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第1回で「メンタル童貞」という概念が提示された『ルポ 中年童貞』刊行記念対談。第2回は、中年童貞がなぜ生まれたのかについて考えます。著作『母がしんどい』で、実母との確執を描いた田房さんは、中年童貞と母親の関係を指摘しました。担当編集・竹村優子も本格的に加わり、その真意に迫ります。(聞き手・構成:稲田豊史 イラスト:田房永子)

中年童貞を生む母親の過干渉

中村 介護業界は現場があまりにもひどいので、なぜこんなふうになってしまったのか、と考えるようになりました。国とか行政は研修によって成長するという建前。しかし現実はそれ以前の問題で、人材の半分を入れ替えないと社会保障は崩壊すると僕が思っているんです。厚生労働省あたりは気づいているんじゃないかな。なのに、見ないふりをしている。理由はどうにもならないから。

田房 そんなにひどいんですか?

中村 プライドが高い、低学歴、常識がない、徹底した自己中心といった人材が多い。容姿の美醜は生まれ持ったものがあるにしても、身なりをぜんぜん気にしていないから不潔だし、健康状態も悪かったりする。つまり、僕が“中年童貞的”と言っている人たちの特徴です。もちろん、本人のせいばかりとは言えませんが、介護やサービス業にあまりにも向いていないんじゃないかと。田房さんは本の中で、母親の息子に対する過干渉、胎児扱いをすることが、中年童貞を生むひとつの温床だと指摘してくれました。

『ルポ中年童貞』と同じ日に発売された田房さんの新刊には、女性たちが知る機会のない男たちの姿が描かれています。

田房 胎児は妊婦の体の中にいるから、行く場所も食べるものも決定権が何もないですよね。もしかしたらそれがイヤで抵抗を訴えるためにおなかを蹴ってるのかもしれないのに、なぜか大人の世界では「胎児は感情がない」という前提になっていて、「おなかを蹴る=元気」で片付けられるんです。
私自身、成人しても生活のいろんな面に母親から口を出されることにいつも抵抗していたんですが、母は悪気無く、私の意思をきれいに無視するんです。周りにそのつらさを話しても、「母親なんてそういうものだよ」とか「お母さんだってあなたのためを思ってるんだから」という決まったフレーズでないことにされちゃうんですよね。自分が妊娠した時に、おなかの中の胎児と、母との関係の上での自分がすごくリンクして、「私はされてたのは“子ども扱い”じゃなくて“胎児扱い”だったんだ」と気付いたんです。

中村 過干渉がなぜ起こるかと言えば、育児で自由を奪われた母親が、息子を「所有物」にすることで自分の欲望を解消しようとするからだという話ですね。日本の伝統的な家父長制度においては、育児は女性がする。過保護や過干渉による子供への過剰な介入は、この家父長制度から来ているのでは、というのが田房さんの仮説でした。

田房 これだけ共働きの家庭が増えたといっても未だに「家事育児は基本、女の仕事」という“押しつけ社会”です。子どもがいくら自分のつらさを訴えても母親が「私だって大変だった」と言えば、周囲は賛同するしかないんですよね。男社会は母を悪くは言えないんです。自分が親玉だから。そういう構造が、“胎児扱い”された子どもから自分の意思を持つ機会を奪ってきたと思います。娘は「母親になる可能性がある性」だから加齢するごとに“胎児扱い”されることに矛盾が生じてくるわけです。だけど息子は「親玉側に属する性」なので、羊水に入りっぱなしのまま、加齢できる現状があるんじゃないかと思います。

中村 彼らだって、もし結婚したら変われると思う。結婚までいかなくても実家を出るとか、風俗とかキャバクラに行くでもいい。ただ理想の恋愛とか、この世にありもしないことを言い訳にして何も動かない状態をやめたほうがいいと思う。

田房 でも、彼らが結婚するのは大変ですよね?

中村 そうなんですよね……。見合いで誰かをあてがう制度はこの20年間で廃れて、すっかり個人主義と自由恋愛になってしまった。結果として生まれたのが大量の敗者である中年童貞ですからね。本来は自由だからこそ、自分で動かなきゃいけないんだけど、彼らは生涯成功体験がないので決断することができない。それは田房さんが言うように、今まですべて母親が決めてきたからだろうね。

田房 もう、本当の胎児ですね。


中年童貞を作りだした90年代

中村 中年童貞に結婚できないことやモテないことを指摘すると、自分がすごく優れているので、恋愛とか結婚には興味がないみたいな論理を展開させますよ。例えば“妻と子供のために働くなんてばかばかしい”みたいなことを言いだします。

竹村 「いい年して独身でも問題ない」という価値観が、中年童貞がまだ若かった90年代くらいの日本で浸透したのも大きいんじゃないでしょうか。キリスト教文化圏だと、「男女は対になる、つがいになるのが自然」という概念が隅々まで行き渡ってますけど、日本にはそういう宗教的な精神性もなければ、祭りで男女が結ばれるような夜這いの習慣も廃れてしまった。世間からの「大人たるもの、誰かとつきあわなければならない」というプレッシャーが弱いんじゃないでしょうか。

中村 そうかもしれません。「こうでなければいけない」という社会的圧力は、今の日本には確かにない。ついでに言うと、良くも悪くも、いい年した大人の男がアイドルにハマる後ろめたさみたいなものもなくなってしまった。

竹村 童貞はみっともないから、こっそり風俗に行って頑張んなきゃみたいな空気もない。

中村 彼らが青年期を過ごした時期のアダルトビデオ業界も少し関係がありそうです。

田房 どういうことですか?

中村 ソフト・オン・デマンド(SOD)というアダルトメーカーが15年くらい前に「お客様第一主義」というものを取り入れたんです。それまでのアダルトビデオ業界はいい加減なもので、たいして可愛くもない女優でも裸にさえなれば商売として成立していた。SODはそれを全否定して、モテない男の言うことを全部聞きますという姿勢で商売をはじめて大成功したんです。ユーザーからアンケートをとって、そのニーズを全部叶えた作品を作り続けたんですね。中年童貞的な人たちの要求は“もっと可愛い子に、もっと激しいプレイをさせろ”とキリがない。ユーザーレビューなんかみると、ひたすら文句言っていますよ。僕もアダルト業界に関わっていたけど、すぐについていけなくなった。

田房 メンタル童貞性に徹底的に従ったんだ。

 

関連書籍

中村淳彦『職業としてのAV女優』

業界の低迷で、100万円も珍しくなかった最盛期の日当は、現在は3万円以下というケースもあるAV女優の仕事。それでも自ら志願する女性は増える一方だ。かつては、「早く足を洗いたい」女性が大半だったが、現在は「長く続けたい」とみな願っている。収入よりも、誰かに必要とされ、褒められることが生きがいになっているからだ。カラダを売る仕事は、なぜ普通の女性が選択する普通の仕事になったのか? 長年、女優へのインタビューを続ける著者が収入、労働環境、意識の変化をレポート。求人誌に載らない職業案内。

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『ルポ中年童貞』刊行記念対談 中年童貞はなぜ増えているのだろう? ~その社会と構造を考える~

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田房永子 漫画家

1978年生まれ、東京都出身。漫画家、コラムニスト。第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を刊行し、ベストセラーに。他の著書に『ママだって人間』『キレる私をやめたい』『人間関係のモヤモヤは3日で片付く』『喫茶 行動と人格』などがある。最新刊は『女40代はおそろしい』。

中村淳彦

1972年生まれ。ノンフィクションライター。AV女優や風俗、介護などの現場をフィールドワークとして取材・執筆を続ける。貧困化する日本の現実を可視化するために、さまざまな過酷な現場の話にひたすら耳を傾け続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)はニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネートされた。著書に『新型コロナと貧困女子』(宝島新書)、『日本の貧困女子』(SB新書)、『職業としてのAV女優』『ルポ中年童貞』(幻冬舎新書)など多数がある。また『名前のない女たち』シリーズは劇場映画化もされている。

 

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