日本人の堕落の現状と、情緒のメンテナンスや文学の重要性が指摘されたインタビュー前編。しかし、いま大量発生している“信じたいものしか信じない”人たちには、伝えたいことほど伝わらないのも事実。そうした無力感を抱えながらも、小林さんが様々な角度から『新・堕落論』で問題提起をした理由とは? 後編に続きます。
文・構成:斎藤哲也/写真:岡本大輔
西部邁の保守思想を引き継ぐ
――――「人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう」という坂口安吾の『堕落論』の一節を引きながら、小林さんは「果たしてそうだろうか?」「まだ堕ち続けなければならないのだろうか?」という問いを投げかけています。まだまだ堕落は続いていくとお考えですか。
小林 本音をいえば、どんどん悪くなるばかりだから、『新・堕落論』のネタは次から次に出てくるよ。堕落もまだまだ続くでしょう。でもこの本を読んだ人には、そういうことを感じてほしいんだよね。人間ってどこまで堕落するのだろうか、と。
いまは、自分が堕落していることにすら気づいていない状態でしょう。本でも説明したけれど、日本はいまなお米国の「占領下」にあるわけ。首都圏の上空は「横田空域」といって米国の管理空域になっているんだから、制空権も支配されている。
イラクなんてあんなに混乱しているけれど、自国内の米軍基地から他国を攻撃してはいけないと決めました。つまり、俺の土地に勝手に基地作って、よその国に戦争に行くなんてふざけるな、という気持ちをイラク人は持ってるわけね。日本人はそれすら持っていないし、持っていないことに疑問を抱かないほど堕落してしまっているんです。
だって、自分の家の庭に暴力団事務所をつくって、他の組に攻撃しにいくなんて、誰だって許さないでしょう。そんなことしたら、対抗する暴力団がすぐに乗り込んできますよ。
――――本来の右翼ならまっさきに反米を掲げるはずなのに、ネトウヨさんたちは嫌中、嫌韓ばかりなのも不思議です。
小林 日本全体が、アメリカに対してニート国家になっちゃってるからね。父ちゃんであるアメリカには抵抗できないし、自立したいという気持ちも持っていない。
安倍政権がめざしている自衛隊明記を加えるだけの改憲では、ニート国家のままだし、アメリカの侵略戦争にいやおうなく加担させられます。実際、いまの憲法でもイラク戦争に加担したわけだから。
だからわしは、侵略戦争ができない憲法をつくろう、立憲主義に則った改憲をしようと提案しているんです。でも、それに対して、なぜか立憲主義を掲げて安保法制を批判した左翼たちが反対するんだよ。結局、彼らは立憲主義なんてどうでもよくて、安倍政権に反対したいだけだったことがよくわかります。
つまり、右も左もすぐに原理主義になるんだよね。現在の憲法だけが平和主義だと思い込む護憲原理主義とか、天皇は男系しか認めないという男系原理主義とか。
けれども保守思想は原理主義じゃないんです。良き伝統や良き慣習を大切にしながら、時代とともに少しずつ不具合になったところは改良していく。このバランス感覚を保ち続けることが保守だから。
それをわしは西部邁から教わりました。西部は、保守というのは綱渡りしている人間と同じだと言った。右に傾けば右の谷底に落ちるし、左に傾けば左の谷底に落ちる。そのなかでかろうじてバランスを取るのが保守なんだと。
浮上するために必要な道筋とは
――――逆に言うと、悪しき伝統は批判していくということでもありますよね。実際、『新・堕落論』のなかでも、日本に根強く残る「世間」を痛烈に批判して、近代的な個の必要性を説いています。
小林 もうここ何年か、文春を筆頭にマスコミも堕落して、不倫バッシングばかりしているでしょう。昔はそこまでひどくなかったんですよ。1980年代は「金曜日の妻たちへ」という人気の不倫ドラマがあったし、ミュージシャンも不倫の名曲をたくさん作っているんだから。
ヨーロッパには、政治家の不倫を叩く風潮はありません。それは当然で、不倫はプライベートな領域のことだから、公の仕事とは切り離して考えるんだね。友だちでも親戚でもないのに、口をきわめて罵ったり、非難する必要がどこにあるんだと。
それを、弁護士の八代英輝は「政治家にプライベートなどない」とか、言っちゃうわけでしょう。弁護士まで未開社会のままなんだから、もうどうしようもない。こういう悪しき因習はさっさと捨て去って、近代化したほうがいいのよ。
だから、これもバランス感覚なんです。日本には誇るべきルール感覚もある。約束した時間は守るし、遅れたら悪いと思う。こういう国柄は変える必要はないんです。
でも、世間の掟に従わない人間を村八分にしたり、集団リンチにかけるような因習は変えていかないといけない。明文化されていない日本のよきルール感覚と、近代的個人というルールをうまく取り入れるしかないですよ。
脱線するけど、自分から公表した小泉今日子はすごいよ。相手の家族を傷つけることも、マスコミからバッシングを受けることも全部わかったうえで、それでも自分はいま恋愛関係にあると言った。
これは、恋愛至上主義とは違うもんね。恋愛に憧れて恋愛をしているわけじゃなく、必然的にそうなってしまった。人間として幸運なことだと思いますよ。人って、簡単に恋愛関係に陥ることはないんだから。そういうめぐり合わせは大切にすればいいし、マスコミがとやかく騒ぎ立てることじゃない。
――――『新・堕落論』の末尾は、再び坂口安吾の『堕落論』の「だが人間は堕ちぬくためには弱すぎる」を引いて、浮上する人間が出現することに希望を託しています。その第一歩は何でしょうか。
小林 この本では、現代のさまざまな堕落を描いています。まずは、それを読んで自分が堕落していないかどうか、浮上する気持ちがあるかどうかを、自問自答してほしいんです。
最終章はニーチェも取り上げているけれど、堕落に居直ってしまったら、反戦平和、対米従属といった奴隷道徳をありがたがるルサンチマン弱者になってしまうんですよ。
まだ、自分が堕落していないかどうか、劣化していないかどうかと考えられるうちは希望がある。でも、堕落していることにすら気づかなければ、いずれは自由を奪われようが、貧困が広がろうが、何も感じなくなっちゃうんじゃないか。堕落が続けば、奴隷的な生活にすら満足してしまうかもしれない。
わしは、日本をルサンチマン弱者の国にしたくない。だから無力感にあらがって、描き続けるんです。
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小林よしのり
漫画家。昭和二十八(一九五三)年、福岡県生まれ。昭和五十一(一九七六)年、大学在学中に描いたデビュー作『東大一直線』が大ヒット。昭和六十一(一九八六)年に始まった「おぼっちゃまくん」が大ブームに。同作品で小学館漫画賞受賞。平成四(一九九二)年、「ゴーマニズム宣言」の連載スタート。以後、「ゴー宣」本編のみならず『戦争論』『沖縄論』『靖國論』『いわゆるA級戦犯』『パール真論』『天皇論』『昭和天皇論』『新・天皇論』『国防論』『大東亜論 巨傑誕生篇』『AKB48論』『新戦争論1』『民主主義という病い』といったスペシャル版も大ベストセラーとなり、つねに言論界の中心であり続ける。平成二十四(二〇一二)年よりニコニコチャンネルでブログマガジン「小林よしのりライジング」配信を開始。現在、雑誌「サピオ」で「大東亜論」を、「FLASH」で「よしりん辻説法」を連載中。
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いまの森友決済書改竄問題にみる“政官の大堕落”だけではない。日本は経済、文化、防衛などあらゆる分野が劣化し、これまでの常識と日本的価値観が猛スピードで崩壊している。私たちはこのまま堕落し続けるのか?日本の恐ろしい現実をタイムリーに突き刺した『新・堕落論』(小林よしのり著)を大特集。