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コンサバ会社員、本を片手に越境する

2025.03.09 公開 ポスト

「他人と組織が祝祭を生む」悩み・停滞するアラフォーサラリーマンに刺さった建築家からの“思いがけない天啓”梅津奏

「成功」よりも「祝祭」を知りたい

私がサラリーマンに向いている理由はいくつもあるけれど、「一人でなんとかしよう」なんてサラサラ思っていないことが一番だろう。

ジェネラリストよりスペシャリストを育成していこう、評価していこうという方向に社会も企業も動いている。ジェネラリスト育成工場のような私の勤務先でも、「スペシャリストとしてスキルを身に着けて、自分のマーケット価値を高めたい」と熱く語る若者は多い。

でも私は昔から、自分が何かのスペシャリストになることには興味がなかった。それよりも、幅広く色んな知識を身に着けて、経験して、「だいたいのことは平均点レベルでなんでもできる」人になる方が、楽しいことが待っているような気がしていたのだ。

それは多分、私が何かに特別秀でた人間ではないからだろう。天性の才能はもちろん、後天的に才能を身に着けるために必要な集中力も、執着も、一本の刀を磨き続ける根性も無い。

 

そんな人間にとっては、とにかくいろんな武器を広く浅く身に着けて、才能ある人と知り合って、それを融合させながら仕事をする方が面白いことができるに決まっている。「仕事の複雑化」は効率化の観点では忌避したい事象だが、思い切って飛び込んでみると、働く面白さが段違いでびっくりする。

「複雑化を避けない」「曖昧さに耐える」「越境を恐れない」

37歳の私は、これらを日々指針として掲げて生きているつもり。しかしこれらはすべて、「一人でなんとかしよう」マインドでいたら(少なくとも私にとっては)不可能な話だ。

難しいのは、一緒に働く人たちの変化だ。仕事仲間は圧倒的に年下が増え、新しい価値観と若いパワーでこちらに立ち向かってくる。「もっとこうした方がいい」「そのやり方はまずいと思う」と伝えようとしても、自分の物言いが一から十まで老害じみて聞こえてしまい、結果、口をつぐんで仕事をまるごと引き取ってしまったりする。

リーダーシップや組織開発の本を読んでも、ページの上を目がすべる。自分の中に強い葛藤があるときほど、他人(本)の言葉が拒絶されるのかもしれない。


休日出勤した帰り、立ち寄った神保町でぱっと目に留まった本を買った。明るいオレンジと黄色の装丁で、久しぶりに「読まなきゃ」ではなく「読みたい」の磁力を感じた一冊。こういう出会い方をした本は、ほぼ100%の確率で運命の一冊になる。もちろんこの本もそうなった。


京大建築 学びの革命』(竹山聖/集英社インターナショナル)

建築家、京都大学名誉教授の竹山聖さんが、28年に渡って京大で教鞭をとってきた学びの記録。

恩師の招きで母校である京都大学に舞い戻ったのは、竹山さんが37歳の頃。当時若手建築家として大活躍していた竹山“先生”が、竹山研に集う才能あふれるユニークな学生たちと試行錯誤した日々のことが、350ページを超えるボリュームで綴られている。

37歳といえば、今の私と同い年。その頃すでに箱根の強羅花壇を手掛け、気鋭の建築家だった竹山さんと自分を比べるのもおこがましい。しかし読み進めていると、トッププレイヤーでありつつ良き指導者であろうとする竹山さんの試みが、薄闇の中で立ち止まっている自分に差す光のように感じた。

考える時間の節約は貧相な建築しか生まない。頭と手と体と、そして口と耳を最大限動員して、幾度も練り直しながら、設計の作業は進められる。無駄に思えることが、反転して思いがけないほどに素晴らしい空間を生むからだ。大学で学ぶのは、このような生みの苦しみであり、そうした面倒臭さ以外のものではない。――『京大建築 学びの革命』より

竹山さんが学生たちに伝えるのは、設計やデザインの技術だけではない。学生たちと、古代都市を巡る旅にも精力的に出かける。研究室では美学や哲学、時には古代の記憶術について共に学び、語り合い、プロジェクトを進めていく。


これまで学生たちとさまざまなプロジェクトを協働して、議論もあったし困難もあり、歓喜もあって悲嘆もあった。しかしそのプロセスで感じてきたことがある。やはり建築を構想していくということは祭りなのだ。祝祭なのだ。――『京大建築 学びの革命』より

迷いもためらいも、出口の見えない試行錯誤も、すべては「祝祭」につながっている。そのことを常に伝えているからこそ、厳しい指導にも大量の課題にも困難な問いにも学生は食らいついてくるのだろう。

ビジネスの場でよく言う「成功体験」が近い言葉かもしれない。しかし「成功」というのは、祝祭に比べるとなんだかちょっと一面的だ。

「できた!」「終わった!」という一瞬の喜びだけでなく、「良きものを作り上げる嬉しさ・面白さ」という複層的な感情をもっと感じたいし、共に働く仲間にも感じてほしい。ともすれば実利一辺倒とみられる業界であっても、私が垣間見ている「祝祭」を他の人にも知ってほしい。私がまだ知らない祝祭があるならば、ぜひ知りたい。

竹山さんが、建築家として組織に属することと個人で仕事をすることの対比を繰り返し語っているのも興味深い。そして私は、「スペシャリストじゃない」サラリーマンという働き方にもまだまだ開拓の余地があると思うのだ。

「他人と組織の力を借りて、祝祭を生む」

37歳だった竹山さんにあって、現在37歳の私に無いのは「圧倒的な説得力」。竹山さんが手がけた建築のようなスケールは望むべくもないのは分かっている。でも、華やかでなくてもいい。ごく小さなことでもいいのだ。

他力本願に生きてきた自分だが、ここは踏ん張りどきだぞと日々自分に言い聞かせている。
 

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梅津奏

1987年生まれ、仙台出身。都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動。講談社「ミモレ」をはじめとするweb媒体で、女性のキャリア・日常の悩み・フェミニズムなどをテーマに執筆。幼少期より息を吸うように本を読み続けている本の虫。ブログ「本の虫観察日記

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