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書くこと読むこと

2025.04.26 公開 ポスト

松井玲奈さん『カット・イン/カット・アウト』:陰の部分でどんなことを考え、行動しているのか物語にしたかった。瀧井朝世

「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。

今回は、4年ぶりの新作小説『カット・イン/カット・アウト』を刊行された、松井玲奈さんにお話をおうかがいしました。

(小説幻冬2025年5月号より転載)

 

*   *   *

松井玲奈:俳優・作家。2019年に『カモフラージュ』で作家デビュー。その他の小説に『累々』、エッセイに『ひみつのたべもの』『私だけの水槽』がある。

「自分では連作短篇のつもりで書いていたんですが、編集の方に“一つの筋がしっかり通っているので、これは長篇ですね”と言われ、はじめて長篇が書けたと思って。自分の成長を感じる一冊になりました」

と、松井玲奈さん。そんな新作『カット・イン/カット・アウト』は芸能界を舞台に、二人の女性の人生が交錯する物語だ。

「じつは別の長篇を書いていたんですが、先に進まなくなった時に担当編集者の方に“気分転換に短篇を一本書いてみませんか”と言っていただいたんです。気分転換なら自分の身の回りの話が書きやすいかなと思いました」

長らく小劇団で活動してきた52歳の坂田まち子、通称マル子は人気劇作家・野上が主宰する新作公演に端役で参加。ヒロイン役のアイドル、中野ももが野上の厳しい指導に疲弊していく様子を見て心配する。そんなももの代役を務めたことから、マル子は一躍脚光を浴びることに──。

「マル子さんの人生が一変する劇的な部分を描こうと思ったんですが、書き始めたら止まらなくなって。これは短篇では足りないと途中で気づき、長い話にしたほうがいいかなと思いました」

マル子にはモデルがいるという。

「何を言われてもそつなくこなす方がいて、私に見えていない部分で経験や努力を積み重ねてきたんだろうなと思っていました。そういう方が見えない陰の部分でどんなことを考え、どう行動しているのか物語にしたかったんです」

対して中野ももは、かつて子役で人気を博し、今はグループでアイドル活動をする若手だ。

「急に光のなかに飛び込んでしまうマル子さんの対比となる存在として、昔光を浴びていて今伸び悩んでいるももちゃんが必要でした。照明がついたり消えたりするイメージからタイトルも決めました」

物語はマル子やもものほか、もものファンとなる青年や、マル子のマネージャー視点の章もある。

「マル子さんの視点だけで進めることもできましたが、彼女が周りからどう見えるかも書きたかったんです。ファンの人を登場させたのは、私自身も好きなもの、応援したい対象があるので、いろんな応援の仕方を書いてみたくて」

各章のタイトルも印象的だ。〈私は誰のために〉〈僕は何のために〉〈みんなのために〉〈あなたのために〉──。

「各章の主人公が何を思っているのかが、いちばん現れているのが章タイトルだという気がします」

視点人物ではないが、稽古のたびに台詞を変えて厳しく指導する野上がなかなか強烈だ。

「あれは誰なんだってすごく聞かれるんです(笑)。いろんな人を混ぜ合わせて、私の理想の演出家像を書きました。情熱のあまり厳しいことも言うけれど、自分でもそれを分かっていてアフターケアがしっかりしている人です」

さて、代役から注目を浴びたマル子は、テレビドラマにも出演するようになり、多忙を極めていく……。

「30代40代になってブレイクした方から、環境が変わって戸惑ったというお話を聞いたことがあります。舞台と映像ではいろんなルールが違うのに、若手ではないから教えてくれる人もいない。それでマル子さんも戸惑いますが、そこから足を前に進めようとする姿を書きたいと思っていました」

一方、壁にぶつかったももも、自分の道を模索していく。

「子役として売れた経験があるからこそ、伸びきれない自分に憤りを感じている。お人形さんのように見られている人でも、人間として感じていること、考えていることがあることは描きたかったです」

やがてマル子はひとつの決断をする。そこにこめた思いは?

「何かに固執したり、こだわったりすることで疲弊することは多い。そこから自分を解放してあげることが大事だよな、という思いがありました」

マル子たちが、自分が望む光を見つける姿には胸が熱くなる。

好きな本の印象的なフレーズに選んだのは、山口路子さんの『私を救った言葉たち』より、作家、メイ・サートンの言葉だ。

私の内部の人間は、逆境で栄える。より深く掘り下げることが私への挑戦なのだから。

――『私を救った言葉たち』山口路子著(ブルーモーメント)内、メイ・サートン『独り居の日記』引用より

「メイ・サートンの言葉と、それについて著者が語る文章が刺さりました。苦しい時に活力がわく気持ちは私もよく分かるので、共感しながら本にマーカーを引きました。たまたま本屋さんで表紙が素敵だなと思って買った本ですが、本当に寄り添ってくれる言葉がたくさんあって。死ぬまで本棚に置いておきたい本が何冊かあるんですけれど、その中に入っている大事な一冊。なんなら、棺桶にも入れてほしいです(笑)」

松井玲奈『カット・イン/カット・アウト』
集英社/1870円(税込)

小劇団を渡り歩き、今は商業演劇の端役として地道に活動している50代のベテラン俳優、坂田まち子。著名な劇作家、野上の新作公演でヒロイン役のアイドル、中野ももが壁にぶつかった時、彼女の代役として野上が声をかけたのはまち子だった─。

 

取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)、ヘアメイク/菅井彩佳、スタイリスト/井阪恵(dynamic)
衣装:アキコ オガワ(03-6450-5417)、リング:カスカ/カスカイストリア(03-6452-3196)

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書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。

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瀧井朝世

フリーライター。多くの雑誌などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009~13年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)など。

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