4月5日に発売された七月隆文さん初の単行本『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』、もう読んでいただけましたか?
売れない若手カメラマンの仁はある日、窓辺に立つ美しい少女を偶然撮影します。少女の名前は陽(はる)。難病で家から出られない彼女は、部屋の壁に風景の写真を写して眺める日々を送っていました。「外の写真を撮ってきて頂けませんか?」という陽の依頼を受け、仁は様々な景色を撮って届けることになります……。
心震えるラブストーリーです。
『小説幻冬』4月号で行った七月隆文特集。その中から七月さんのインタビューを2回に分けてお届けします。
これまで様々な恋愛の形を描いてきた“七月隆文”は、いったいどうやって作られたのか。今までとこれからを紐解きます。(前半はこちら)
ベストセラー作家「七月隆文」ができるまで
映画化やコミック化された『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』のヒット、さらに『君にさよならを言わない』『ケーキ王子の名推理』『天使は奇跡を希う』と次々に作品を発表するなど、ヒットメーカーと思われがちな七月さんだが、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。
「小学生のときにRPGの『ドラゴンクエスト』にハマって、その物語を漫画にして描いたのが最初ですね。その後にドラクエのノベライズが出て、それを読んで影響を受けて小説を書くまねをしだしたんです。中学生のときだったと思いますね。でも当時の僕はゲームクリエイターになりたかったんですよ。卒業アルバムにもそう書いてます。僕は漫画も小説も書いて、音楽もやってましたけど、きっかけは全部ゲーム。ゲームって絵も、ストーリーも、音楽も全部入ってる、いわゆる総合芸術なんです」
そして中学2年生のとき、書店で偶然手に取った『アルスラーン戦記』が運命を変えることになる。
「めちゃめちゃ面白くて、めちゃめちゃハマったんですよ。それでどんどん小説を読んでいって。そこからじゃないですかね、小説家になりたい、とはっきり意識しだしたのは。でもなぜこの本を手にしたかというと、表紙の絵を描いていたのが天野喜孝さんだったからなんです。『あ、ファイナルファンタジーの絵の人が描いてるんだ!』と(笑)」
その後京都精華大学美術学部へと進んだ七月さんだったが、就職活動で自分には絵の才能がないという現実にぶち当たってしまう。
「お前は絵だとどこにも行き先がないよ、という才能の選別がありまして(笑)。それで就職活動で苦戦しているときに、小説家のあかほりさとるさんの事務所の募集を見つけたんですね。もうとにかくどこでもいい、ここも出しておこう、みたいな状況だったので履歴書と作文を送ったら、選考がトントントーンと上手く行ったんです。すごくいい結果を出せて、あかほりさんにも『こいつは天才だ!』と期待してもらったんですけど……実際に事務所に入るとプロの壁にどーんと当たってしまって、期待はずれだった、みたいになって(笑)。つらい時期でした」
様々なコンペに作品を応募し、ようやく勝ち抜いたのが2001年。ゲーム『ときめきメモリアル2』のノベライズの仕事だった。
「その頃からアニメ脚本家の花田十輝さんに話の作り方のコツなどを手取り足取り教えていただきました。花田さんは僕の恩人で、師匠ですね。そこでもう1本ノベライズをやって、編集部の信頼を得て、色々と企画を出して、2003年にオリジナル作品『Astral』でデビューしました」
しかし売れない日々は続く。あまりに上手く行かないため、本名の今田から七月へと改名するが、それでも売れない。「やっと来た!」と思えたのは2011年、『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」として拉致られた件』のヒットだったという。この作品は後にアニメ化され、小説も2016年まで続くシリーズとなった。
「その頃になると僕はすっかり小生意気になっていて、『こうしたら売れるだろう』ということを考えていたので、よしよし思った通り、と(笑)。でもこの売れない時期が長かったのが、今から考えると良かったんじゃないかなと思うんです。そこでいろんな変化というか、適応ができるようになったんです。生き物の世界と一緒ですよね。人間だって昔は負け組だったんですから。負け組が後で勝つんですよ!」
この頃、七月さんには「ライトノベル=若い人向けというイメージがあって、若くなくなったらもう書けないんじゃないか、という思いがあった」と言う。そこで新たな挑戦として書いたのが、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』だった。
「いずれは一般文芸にシフトしよう、と思っていたんです。その時たまたま縁があった宝島社でライトノベルを書いていたんですが、宝島社ってライトノベルも一般文芸も同じ編集者の方がやっているんですよ。それで『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の企画を出したんですが、『今は恋愛モノ、売れないよ』と言われて……でも『行けます!』って何度も言い続けて、企画を通してくださったんです。『売れるといいですねぇ』と言われて、くっそー、と思いましたけど(笑)」
七月さんの描く世界は、小説家としてデビューする2000年前後に流行した「ギャルゲー」と呼ばれる、美少女や美しい女性が登場するコンピューターゲームにも多大な影響を受けているという。
「そのギャルゲーの中に“泣きゲー”というジャンルのゲームがあったんです。切ない展開をする、泣けるゲームなんです。その中でも僕がプレイして感動したのが『CLANNAD』というゲームで、その展開に衝撃を受けたんです。『ここまで書くんだ』って。その驚きを僕なりに今作で再現したいという思いがありました」
そうした自身が影響を受けた漫画やアニメ、ライトノベル、ゲームといったカルチャーを一般文芸の世界に紹介することが自分の使命であり、立ち位置かもしれないと思っているんです、と語る七月さん。
「『君の名は。』の新海誠監督などもそうですが、僕らの世代はゲームがクリエイトの原点になってる最初の世代なのかもしれないですね」
オギャーと生まれた時から“切なさ”が好き
七月作品を構成するもうひとつの大きな要因が「切なさ」だ。『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』には「そのとき、胸にわずかな窮屈さを覚える」「経験的に、せつないという気持ちだとわかったけど、強く溜息をついて紛らわせた」といった描写もあり、読む人の胸をぎゅっとさせる展開が持ち味だ。
「なんで“切なさ”が好きか……オギャーと生まれた時から好きなんでしょうね(笑)。今回のインタビューを受ける前、自分に影響を与えた作品ってなんだろうと考えていたんですが、思い浮かぶのは切ない作品ばかりで、やっぱりずっと好きなんですよね。子どもの頃から好きだった桂正和さんの作品なんかは全部切なくて。あとは映画の『ステラ』も大好きで、主演のベット・ミドラーが娘のために身を引く展開がとにかく切なくて……そういった作品から多大な影響を受けているんです」
またいつも力を入れているというのが、カバーイラストとデザインだという。その言葉通り、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』『君にさよならを言わない』では小説『神様のカルテ』や『植物図鑑』の表紙を手掛けたイラストレーターのカスヤナガト、『天使は奇跡を希う』は映画『君の名は。』のキャラクターデザインを担当した田中将賀、『ケーキ王子の名推理』では漫画『orange』を描いた高野苺など毎回話題の人を起用している。そして今回は七月さんたっての希望で『君の膵臓をたべたい』の表紙を担当した新進気鋭のイラストレーターであるloundrawが担当している。
「パッケージングはとても神経を使う作業なんです。やっぱり最初のパッケージでいかに初速が出て、その初速がいかに大事なものになるか、というラノベの世界で生きてきた人間なので、そこはすごく重視しますね」
初の単行本ということで、いい作品になったのかどうかとても不安を感じている、という七月さん。「読者に問うまでは、本当のところはわからないでしょうね」と笑うが、文芸作品としての叙情性や文章の精度、そして展開の巧みさは間違いなくこれまでの作品を凌駕するものだ。読む人に驚きと切なさを与える七月文学は、確実に深みを増している。
(小説幻冬4月号より 取材・文/成田全)
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次回は、今回のカバーイラストを描いてくださったイラストレーターのloundrawさんとの対談をお届けします。お楽しみに! また、作品の公式Twitterも開設しています! ぜひ、@bokutodo_0405もチェックしてみてください。
冒頭の試し読みはこちらから。(全五回)
第一回 彼女の出会い
第二回 お嬢様がお会いになりたいそうです
第三回 白に包まれた
第四回 私、病気で外に出られないんです
第五回 外の写真を撮ってきて頂けませんか