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障害者にとっての<性>と<生>を考える

2016.07.31 公開 ポスト

中編

貧困女子の生態を消費するブームに乗っかっている自覚は、おあり?上野千鶴子/坂爪真吾

障害のある人たちは、どのように自分や他人の性と向き合っているのでしょうか。それらの喜びや悩みは、障害の無い人たちと同じものか、それとも違うものなのでしょうか。
重度身体障害者の射精介助など障害者の性の支援に長年携わり、去年から今年にかけて『はじめての不倫学』『性風俗のいびつな現場』とベストセラーを連発した坂爪真吾さんの最新刊が、『セックスと障害者』(イースト新書)です。
今回、坂爪さんの東大時代の師匠・上野千鶴子さんをゲストに招き、フェミニズムの立場から見た障害者の<性>と<生>について、また弟子の言論活動についての評価など、縦横無尽に語ってもらいました。
今回の<中編>では、性風俗に福祉をつなげる新たな試み、「風(ふう)テラス」がメインテーマの一つとして論じられています。(2016年6月9日、八重洲ブックセンター本店)

「この本、くだらないね」

上野 坂爪さんと久しぶりに会うと、なんとなく指導教官モードになっちゃって(笑)。彼の卒業後の来し方行く末を見てきたので、「そうか、こうやってこの子は育ってきたんだ」と思うものだから、他の本にも触れたいなと。まず『はじめての不倫学』(光文社新書 2015)。コレ、くだらないね。

坂爪 そんな、いきなり全否定(笑)。

上野 だって、不倫のルールとかいろいろ書いてあるけど、結婚するから不倫が成立するんでしょ。

坂爪 まあ、そうですね、結婚がそもそもの問題というのはたしかに分かりますけど。

上野 じゃ、しなきゃいいじゃん。

坂爪 でも、実際に結婚する人がまだまだ多数派だと思うので。

上野 この本は売れたんですか?

坂爪 今、3万4000部ですね。

上野 誰が読むの? これ読んで、何を学ぶの? 

坂爪 たぶん不倫で困っている方とか悩んでいる方が読んでくれていて。

上野 とっくに不倫をやっている人は、読まないんじゃないの?

坂爪 とっくにやっている人は、自分を肯定したくて読むというのはあると思いますね。

上野 ふーん。なんか七面倒臭いルールが書いてあるよね。

坂爪 ルールというか、不倫の「ワクチン」的なものを。

上野 で、不倫学セミナーとかやるの?

坂爪 それはやっていません。

上野 このあいだ、「人はなぜ不倫するのか」というテーマで、不倫業界のクイーン・亀山早苗さんから取材をお受けした時に、「私にとっては、『人はなぜ不倫しないのか』のほうが謎。なぜしないでいられるのかがよくわからない」というやりとりをしたの。そもそも、不倫する・しない以前に、結婚しなきゃなんの問題もないんだから。
坂爪君自身は、結婚しちゃったのよね。満足してる?

坂爪 もちろん満足しております、はい。

上野 よかったね。いつまで持つか、わからないけど(笑)。

坂爪 やめてください、そんな(笑)。

上野 結婚は一生モノの約束だから。「期間限定」の約束をしたらいいのにね、特任教員みたいな時限付きの約束。

坂爪 時限立法的な感じで。

上野 5年経ったら、延長しようか、再契約しようか、とかやればいいのに。まあ、でもご苦労さんです。
 

性風俗の「いびつ」さは、女ではなく男の側にある

上野 いい本だなあと思ったのは、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書 2016)。これは、私はいち押しです。

坂爪 おおー、ありがとうございます。

上野 すごくいい本なんだけど、表紙の帯にムカついたのよ。「彼女はなぜ母乳風俗店で働くのか?」。これを書くのは、問題編集者ね(笑)。問いが完全に倒錯している。「男はなぜ母乳風俗店に行くのか?」って書けよ。そっちのほうが、ずっとずっと謎だよ。

坂爪 男性側の動機ですね。

上野 うん、男のほうが謎。『性風俗のいびつな現場』の「いびつ」さがどこにあるのかと言えば、男の側にあるに決まっているじゃない。強者であるとかマジョリティであるということは、自分が何者であるかとか、自分がなぜこうするのかということを問わずにすむ特権のことだから。女の方は経済動機。そちらのほうはずっとわかりやすい。カネが対価でなければ、やらないでしょ。社会学的な問いを立てるなら、男の謎の方を解いてほしい。
 それにしても、よくここまでフィールドワークしましたね。これだけ性風俗にいろんな種類や序列があるということも、知らなかった。

坂爪 「いびつな現場」というタイトルにもあるように、社会的に弱い立場にいる方が集まっている風俗の世界、例えば母乳風俗の妊産婦であったり、障害のある方――知的障害、発達障害、精神障害の方――だったり、あとは生活保護をもらっている方だったり、そういった方が集まる現場をルポする中で、どういう問題があるのかというのを分析しました。最終的な結論としては、福祉との連携ということでソーシャルワーカーと弁護士を現場に派遣して、店の中で相談・支援を行なうという結論を出した本であります。

上野 現場で価格破壊が起きていて、ボトムに降りていくと、ブス、熟女……。

坂爪 デブ、ブス、ババアの世界になる。

上野 「障害」とか「母乳」とか、いくらでもボトムがあって、そういう「いびつ」なニーズをちゃんと吸収できる受け皿があります、という「風俗業界案内書」になっています(笑)。

坂爪 まあ、前半は案内ではありますね。

上野 女性に対しては「こういうところに受け皿があって、そこに吸収されたら、なんとか生き延びる道もありますよ」というメッセージになっている?

坂爪 そこに行けば生き延びられる、とは書いていないですね。やっぱり風俗で働けない人がこれだけいっぱいいて、今こういう状況になっているということが、そもそも言いたかった部分があるので。

上野 『性風俗のいびつな現場』が面白いのは、性風俗と女性の貧困がつながっている現場の探訪ルポだから。こういう貧困女子の生態を消費するブームに「乗っかった」という自覚はあります?

坂爪 乗っかったというか、自分にとっては鈴木大介さんの『最貧困女子』(幻冬舎新書)のアンサーソングとして書いた部分があります。やっぱり「貧困女子がここにいますよ」「かわいそうだね」で終わりじゃなくて、どういうふうな原因、問題構造があって、どうすれば解決できるかというところまで踏み込んで、実践を通した処方箋を書いたつもりではあります。

上野 一応、鈴木さんも処方箋は出している。社会が、政治がという以前に、行き場のない女の子が、「なぜそこにいるのか」と理由を問われず安全に過ごせる場所、そういうスペースをちゃんと作れよって。

坂爪 はい、それは書いていますね。
 

そこ「だから」生きられる女性にはプラグマティックな対応を

上野 いちばん、感心したのが、性風俗と福祉という、本当はつながっているはずなんだけれど、誰もがつなげたがらない盲点を突いて、そのど真ん中に入っていったこと。そこで坂爪さんが処方箋として出しているのは、女の子の待機部屋に法律の専門家を連れていくと。

坂爪 弁護士さんと、ソーシャルワーカーさん、あとは臨床心理士さん。

上野 それで生活相談を受ける。これを「風(ふう)テラス」と名付けた。うまいねっ。

坂爪 分かります? 分かります?(笑)

上野 「法テラス」のもじりよね。命名者は誰?

坂爪 はい、自分です。

上野 あ、うまいっす。早めに商標登録しとくといい。

坂爪 特許庁に行ってきます(笑)。

上野 タテマエじゃなくてプラグマティックな解決を提案しているのがいい。

坂爪 そうですね、議論だけじゃなくて、現場で実際に支援すると。

上野 つい最近、ソウルに行ってきました。そこで、セックスワーカーの支援事業をやっているイルムという団体で活動している女性たちに会ってきたんです。韓国でもセックスワークに吸収される女性たちは、貧困層です。それに日本よりももっと業者によるセックスワーカーの管理が厳しい。その人たちに「抜けろ」「やめろ」と言ったって、ほとんどその人たちにとっては選択可能なアドバイスにならないんです。

坂爪 あまり意味がないですよね。

上野 現実にそこで生きている人たち、そこ「だから」生きていける人たちって、やめてもまた同じ業界にブーメランのように戻ってくるような人たちだから。じゃあ具体的にその人が抱えた個別の課題をどう解決していくかという、プラグマティックな対応が必要になる。

坂爪 うん、そこだと思うんですね。

上野 でも、それ、ひと言で言ったら「モグラ叩き」なんだけどね。モグラは叩いても叩いても、いろんなところから出てくるから、クサい匂いはもとから断たなきゃダメ、なんだけど。そのクサい匂いの元は、もう男を変えないとどうにもならない。そこはどうにもならないから、モグラ叩きでもやらないよりはやるほうがまし。
 

「風テラス」が入ると店はイメージアップ、求人効果も上がる

上野 日本の社会保障は、生活保護だろうが介護保険だろうが、みんな自己申告主義なんです。当事者が自分から制度につながらない限り、どれだけ制度があっても、なんの役にも立たない。だから、「アウトリーチ」というのがすごく大事で。だから、「風テラス」ってすごいねと思った。

坂爪 ああ、ありがとうございます、はい。

上野 風テラスって、女の子に接点を持つ前に、経営者の同意をえなきゃいけないじゃない?

坂爪 そこはやはりいちばん課題ですね。

上野 それ、どうやったの?

坂爪 はじめは、『デッドボール』という「デブ、ブス、ババア」を集めている店があって、それを自分はツイッターで「女性差別だ」と批判したんですね。そうしたら、「じゃあ一回現場を見にきてくれ」というふうにリプライがありまして。

上野 あ、いい経営者だね。現場を見てから言えって。

坂爪 実際、待機場に行かせてもらって、いろんな方にお話を聞くと、福祉の対象にしか見えない人がたくさんいらっしゃった。これはもう風俗じゃなくて福祉の問題だ、というのが改めて分かったんです。

上野 フィールドワークして、現場を踏んで、判断するというのは社会学者の鏡ねー。

坂爪 ああ、ありがとうございます(笑)。

上野 日本の福祉は制度自体は、そんなに悪くないんですよ。生活保護だって、スティグマを気にしなければ、堂々ともらえばいいんだし。ただ、問題は制度の側に、わざわざ当事者に届ける「アウトリーチ」がないということと、利用者に制度に対するリテラシー(知識)がないということがある。だから制度と当事者をつなげるために、あなたが現場にソーシャルワーカーを連れていったっていうのはすごい。

坂爪 制度を知っている人を、ですよね。

上野 制度に人をつなぐというのはすごく実践的。ちなみに風テラスは、誰がお金を払ってくれるの?

坂爪 基本、寄付モデルです。店舗からもお金を寄付してもらって、あとは自分が講演とかで稼いだお金、プラス、印税とかですね。

上野 店舗がお金を寄付してくれるの? そうか、女性に性の健康を維持してもらうほうが、商品価値が維持できると。

坂爪 というか、求人の効果が上がるんですよね。やっぱり風テラスが入っているというだけで、イメージがすごく上がる。

上野 はー、ブランド効果ね。たしかに、ワーカーさんはどんどん店舗を移ると本に書いてありましたね。店舗を移る際に、口コミってけっこう強力だから、信頼のブランド...

坂爪 ……になれればいいなと思います。

上野 性風俗産業って顧客市場対策だけでなく、労働市場対策もやらなきゃいけない。その労働市場の中で、ブランド効果を持つと。

坂爪 風俗って、どうしても求人費がすごくかかっちゃうんです。月にうん十万のお金が飛んじゃう。それだったら福利厚生にお金をかけたほうが、効果は高いと思うんですね。

上野 なるほど。ウィンウィンの社会貢献事業ですね。そういう現場を持って、実践的なことをやっておられるというだけじゃなくて、本では社会学的な分析もちゃんと……。

坂爪 社会学っぽい感じ、ではありますが(笑)、はい。
 

「障害をきっちり区別して書いて」という意見も

上野 今、「風俗が最後のセーフティネットだ」と言われているし、そこにつながる人たちは絶えないけれども、できればそれはやらずに済めばそのほうがいい。

坂爪 それは確実に言えるとは思うんですよ。本当に心からしたくてしている人って、やっぱり少ないので。

上野 韓国のイルムのおネエさんたちに大受けに受けたのは、「セックス産業とは強姦の商品化である」、「キャバクラとはセクハラの商品化である」という上野の発言。

坂爪 おおー、ざっくりと(笑)。

上野 超わかりやすい(笑)。そういう商品化と引き換えに対価をもらっても、けっきょくいいこと何もないもんね。

坂爪 もちろん全部が全部、強姦だけじゃないと思うんですけど、はい。

上野 癒やしや恋愛ゲームも男に女性の身体が搾取される点では同じ。その中でも専門的なスキルを磨こうと、ある種のプロフェッショナリズムが生まれる。基本は男の妄想に付き合ってあげるという「妄想系産業」だから。だから「こんなのアホらしくてやってられない、やーめた」って言えれば、それまでなんですが。

坂爪 うーん、でもやっぱりやめられない理由が、お金関係ですよね。

上野 そうですね、女性にとってはあくまで経済行為だから。
 その中で坂爪さんが「風テラス」や「ホワイトハンズ」のような極めて実践的なことをやっておられる。ちゃんと公益性のある事業をやって、「新しい性の公共を作ろう」としておられます。それが、障害を持った当事者の人たちからどんなふうに受け止められているか、ですが。例えば、『セックスと障害者』(イースト新書 2016)は啓蒙的な本ですね。読者対象としては、障害を持たない人たちにも……。

坂爪 支援者向けに書いた部分はけっこう大きいですね。

上野 障害当事者の人からはどんな反応が来ました?

坂爪 もっと障害をきっちり区別して書いてほしい、という意見はありましたね。

上野 あ、種別に。

坂爪 「こういう障害の場合はこう」みたいな感じでちゃんと分けて、大雑把に言わないでくれ、というのはありましたね。

上野 なるほど。やっぱりそれはあるでしょう。ジェンダーが違うんだからちゃんと区別して書けよ、というのと同じで。

坂爪 はい、それはたしかに、まったく正当な批判だと思います。

上野 男性と女性の反応の違いは?

坂爪 女性の反応はまだ来ていないですね。

上野 やっぱり来ないのか。うん、ちょっと女に届かない感じはあるね。

坂爪 そこは自分の限界でもあるとは思うんですよ。自分自身が男なので。

上野 だから「ボクちゃん、わからない、知らない、知らないから知らないことは書かない」って謙虚であってもいいと思うんだけど(笑)。

坂爪 もうちょっと謙虚になります……(笑)。

上野 『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書 2016)は、実際に性風俗に関わっている女性が読んだら、どういう反応をするのかに興味がある。

坂爪 母乳店で働く方から「書いてくれてすごく嬉しい」と感想が送られてきましたね。

上野 あ、そう。現場の女性たちに読まれている感じはある?

坂爪 そうですね。「感動して泣いた」とか「繰り返し読んだ」というメールも女性からいただいたりして、すごく嬉しかったですね。

上野 やっぱりフィールドワーカーの最初で最後のオーディエンスは、当事者ですからね。当事者の判定が、いちばん厳しい判定だから。その反応は好感触だったと?

坂爪 あくまでも自分の感じではありますが。

上野 イヤな意見は耳に届かないということもあるかもしれないけど(笑)。

(後編につづく)

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上野千鶴子

社会学者・立命館大学特別招聘教授・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了、平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年から2011年3月まで、東京大学大学院人文社会系研究科教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門は女性学、ジェンダー研究。『上野千鶴子が文学を社会学する』、『差異の政治学』、『おひとりさまの老後』、『女ぎらい』、『不惑のフェミニズム』、『ケアの社会学』、『女たちのサバイバル作戦』、『上野千鶴子の選憲論』、『発情装置 新版』、『上野千鶴子のサバイバル語録』など著書多数。

坂爪真吾

1981年新潟市生まれ。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。東京大学文学部卒。新しい「性の公共」をつくる、という理念の下、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗産業の社会化を目指す「セックスワーク・サミット」の開催など、社会的な切り口で、現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰、2015年新潟人間力大賞グランプリ受賞。著書に、『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』、『男子の貞操』、『はじめての不倫学』、『性風俗のいびつな現場』がある。

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