くかになる。ネジリ鎌とか「草取り一番」とか「草取りヅメ」とかいろいろある。

ネジリ鎌は一般名だが、草取り一番と草取りヅメは工具や園芸用品のメーカーである清水製作所の製品名らしい。HPを見てみると、いろんな形状のものが売られていて面白い。中には「草抜くぞう」、さらには、「草抜い太郎」などというものがあって、笑える。姓名かよ。これだけ多くの種類があるということは、草取りが一筋縄でいかないことを物語っている。

畝の間などは立ったままで刈る道具がある。三角ホーとか、半円形をした窓ホーとかがある。ホー、なんのこっちゃねんと思っていたら、英語の hoe 、鍬のことだった。♪なじかは知ぃらね~どぉ(←ローレライの節で)、草刈り用は鍬ではなくてホーと呼ばれることになっているようだ。「♪トオルが草刈る~、三角ホー、窓ホー」と、北島三郎の「与作」の節で歌いながら軽快に刈っている。ようなことはありません、念のため。

以前にご案内のとおり、仲野家菜園の主(←私)は道具を買うのが好きなので、いろんなのをそろえている。しかし、三角ホーがあれば、一応はほとんどの農作業が可能である。元々は「野口式万能両刃鎌」という名前だっただけあって、草刈りとしてだけでなく、鍬、ショベル、レーキとしても使えるのだ。

なんでも、除草剤が普及していなかった昭和30年代の末に「楽に、しかも能率的に草削りができる道具を作りたい」と農家から相談をうけた埼玉の野口鍛冶店で産み出されたものという。えらいやないか三角ホー、へいへいホー。

マルチ商法はよくないが、農業のマルチは優れもの

水やりと草取りの手間を減らす画期的な資材がある。それがマルチだ。農業でマルチといえば、マルチ商法ではなく、野菜の周囲の土を覆うマルチフィルムを指す。一般的に売られているのは薄いプラスチック製で、透明のものもあるが黒いやつが多い。収穫期の頃に土壌中の微生物によって分解され始める生分解性マルチフィルムや紙製の優れものもあるらしい。

畝にベターッと敷いてくのだが、野菜の生えているところにだけ穴をあけてある。長いシートなので、穴がいっぱいあいているからマルチである。と、ずーっと思っていたのだが、間違えてました。multi でなくて mulch だそうな。mulch、元々は「柔らかい」を表す言葉で、根囲いとか、根元に敷く藁や落ち葉などをさしていたのが、今では、マルチフィルム――mulching film――を指すようになっている。

multiであるとまったく疑ってなかった、どこが知的菜産やねんっ。深く反省……、アゲインのアゲイン。しかし言い訳させてもらうと、mulchっちゅうような単語、ほとんどの人が知らんのちゃうんか。広辞苑にも載っておらんわっ!

マルチングすると、地面がマルチフィルムで覆われるのだから、穴のあいた部分以外には雑草が生えてこない。それに、水分の蒸発が抑えられるから、水やりが少なくてすむ。また地温が高い目に保たれる、畝が崩れにくくなる、という利点がある。ただ、デメリットもなくはなくて、最大のものは、肥料を与えにくくなることだ。

肥料については次回に書くつもりだが、生えている場所ではなくて、根が伸びた先、なので、すこし離れたところに撒く必要がある。ということは、植物の生えているマルチの穴では不適切なので、施肥用の穴をあけて撒くことになる。まぁ、これくらいはメリットに比べると小さなデメリットではある。

なので、全部ではないけれど、マルチはけっこう多用している。ただ、気になることがなくはない。猛暑だと地面の温度が上がりすぎるのではないかということ。夏枯れさせた経験はないから大丈夫とは思うのだが、毎年更新されるような猛暑、これは心配だ。けど、菜園で育てるような植物っちゅうのはけっこう高温に強いのかもしれませんな。

水やりの加減もたぶん難しい。なにしろ、大きなシートにポツンポツンと直径数センチ程度の穴しかあいていない。水やりをしても、マルチの穴や畝に染み込んでいく水の量などしれている。いくら、マルチをすれば保水がよくなるといっても、どうなんやろ。これまでは毎日やってたけど、もうちょっと控えたほうがええんかなぁ、これも。

ホームセンターでは、一定の間隔――多くは15センチ――で穴をあけてある穴あきマルチと、穴のあいていない穴なしマルチがある。マルチ穴開け器も売られているのだが、マルチフィルムは非常に薄いので、きれいに穴をあけるのが難しい。穴あきフィルムは便利だけど、植える間隔が植える野菜にぴったりというわけにはいかない。さてどちらにするか。知的菜産はちっこい悩みにあふれている。

いよいよ次回は収穫、ではなくて、あとふたつの大事な要因、肥料と農薬について書きまする。ホント、思いのほかいろんなことがあるんですわ。そのあたりを考えるのがおもろいんですけどね。

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知的菜産の技術

大阪大学医学部を定年退官して隠居の道に入った仲野教授が、毎日、ワクワク興奮しています。秘密は家庭菜園。いったい家庭菜園の何がそんなに? 家庭菜園をやっている人、始めたい人、家庭菜園どうでもいい人、定年後の生き方を考えている人に贈る、おもろくて役に立つエッセイです。

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仲野徹 生命科学者

1957年大阪・千林生まれ。大阪大学医学部医学科卒業後、内科医から研究の道へ。ドイツ留学、京都大学医学部講師、大阪大学微生物病研究所教授を経て、2004年から大阪大学大学院医学系研究科病理学の教授。2022年に退官し、隠居の道へ。2012年日本医師会医学賞を受賞。著書に、『エピジェネティクス』(岩波新書)、『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)、『考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法』(講談社+α新書)、『仲野教授の仲野教授の この座右の銘が効きまっせ!』(ミシマ社)、医学問答 西洋と東洋から考えるからだと病気と健康のこと(若林理砂氏との共著 左右社)など多数。

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