数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。
◆STORY◆倒産寸前の地方旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、寮の居候猫が永理子に向かって語り始めて……。
◆19◆
「そなら訊きますけど、永理子さん一人がない知恵絞って、しょうもないやり方従業員に押しつけて、それでも従業員が思うように動いて、経費がどんどん下がって、お客がじゃんじゃん来るなんていうことが、実現する思ってはるん?」
ジェニファーは、ベッドで居住まいを正した。私も背筋を伸ばして向き合った。
「永理子さん、あんた自身が人として、もっときちんとせなあかん。人のことを信じられへん人は、いい組織をつくられへんねん。いい組織やないと、楽しく働けへんねん」
「どうして?」
ジェニファーの論理は飛躍していて私のなかでつながらなかった。
「部下を信じられへん人は、つい細々と小言言うねん。すると、監督されへんと怠けるモンが育つんや。そうゆうもんやろ」
「信じたら怠けないの?」
「そや。信じて待てば、自分で何とかしようと知恵絞る。それでいろいろ試す。楽しくて、怠けてる暇なんてあらへん」
そのとき、ドアをノックする音がして、ちょっといいですか? と顔を見せたのは石橋だった。
「今日はありがとうございました。恩に着ます」
私は、部屋に招きながら、礼を言った。
「オカミ、ここにいたのか」
(あたしは、ジェニファーやて)
ムッとしたジェニファーの声は、どうやら石橋にはニャーとしか聞こえていないようだった。石橋は、ジェニファーの耳のあたりを撫でた。
「甲斐さん、あのあとうちの料理長と松田さんが会いました」
松田はすぐに蛍雪園の料理長を訪ねたのだ。
「どうでしたか?」
「二人とも、熱くなってました。牛一頭を5軒の宿の価格に合わせてアレンジできそうです」
「そう。対立はなかった?」
「そりゃあ、どこもいい部位が欲しいでしょうけど。蛍雪園の価格帯ではヒレ肉のステーキをスタンダードメニューにはしにくいので、アラカルトにすれば取り合いになりません」
(任せれば、人はやるねん)
「よかった。肉の奪い合いを、心配していたの」
(永理子さんが従業員を信じてへんだけや)
「うるさいなぁ」
「えっ。何か言いましたか?」
「いえ、他の3軒も早く交えましょう」
私は慌てて話を続けた。
「それは、松田料理長がやってくれるそうです。松田さんはプロですよ。僕、感心しました」
私は松田の意外な一面を見た気がした。本来仕事好きなのかもしれない。
「……で、相談なんですが。このパターンをマグロや豚肉でもできないでしょうか?」
もっともな話だ。
「大量に仕入れれば安くできますし、一頭料理は名物になります。ただ……」
石橋は言いにくそうだ。
「保存が重要で、そこで活躍するのが、真空調理機なんです」
「真空調理機?」
「はい。下処理した食材を真空で保存するんです」
「へぇ」
「長期保存が可能です」
「そうなんですか」
「アイドルタイムに下ごしらえして、再加熱して提供もできるんです」
「シフトが楽になりますね」
いいことずくめだ。
「いくらですか? その調理機」
「70万……」
「高い……」
その出費は鳥楓亭では到底できない。
「蛍雪園に置いて、5軒に食材を配る形がいいのかと……」
それでも、RSJ本部の決裁が必要だ。
「僕から本部に言いますから、甲斐さんバックアップしてもらえませんか?」
真空調理機を導入することでさらなる大量仕入れが可能になり、購買価格が下がる。
「じゃあ、どの程度の経費削減に結びつくか、試算しましょう」
私の得意分野だ。石橋と二人、急いで机に向かい、電卓を叩いた。
翌日、伊勢谷に電話をして、真空調理機の件を説明した。
「試算表は、先ほどメールに添付しました」
「ああ、見たよ。高いね」
私は緊張した。経費を減らすことはやってきたが、おねだりには慣れていない。
「真空調理機がどうしても欲しいんです」
「珍しいねぇ。甲斐さんが、再生先のために金を使おうなんて」
「長期的には、必ずコストダウンになります」
「ふむ。いいよ。買えば」
「いいんですか!」
「死に金を使わない甲斐さんが言ってるんだから、必要なお金なんでしょ」
「ありがとうございます!」
「聞いたよ。牛一頭料理フェアを5軒合同でやるんだって?」
「はい」
「赴任早々、動いてるじゃない」
私は、言葉に詰まった。あれは瀧本のアイデアだ。伊勢谷はおおらかな笑い声を上げて、まぁ、頑張りなさい、と言って電話を切った。
瀧本が招集したミーティングに石橋、木村、松田が再び顔を揃えた。
「熊本産のあか牛の一頭買いなら品質がよく、値段も手ごろだと分かりました」
と木村は、ファクシミリで受信した見積り書をテーブルに広げた。胸を撫でおろした様子だ。
「肉の割り当てを早めに決めて、新しいメニューの撮影を兼ねて試食会をしましょう」
瀧本が提案すると、松田が、
「俺は、料理人の取りまとめを行なうよ。試食会には、5軒全員の支配人にも来てほしいね」
と、提案した。ついこの前の週まで料理人7人を引き連れて辞めると息巻いていたとは思えない変わりようだ。
「本部のカメラマンは、いい写真を撮ってくれますよ!」
私がお茶を配りながら言うと、松田は大げさに腕まくりをして見せた。
「支配人、腕によりを掛けますよ。牛一頭だとね、脳みそもある。これは、絶品ですよ。癖がなくて、濃厚さはフォアグラの比じゃない」
4人が、プロとして協働している姿がまぶしかった。その場面にジェニファーの「楽しく働く」という言葉が絡んだ。
〈2章・了〉
つづきは『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』でお楽しみください!
【小説】ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ
小説『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』(播摩早苗氏著)の最新情報をお知らせします。
- バックナンバー
-
- 空気の読めないトンデモ新人が教えてくれる...
- #19 いい組織やないと、楽しく働けへん...
- #18 みんなプロやから、答えもってるん...
- #17 いろいろ至らなくてすみません
- #16 いくら責めたかて、部下は変わらへ...
- #15 あんたは部下の仕事を横取りしてん...
- #14 なめられることを目的に会話してみ...
- #13 私、どうしたらよかったんだろう
- #12 支配人は現場をわかっていないんで...
- #11 上手に負けるには情報が必要や
- #10 異議を唱えることは許しません
- #9 焦るなよ
- #8 自分を変えな、成功せえへん
- #7 あたしの名前、オカミじゃないんよ
- #6 辞めていただいて構いません
- #5 部下は依存という病にかかっている
- #4 待てるのは半年だよ
- #3 社長、この案件は無理です
- #2 使えない部下は利益を食うゾンビだ
- #1 とにかく私の指示通りにやってくださ...
- もっと見る