貫井徳郎さんの警察ミステリ長編『宿命と真実の炎』が発売されてそろそろ1ヶ月強。「王様のブランチ」で特集を組まれたり、その読み応え、驚愕の結末がSNSでも語られたりと、話題が広がっています。
今回は、コラムニスト香山二三郎さんによる作品解説です。
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謎の復讐犯罪に挑むふたりのディーヴァ的コラボに注目
香山二三郎(コラムニスト)
小説もドラマも相変わらず警察ものの人気が高い。だが実際の犯罪捜査というのは地味なもので、それをそのままなぞっただけではエンタテインメントになりにくい、とはよくいわれることだ。プロの作家もその辺はよく心得ていて、エモーショナルな人間ドラマをそこに絡めたり、様々な工夫を凝らしてみせる。
ミステリー作家でいえば、まず謎解き趣向。犯人探しを主軸に、犯行状況や動機にも不可解な要素を織り込み、ハウダニット(How done it)、ホワイダニット(Why done it)の興を添える。クライマックスで真相を二転三転させるヒネリ技の妙手も必要だろう。
警察捜査もので謎仕掛けにヒネリ技といえば、ミステリーファンがまず思い浮かべるのはアメリカを代表するミステリー作家のひとり、ジェフリー・ディーヴァーではないだろうか。その代表作は、リンカーン・ライム・シリーズ。ライムは元ニューヨーク市警の腕利き科学捜査官で、その後事故で四肢の自由を奪われ、今はパートナーである女刑事のアメリア・サックスや仲間たちとチームを組み、安楽椅子探偵として活躍している。第一作『ボーン・コレクター』を始め、毎回天才的な犯罪者たちを相手に鋭い捜査を進めていくのだが、謎の畳みかけとどんでん返しで読者を飽きさせないその作法は、まさに捜査小説の鑑のひとつというべきか。
日本でもディーヴァーを目指す作家は少なくないと思うが、貫井徳郎もそのひとりといったら、意外に思われる向きも多いかもしれない。
氏の長篇『後悔と真実の色』は二〇一〇年に第二三回山本周五郎賞を受賞した警察捜査もので、同年に第六三回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞した『乱反射』とともに代表作のひとつとして知られる傑作だ。筆者も、その『後悔と真実の色』が実はリンカーン・ライム・シリーズにインスパイアされたものであるとのちに知って、ちょっと驚いたおぼえがある。主役である警視庁捜査一課の西條輝司は安楽椅子探偵どころか暴走も辞さないキレッキレの刑事探偵だったから。しかし考えてみれば、貫井徳郎はデビュー作の『慟哭』から警察小説と本格ミステリーの融合に取り組んでおり、その後もいろいろな作風に挑みながらも、謎解き趣向を凝らすことを忘れてはいなかった。初期の段階から、すでに日本のディーヴァー的な活躍を見せていたのである。
本書はその『後悔と真実の色』の続篇だ。
雑誌連載後「気に入らずに新たな構想で頭から書き直した」そうで、まさに入魂の作品といったところ。直しが二年がかりであったとなればなおさらであるが、白バイ警官がバイクで通勤途中に誠也とレイというカップルに殺される冒頭シーンを読めば、そんな前フリなど不要、即座に物語に入っていくことが出来よう。ふたりの警官殺しは計画犯罪で、復讐が動機であることは明かされるが、詳細はいっさい不明。物語はその後兄の奨めで、警備員から父の系列会社の秘書に転職する西條と、誠也とレイの第二の犠牲者が出たことからその捜査に参加する所轄の女刑事・高城理那の姿にまじえて、加害者とさらなる犠牲者たちの様子が描かれていく。
ポイントは、まず西條の再生譚であること。日本有数の大企業のトップを父に持つ彼はまともな企業に再就職するかに見えて、懇意にしている古書店主人の相談に乗ったことから新たな進路が見えてくる(ふたりの小説談義にも注目!)。だが本書の主人公はといえば、所轄刑事として、かつて西條が所属していた捜査一課九係の村越警部補と組んで捜査に挑む高城刑事の奮闘ぶりだろう。
「容姿が平均的水準を下回って」いて「背が低くがっちりした体格で、顔は凹凸に乏しい」
彼女は、女性軽視がはびこる警察世界においては何かと苦戦を強いられがちだが、盲目の父の面倒を見つつ、些細な手がかりから事件に突破口を見出していく。その姿に思わず拍手。まさにリンカーン・ライム・シリーズにおけるアメリア・サックスさながらで、そんな彼女を「理那ちゃん」呼ばわりするセクハラぎりぎりの村越警部補と九係の変人集団ぶりも要注意だ。
むろん連続殺人をめぐる捜査劇とやがて明かされていく真相もヒネリが効いていて最後までページを繰る手が止まらない。司法の闇をとらえた告発メッセージもシリアス極まりない。
前作『後悔と真実の色』については、西條が《指蒐集家》事件で警察を追われる羽目になったということくらいしか触れられていないし、本書から読み始めても大丈夫。シリーズの今後は、西條ものとしても、警視庁捜査一課九係ものとしても、高城理那ものとしても膨らませていくことが可能だし、その辺もディーヴァーのシリーズを髣髴させる楽しみがある。貫井作品の初心者にもお奨めなのはいうまでもない。ぜひお試しあれ。
(ポンツーン6月号より)