
植物の生育に重要なのは「ちょんまげかくすパフェ」

肥料と農薬。前回までに書いてきたことは、菜園を営むにあたり必ずせねばならないことばかりでしたが、この二つはいわばオプショナルです。言い換えると、どのような菜園にしたいかというフィロソフィーの問題であります。ちょっとたいそうな前振りですが、ホンマにそう考えとります。
自然農法というのがある。肥料も農薬もまったく使わないやり方で、実際にやっておられる農家もあるようだ。無農薬はともかく、肥料なしというのはものすごくハードルが高いらしい。土壌環境、というか栄養分を整えるのが難しいからだ。それほど作物の収量を気にしない仲野家農園とはいえ、そこそこはできてほしいので肥料は使うことに決定。
あらためて、肥料とはなにかを広辞苑でひくと「土地の生産力を維持増進し作物の生長を促進させるため、普通は耕土に施す物質。窒素・リン酸・カリをその3要素という。」とある。菜産とは、つきつめていくと、植物が細胞内における化学反応で作ってくれる物質を結実させることだ。当然、そのために必要な元素を与えねばならんのである。
さて、質問です。植物の生育に重要な元素10個を答えてください。
おわかりになられるだろうか。自慢じゃないが、と言うのは自慢する時の常套句だが、スラスラ言える。C、H、O、N、Mg、Ca、K、Fe、S、P、(念のため順に、炭素、水素、酸素、窒素、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、硫黄、リン)、「ちょんまげ描くフェスプ」である。重要な元素順になっていないのがすこし残念だが、高校時代の生物を勉強した時に語呂合わせで覚えたのがいまだに記憶に残っている。
ほかにも「ちょんぷす鉄ちゃん軽く曲がる( C、H、O、N、P、S、Fe、Ca、K、Mg)」と覚えているクラスメイトもいた。どちらも、「ふぇすぷ」とか「ちょんぷす」とか意味不明の固有名詞(?)が出てくるけど、覚えやすくてよろし。
検索してみると「ちょんまげかくすパフェ」というのもあって、これだと、武士の手前にパフェをおいた映像が思い浮かんでええかもしれん。インスタ映えしそう、でもないか。そもそも、武士の時代にパフェなんかないしな。
日本語というのは、こういう語呂合わせでいろんなことを覚えられるのが便利である。唐の建国の618年は「ロイヤ(618)ルロードは唐の国」、フランシスコ・ザビエルが来日した1549年は「以後(15)よく(49)来る宣教師」とか、鎌倉幕府の成立1192年の「いい(11)国(92)作ろう鎌倉幕府」なんぞは死ぬまで覚えている。と思っていたのに、知らん間に鎌倉幕府は1185年に成立という説が台頭して「いい(11)は(8)こ(5)作ろう鎌倉幕府」にすり替えられてるやん。ハコモノ行政幕府じゃあるまいし腹立たつわぁ、ホンマに。
画期的語呂合わせ「浪人破産いやでござる」
語呂合わせのおかげで、天才ではないかと勘違いされたことがある。ドイツ留学中のこと、2から10までの平方根を黒板に書いてやった。√2が「ひとよひとよにひとみごろ」とか√5が「ふじさんろくおうむなく」であることは、多くの日本人の知るところである。私のように、大昔に「受験生ブルース」の歌詞で高石ともやに教えてもらった人も多いはず。
ちなみに、留学時代に誉められたのは、この時と、あまりにビールの飲みっぷりがいいのでドイツ人の同僚に「Toru is a professional beer drinker.」と呆れられた時だけであることを申し添えておきたい。
自慢ばかりと思われるかもしれんが、もうちょっとついてきてください。脱線ついでに語呂合わせの自慢をさせてもらうと、画期的なやつを思いついたことがある。独立数学者の森田真生さんが「τ(タウ)」についてツイッター(現X)でつぶやかれた。2013年6月28日、タウの日のことだ。τとは円周率πの2倍の数のことで、πが 3.14……だから、τは6.283185307179586476……である。この日の私は冴えていて、即座に思いついた。
「浪人(62)破産(83)いや(18)でござる(53)。女(07)居なく(179)子(5)は(8)無視(64)、南無(76)」
おのおの方、いかがでござるか。破産して、女がいなくなり、子どもにまで無視される。深く落ち込んで思わず、南無、とつぶやいてしまう浪人の姿が目に浮かばぬか。なんと17桁もの数字が覚えられるのでござる。もちろんこれを2で割れば円周率がわかり申す。まぁ、覚えててもしゃぁないですけどね。
有機肥料しか選択肢はない!
気を取り直して話を戻します。10大元素のうちとりわけ大事なのは窒素、リン酸、カリウムで、肥料の3要素とも呼ばれ、それぞれ、葉と茎、花と果実、根の生長に特に重要とされている。肥料にはふたつの選択肢がある。それは、化学肥料と有機肥料だ。
化学肥料は、無機物を原材料として化学的方法によって作られた肥料で、有機肥料とは、油かす、米ぬか、魚粉、鶏糞、牛糞といった、植物あるいは動物に由来する有機物を原料にした肥料である。一長一短あって、どちらがいいか、一概には言えない。
化学肥料には、マグネシウムやホウ素、ケイ酸なども含まれているが、主要なものは窒素、リン酸、カリの3要素で、それぞれの含有量が製品に記されている。なかには、夏野菜用、根菜用などと、成分を調整して特化したものも売られている。有機肥料との違いは原材料だけでなく、即効性が高い、微生物の影響を受けにくいので植物に吸収されやすい、といった性質がある。
一方の有機肥料は、即効性が低い、土壌によって分解状況が変わってしまう、においが強い、化学肥料に比べて高価である、といった特徴がある。こう見ると、化学肥料の方が便利でいいように聞こえるし、実際、ホームセンターで売られているのも、圧倒的に化学肥料が多い。間違いなく主流派だ。しかし、両者にはもうひとつ大きな違いがある。それは土壌改良効果である。
有機肥料にはさまざまな成分が入っており、また、徐々に分解されて養分が供給されるので、微生物など土壌の生態系が豊かになる。それと、土壌の有機物を増やすおかげにより持続可能な生産が可能になるとされている。逆に、化学肥料は使い続けると土壌が劣化していく。そんなことを言われたら、有機肥料しか選択肢はないではないか。
価格、使いやすさ、収量――当面の短期的な収量――とかを考えたら化学肥料の方がいいだろう。しかし、家庭菜園なのである。サステイナビリティーを重要視したいし、有機農業の方が美味しいかもしれない。いや、たとえ味があまりかわらなくとも、有機でやってますという意識だけで美味しいと勘違いできそうだ。ということで、有機肥料を使っている。もしかしたら化学肥料の方が作物はよくできるのかもしれないが、比べてみたことがないのでわからないし、比べるつもりもない。
無農薬しか選択肢はない!
つぎは農薬。これもノーチョイスで無農薬しかない。せっかく自分で作るのに、わざわざ化学物質で汚染させることはあるまい。そのおかげか、蝶やハチ、トンボなどがたくさんやってくる。カボチャやズッキーニは雄花と雌花があるので、朝のうちに人工授粉をしましょうとか本に書いてあるけれど、たいがいの場合、それより先にハチが花の中に入って花粉を身にまとってくれている。思いのほか、都会でもハチは多い。
ハチはいいけれど、野菜によっては葉がものすごく虫に喰われてしまう。青虫が見つかることもあるけれど、何に喰われているかがわからないことの方が多い。どないなっとるんや。一応、可能なものには防虫ネットをかけているが、やり方が悪いのか、いつの間にか虫がはいってきてしまう。
そんな状況なので、虫の駆除は基本的にあきらめた。キャベツなんぞは虫喰いだらけでうまくできないが、ほとんどの野菜では、収穫に大きな影響を与えるまでにはいたらないようなのが、せめてもの慰めだ。
逆に、八百屋さんで売られている野菜に虫喰いのないのが不思議でたまらなくなった。ハウス栽培で虫が入るのを防ぐことができるかもしれないが、やはり農薬が使われているのではないか。農薬取締法により残留農薬の量が厳しく規制されているので安全性に問題はないとは思うが、やはり気持ち悪さが残る。というよりも、無農薬で野菜を作るようになり虫喰いを見るようになってから、気持ち悪さがわいてきた。
おもしろいのは、独特の匂いのするパクチー、バジル、アブラナといった植物はほとんど虫に喰われないことだ。蓼食う虫も好き好きというけれど、ある種の匂いは虫を忌避する働きがあるのだろう。
一方で、どうしてこんなに虫が集まるのだというケースもある。枝豆に小さなカメムシがたかっていたことがあるし、わいてきたかのようにアーチチョークの葉の裏にアブラムシがびっしりついていたこともある。そんな時には、さすがに積極的に駆除するしかない。ただ、農薬は使わない方針なので、基本的には物理的な方法、洗い流すとか押しつぶすというやり方を採用している。面倒だし、押しつぶすのはいまひとつ気が進まないが、いたしかたなし。
「無農薬」という表示が禁止だとは…
「有機農産物」という言葉を見聞きされたことがあるだろう。これは農林水産省によって定義されていて、
化学的に合成された肥料及び農薬の使用を避けることを基本として、土壌の性質に由来する農地の生産力を発揮させるとともに、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した栽培管理方法を採用したほ場において、
- 周辺から使用禁止資材が飛来し又は流入しないように必要な措置を講じていること
- は種又は植付け前2年以上化学肥料や化学合成農薬を使用しないこと
- 組換えDNA技術の利用や放射線照射を行わないこと
など、コーデックス委員会のガイドラインに準拠した『有機農産物の日本農林規格』の基準に従って生産された農産物のこと
を指す。ちなみに、「ほ場」とは「圃場」、すなわち、田畑や農園のこと、コーデックス委員会とは、「消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保等を目的として、1963年にFAO及びWHOにより設置された国際的な政府間機関」のことである。
おぉ、我が家のは有機農産物やん! と思ったけれど、「有機○○」といった表示ができるのは「この基準に適合した生産が行われていることを第三者機関が検査し、認証された事業者」だけらしい。まぁ、売るわけとちゃうから、「なんちゃって有機農産物」あるいは「自称有機農産物」でええわ。と思いながら、さらに調べていくと衝撃の事実が。なんと「無農薬」という表示は、日本では原則禁止されているという。そやけどいっぱい売られてるがな、無農薬野菜……。
農薬や化学肥料の使用を減らした「特別栽培農産物」についてのガイドラインなるものが農水省によって定められている。そこには農薬や化学肥料を使用していない場合、「農薬:栽培期間中不使用」という表示をしなさいということが決められていて、無農薬は使用不可なのだ。なんでやねん、責任者出てこいっ!
と言っても出てこないので解説すると、農薬を使っていなくても、農薬が付着している場合があって、「無農薬」という言葉が誤解を与える可能性があるからだそうな。なんでかというと、自分ところの農地で使っていなくとも、近隣の農地から飛んでくる、流れてくるかもしらんから。う~ん、確かにそうかもしらんけど、そんなもんむっちゃ微量とちゃうんか。そこまで気にしてる消費者がどれだけいてんねん。
お役所仕事と言うべきか、あるいは、神経質かつ声高な消費者に配慮をしすぎと言うべきか。科学的と言えば科学的だが、あまりに厳密すぎるんちゃうんか。それに、これはガイドラインであって法律ではないので、無農薬と語っても罰せられたりはしない。だから、無農薬野菜が市中にあふれている。
なんとなく釈然としないので、お上の意向に逆らって、我が家も無農薬を名乗ることにしたい。近所に使ってるところがないから、農薬なんかついてないやろ。ついでに有機農産物という名称も使ってこましたろ、エセでもええわ。それよりも、オシャレに「ノン農薬オーガニック野菜」とかにしようかしらん。って、どうでもええわな。所詮、自分の家で食べるだけなんやから。
毎回ですけど、調べたら面白いことがいっぱい出てきますわ。窒素肥料を作るために空気中の窒素からアンモニアを産生するハーバー・ボッシュ法と、その発明者であるハーバーとボッシュの話、マメ科植物の窒素固定菌の話、農薬の種類の話、とか、いろいろと書くつもりでしたけど、語呂合わせとかで寄り道してる間に、それらにはまったく届かずでした。ぐずぐずしてたらキリがないので、次回はいよいよ収穫のお話です!
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知的菜産の技術

大阪大学医学部を定年退官して隠居の道に入った仲野教授が、毎日、ワクワク興奮しています。秘密は家庭菜園。いったい家庭菜園の何がそんなに? 家庭菜園をやっている人、始めたい人、家庭菜園どうでもいい人、定年後の生き方を考えている人に贈る、おもろくて役に立つエッセイです。