1. Home
  2. 社会・教養
  3. 大本営発表
  4. もともと正確だった大本営発表に「でたらめ...

大本営発表

2020.03.19 公開 ポスト

もともと正確だった大本営発表に「でたらめ」「ねつぞう」と身内からの批判が始まる【再掲】辻田真佐憲

公文書の改竄(かいざん)、捏造(ねつぞう)を行ってきた現政権。かつて、日本軍の最高司令部「大本営」も、太平洋戦争下に嘘と誇張で塗り固めた公式発表を繰り返し、「大本営発表」は信用できない情報の代名詞となりました。当時の軍部は現在に置き換えると政権。政治の中心でなぜ、情報の改竄、捏造、隠蔽が起きるのか? そしてそれはどういった結末を迎えるのか? 

2016年に発売された辻田真佐憲さんの『大本営発表~改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争~』は、正確な情報公開を軽視する政治の悲劇、悲惨さを教えてくれます。もともとは正確な発表であったのにわずか数か月で崩れていったのです。

ソロモン海戦の「でたらめ」発表はけしからん

昭和天皇の弟、高松宮宣仁親王。膨大な量の日記を残した

昭和天皇の弟である高松宮宣仁親王(当時海軍中佐)は、一九四二年八月九日付の日記に次のように記している。

「『ソロモン』海戦の発表は大本営発表の説明は実に『でたらめ』で、報道部は大本営発表の外は無責任な記事指導をする癖あり、けしけらぬ話なり。今度の様なのは実に甚だしく内外ともに日本の発表の信じられぬことを裏書することになる。敵の攻略企図も上陸も云はずに、まるで『ねつぞう』記事なり、あとの報導[ママ]に差支へる」

大本営発表(正確にはその説明だが)が、この時点で早くも、身内から「でたらめ」「ねつぞう」と痛烈に批判されていることがわかる。数カ月前には正確無比を自負していたはずの大本営発表が、短期間でどうしてこんなにもイメージを損ねてしまったのだろうか。

この謎を解くため、本章では、日本軍の作戦が挫折する一九四二年五月から一九四三年一月までの大本営発表を取り上げる。特に、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、そしてガダルカナル島周辺の制海権をめぐる諸海戦の三点を中心に言及し、大本営発表が「でたらめ」「ねつぞう」に転落していった過程を探っていくことにしたい。

水増しされた珊瑚海海戦の戦果

まず、一九四二年五月七日から八日にかけて行われた珊瑚海海戦から見てみよう。

東南アジアを制圧した日本軍は、次なる戦略目標を米豪間の交通路の遮断に定めた。米軍反攻の拠点となりうるオーストラリアを孤立させようという目論見である。そこで、手始めにニューギニア南東の要衝ポートモレスビーを攻略する作戦が立てられた。すでに日本軍はニューギニア島の一部を占領していたが、同島には東西に険しいオーエン・スタンレー山脈がそびえていたため、海上から陸軍部隊を上陸させることになった。

四月三十日、陸軍部隊を乗せた輸送船団と、空母「祥鳳」を含む護衛部隊がラバウルより出動。ニューギニア島を時計回りに、珊瑚海を経て、ポートモレスビーをめざした。翌五月一日、トラック島から空母「翔鶴」「瑞鶴」を中心とする機動部隊も出動した。これに対し、日本軍の動きを察知した米海軍は、空母「レキシントン」「ヨークタウン」を中心とする米豪連合の部隊を同海域に出動させた。

最初に攻撃をしかけたのは、米海軍側だった。七日、米海軍は艦載機の攻撃により、空母「祥鳳」を撃沈。日本海軍はこのときはじめて空母を喪失した。ここから空母同士の激しい航空戦となり、八日、日本軍は仇討ちとばかりに空母「レキシントン」を沈没に追いやった。また、米軍は空母「翔鶴」に、日本軍は空母「ヨークタウン」に、それぞれ損害を与えた。その後、両軍とも部隊を引き上げたため、戦闘はその日のうちに終息に向かった。以上が珊瑚海海戦の概要である。

日米両軍とも空母を一隻ずつ失ったわけだが、日本の「祥鳳」は潜水母艦を改造した小型空母だった。これに対し、米国の「レキシントン」は正規の空母だった。そのため、これだけ見ると日本海軍の辛勝といえる。ただ、少なからぬ損害を被った日本海軍も、ポートモレスビーの攻略を諦めたため、戦略的には米国の守り勝ちともいえる。その意味で、どちらの勝ちともいえない、互角の戦いだった。

にもかかわらず、同日午後五時二十分に行われた大本営発表では、あたかも日本側の勝利であるかのように戦果が積み上げられた。なんと、米海軍は、戦艦一隻と空母二隻を失ったというのである。

【大本営発表】(五月八日午後五時二十分)
ニユーギニア島方面に作戦中の帝国海軍部隊は、五月六日同島南東方珊瑚海に米英連合の敵有力部隊を発見捕捉し、同七日これに攻撃を加へ米戦艦カリフオルニヤ型一隻を轟沈、英甲巡キヤンベラ型一隻を大破し、英戦艦ウオスパイト型一隻に大損害を与へ、更に本八日米空母サラトガ型一隻およびヨークタウン型一隻を撃沈し目下尚攻撃続行中なり
(註)本海戦を珊瑚海海戦と呼称す

なお、翌九日には追加戦果と、空母「祥鳳」の沈没が発表された。

それにしてもこれでは、まるで日本海軍が圧勝したかのようだ。平出英夫報道課長は、同月二十一日にラジオでこうまくし立てた。米英の海軍指揮官は凡庸かつ固陋(ころう)であり、米英が三流海軍国に下落する日も近いと。新聞もこれに呼応して、珊瑚海海戦を真珠湾攻撃以来の戦果と書き立て、国民は久しぶりの海戦の勝利に酔いしれた。

ところが、その肝心の戦果が水増しだったのだからたまらない。日本海軍の戦果は、主力艦に限っていえば、空母「レキシントン」一隻の撃沈にすぎなかった。しかも、その空母の名前も「サラトガ」や「ヨークタウン」に取り違えている(厳密には「サラトガ型」「ヨークタウン型」だが、煩雑になるため以下では区別しない)。

どうしてこんな滅茶苦茶な発表が生まれてしまったのだろうか。

(辻田真佐憲『大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』「第三章 『でたらめ』『ねつぞう』への転落」「戦果誇張の原因は情報の軽視」へ続く)

関連書籍

辻田真佐憲『大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』

信用できない情報の代名詞とされる「大本営発表」。その由来は、日本軍の最高司令部「大本営」にある。その公式発表によれば、日本軍は、太平洋戦争で連合軍の戦艦を四十三隻、空母を八十四隻沈めた。だが実際は、戦艦四隻、空母十一隻にすぎなかった。誤魔化しは、数字だけに留まらない。守備隊の撤退は「転進」と言い換えられ、全滅は「玉砕」と美化された。戦局の悪化とともに軍官僚の作文と化した大本営発表は、組織間の不和や、政治と報道の一体化に破綻の原因があった。今も続く日本の病理。悲劇の歴史を繙く。

{ この記事をシェアする }

大本営発表

バックナンバー

辻田真佐憲

一九八四年大阪府生まれ。文筆家、近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科を経て、現在、政治と文化・娯楽の関係を中心に執筆活動を行う。単著に『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』(幻冬舎新書)、『愛国とレコード 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会』(えにし書房)などがある。また、論考に「日本陸軍の思想戦 清水盛明の活動を中心に」(『第一次世界大戦とその影響』錦正社)、監修CDに『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ!』(キングレコード)、『みんな輪になれ 軍国音頭の世界』(ぐらもくらぶ)などがある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP