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衰えません、死ぬまでは。

2025.04.27 公開 ポスト

第26話 死ぬまで新規事業 前半

歯磨きのあと口内をゆすぐだけで走る、キンキンした痛み。そして、首のイボ!?宮田珠己

自分に適した孤独解消法が知りたいと思っていたところへ、妻が「農園を借りて、野菜を作ってみたら?」と提案。

迷走を続ける宮田さんの、運気アップ健康生活やいかに…!

*   *   *

自分が昔勤めていた会社の同期が、フェイスブックで、最近とくに理由もないのに気持ちが塞ぎがちだ、と書いていた。

わかる。わかるよ。

 

とくに理由もないと本人は書いているが、理由はたぶんはっきりしている。老人になりつつあることが、気持ちを落ち込ませているに違いない。つまり未来に期待するものがなくなってしまったのである。期待どころか、今後よくないことや面倒なことが次々やってくる予感がある。気持ちが塞がないほうが無理というものだ。

 

(写真:宮田珠己)

人生は60歳からが本番とか、80を超えてますます楽しいとか、一部書籍などで流布されている言説はどう考えても詭弁か負け惜しみにしか思えない。例外があるとすれば、長年夫に虐げられてきてやっと熟年離婚できた主婦ぐらいだろう。そういう人は大いに自由を満喫してほしい。

気持ちが塞いでくると、ささやかでもいいから何か元気になれることはないか探すはめになるわけだが、先日、昔よく塩バターパンを買っていたスーパーに行ってみると、ベーカリーが変わっていて、塩バターパンが売られていなかった。

なんだって、塩バターパンがない?

いや、別に買うつもりはなかったのだ。家族に言われて節制中であり、塩バターパンは何か特別なことがあった日にだけ食べると決めている。だからこの日は確認に行っただけなのだが、この先、特別な日にも買えないのは問題である。

塩パンならあった。

クロワッサンの形をしていて、一応、確認のために食べてみると、塩味が利いていて悪くなかった。悪くはなかったが、丸っこくてふわふわして海の生きもので言えばマンジュウヒトデのようなかわいい姿だった塩バターパンが、ありきたりのクロワッサン形になってしまった言い尽くせない悲しみを、私はどこにぶつければいいのであろう。

しかも食べると中が結構な空洞である。クロワッサンにはなぜ空洞が許されているのか。それなりの大きさと見せて、圧縮してみればお餅一切れぐらいの量じゃないのか。

塩バターパン逝去の報に触れ、気持ちは塞ぐ一方だが、遠くの店に行けば今でも手に入ることがわかっているので、それは我慢しよう。

(写真:宮田珠己​​​​​​)

最近それ以上に凹んだのは、歯である。

奥歯が痛いので虫歯かと思って歯医者に行くと、虫歯ではなく知覚過敏だと言われた。虫歯なら削って何かで埋めれば済むが、知覚過敏はそう簡単に治らない。歯磨きのあと口内をゆすぐだけで、キンキンした痛みが走ってつらい。

なぜそんなことになったかといえば、大々的に歯石をとってもらったからで、これまで歯石が盾になって神経が守られていたのが、それを取り除いたせいで表面から神経までの距離が近くなり、痛みを感じるようになったのである。だったら歯石を取り除かなければいいと思うのだが、そうなるとますます歯茎がやられ、歯周病が進行するらしい。

知覚過敏になっている歯をよく調べてもらったところ、土台部分の歯茎がだいぶやせ細っていて、歯自体も少しぐらついてきているようだった。おかげで知覚過敏だけでなく、歯茎の炎症が起こって、痛みが倍増しているのであった。

先生は、これはもう抜いてもいいレベルと言い、歯を失う可能性が出てきた。

嫌だ。歯は抜きたくない。

人間、歯が抜け始めたらもう完全な老人と言っていい気がする。抜いたあとはインプラントなどで新しい歯を入れることになるようだ。今の段階ではぎりぎりもっている状態だそうなので、これ以上歯茎を細らせるわけにはいかない。となれば歯石は断固取り除かねばならず、その結果知覚過敏がひどくなって、踏んだり蹴ったりという話であった。

体のあちこちにガタがきている。

(写真:宮田珠己)

そういえば、首筋にイボもできた。

おおお、首のイボこそは誰が見てもわかる老人の証。

いや、老人でなくてもイボはできる。そういえば子どもの頃、首にできたイボをおばあちゃんに取ってもらった記憶がある。

どうやって取ったかというと、糸で根元を縛るのである。糸でぎゅうぎゅうに縛ると、最初は痛いが、そのうち慣れて、たいてい1日もしないうちにポロッとイボが落ちる。

さっそく自分でやってみることにし、糸で縛ろうとしたのだが、これが難しかった。

鏡を見ながら、あらかじめ丸くゆわえておいた糸の、その丸い穴にイボをはめこむようにする。だが、鏡を見ながらの細かい作業は困難で、なかなかうまく縛れない。まず、イボが穴に入らないし、なんとか入っても、左右から引っ張ろうとすると、その動きによってイボが穴から抜けてしまうのだ。

何度やってもうまくいかなかった。そのうち、そんな面倒なことをしなくてもハサミで切り取ってしまえばいいのではないかと思い始めた。ハサミで切って何か問題があるだろうか。一応ハサミはライターであぶって消毒して試してみたが、簡単にできそうでこれが案外難しい。イボ以外の首の皮まで切ってしまいそうになるのだ。調べてみると、刃の部分が反った小さなハサミがあって、それで切るのがいいらしい。だろうな。ふつうの文房具で切ろうとしていた私がバカであった。

そうやっていじくっているうちに、いじり過ぎたのか、イボはちょっともげそうな感じになって、根元からうっすら血が滲んできた。いっそこのままもげればいいのに、と思い、もう少しいじくっているとどんどん痛くなってきた。こうなったら、ええい、思い切って引きちぎってしまうまでだ。とりゃあ! と引きちぎったかというと、そんな度胸はなかった。いや、でも、これこのまま放置してるほうが痛いし雑菌も入ったりしてよくないでしょ、やっぱり、どりゃああ! うぉりゃああ! うおおおおおりゃあああ! って3回ぐらい叫んだ。叫んだだけであった。

弱い。ヘタレになってるぞ。ここは強い男になるべきときではないのか。そうだ、おれは強い。

おれは強い。おれは勝つ。そう念じながら、ついに、うぎょおおあああ! ってようやく引きちぎったのである。

ちぎる痛みは一瞬で、叫んだわりにどうってことなかった。しかもちぎってみれば後はみるみる傷は塞がり、大成功。イボ如きに負ける私ではないのだ、かっかっか、と大満足したのであった。

(後半へ続く)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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