

下町ホスト#29
テキーラとドンペリが混ざり合い私の凡庸な舌の筋力は衰えてゆく
眼鏡ギャルの席に戻り、無数に点在する満タンに注がれたテキーラを言われるがままに飲み干す
ドンペリはまだ八割ほど中身を残し、堂々と私の前に鎮座している
眼鏡ギャルからヘルプ達へ御達しがあり、誰も私を助けてはくれない
もうほとんど使い物にならない私を定期的に店長が呼びに来て、猫背女子の席に向かわせる
美しい青年のサポートもあって、こちらでは薄い水割りを飲み、激化している内臓を冷やす
ラストオーダーの時間はあっという間にやってきて、煌びやかな幾つものブランデーが美しい青年の私の知らないお客様の席で入り、圧倒的な差で敗北した
悔しさを殆ど感じないラストソングが終わり、店内が明るくなる
猫背女子との会話はほとんど記憶にないが、酔っているせいか、太腿が触れ合うほどの距離で拙い言葉を吐いていた
数分も経たないうちに内勤から閉店の促しがあり、猫背女子は、美しい青年のお客様と共に店を後にする
生温かな小さな声でありがとうとだけ猫背女子は白い息と共に呟いた
眼鏡ギャルの荒れ果てた席に戻るとまだ終わらないテキーラの残骸を屍になりつつあるホスト達の最後の力を借りてすべて飲み干し、八割ほど中身を残して鎮座しているドンペリを私は覚悟を決めて飲み始めた
しかし一向に減らず、様々に混ざり合った液体が逆流してくる
咽せを隠しながら、じっくりと私はドンペリと向き合ってゆく
退店の催促に返事をしながら確実に減らし、最後はパラパラ男がドンペリを横取りし、テンション高くトドメを刺してくれた
そのままヘルプを引き連れて、お店を出る
千鳥足で歩く眼鏡ギャルはヘルプ達に別れを告げ、二人きりになった
「どこいく?」
私は呂律の廻らない口を開く
「うちくる?」
私の顔を見ずに、冷静な声が響く
「うん」
眼鏡ギャルはちょこんと私のジャケット袖を掴み、そのままタクシーに乗車した
運転手に眼鏡ギャルが行き先を告げると、タクシーは勢い良く走り出す
会話のない空間に運転手が趣味なのであろう、異国のクラシック音楽が仄かに鳴る
流れる景色を見ながら、私は煙草に火をつけて、前の座席の後ろに付いている灰皿を開ける
灰皿は綺麗に掃除がしてあり、必要以上に丁寧に灰を落とした
眼鏡ギャルは逆側の窓に頭をくっ付け寝てしまっている
私は携帯電話を取り出して、メールを確認する
君からメッセージが入っていた
〈どこいる?あいたい〉
〈ごめん、ちょっとバタバタで〉
〈電話していい?〉
〈ごめん、いまできない〉
〈あっそ〉
〈あの子といるのね〉
〈誰?〉
〈ギャルみたいな子〉
〈違うよ〉
〈へー、そうなんだ〉
〈おやすみ 今日はありがとう〉
〈よろしくねー あの子に〉
廻らない思考のまま、ラリーを終え、平凡な携帯電話は役目を終えた
意外に声の高かった運転主がそろそろ着くと知らせてくれて、熟睡している眼鏡ギャルを起こす
私は見たことの無い額の運賃を支払い、酔いと寝ぼけ混じりの眼鏡ギャルから鍵を預かる
怠そうに歩く身体を支えながら、指示通りに歩いてゆく
マンションに着いて、そのまま鍵を開け、家に入る
玄関のココナッツの香りが鼻腔をやんわり貫く
眼鏡ギャルを一旦、近くにあったソファに寝かせる
街灯の光が良く入る部屋は、照明をつけなくても
充分明るかった
ふと、ソファの横に積まれている冊子が目に入った
先日、歌舞伎町で見たホスト雑誌だった
眼鏡ギャルの苦しそうな寝顔を見ながら、胸の奥がずっしり傷んだ
「笑えよ糞が」
酒臭いプールに浸かれと言われても目玉の裏は複雑なんです
にこにこと君を仕立てて米を炊き柑橘臭い人間が来た
愛らしい海老の目玉に反射したミラーボールは廻り続ける
平凡な暗褐色に光る目で昆布を敷いた鍋底覗く
赤色や君の鱗は乾いてて白衣はそっと湿っています

歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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