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レッドリスト書評

2018.04.19 公開 ポスト

これぞ安生正の本領!
生物パニック小説の最前線

おススメする人・・・佳多山大地(ミステリ評論家)
 

これだよ、これ。当代屈指のパニック小説の書き手として注目が集まる安生正に、一ファンとして心から期待していたのは!

 第十一回『このミステリーがすごい!』大賞を獲得した安生正のデビュー作『生存者ゼロ』(二〇一三年)は、未知の細菌による感染症拡大の恐怖を大仕掛けなスケールで描いて、読書界に強いインパクトを与えた。同作をお読みでない方の興味をそがぬため詳しくは言えないが、顕微鏡でしか見えない細菌も立派に〝生物〟なのであり、さらに後半部でまさか目に見える脅威となる敵性生物の意外な正体に身震いしてしまった。いいぞ、安生正。かの西村寿行の衣鉢を継ぐ才能の出現、と期待を抱かせるに十分の充実の出来栄えだった。

 本邦における生物(動物)パニック小説の第一人者といえば西村寿行である。異常繁殖したネズミが人を襲い出し伝染病を媒介する『滅びの笛』(一九七六年)や、バッタの大群の猛襲で未曽有の食糧危機に瀕する『蒼茫の大地、滅ぶ』(七八年)などの傑作を物し、当時のいわゆる終末ブームの一翼を担ったと評してもいいだろう。一九五八年生まれの安生が、多感な青年期に西村の同時代作品に触れたことは想像に難くない。実際、自然への畏怖を忘れ、便利な生活環境を求めて生態系の破壊をやめない人間へ警鐘を鳴らすというモチーフも安生は西村からしっかり引き継いでいると見た。

 そんな手前勝手な期待は、しかし、ちょっとばかりおあずけを食う。二作目の『ゼロの迎撃』(二〇一四年)では日本が他国からテロ攻撃を受けた際の安全保障上の不備を、さらに三作目『ゼロの激震』(一六年)では火山災害の悲惨と混乱を大規模に描いて、ジャンルとしては「パニック小説」に括られてもタイプの異なる作品を手がけてきた。以上の初期三作は〈ゼロ〉シリーズと呼ばれ、現在「シリーズ累計百三十万部突破」と宣伝されているが、それぞれは独立した内容であり、特に関心の向くテーマの作品から読者は手にとってかまわない。〈ゼロ〉シリーズはどれも高品質保証のパニック小説であり、オールドルーキーの筆力はまちがいなく本物だったわけだ。

 ――だが、それでも個人的に安生正の本領と見込んでいたのは生物パニック小説だった。核燃料強奪事件を扱った第四作『Tの衝撃』(二〇一七年)を挟んでこのたび刊行された最新作『レッドリスト』(一八年)は、その、待ちに待ったタイプの作品なのですよ。
 真冬の東京都心で、無数のヒルが人を襲う事件が起きた。ヒルの体内からは破傷風菌と新種の赤痢菌が検出され、最近都内で発生していた原因不明の感染症との因果関係が疑われる。また、時を同じくして、東京メトロの構内で複数人の切断死体がネズミに食い荒らされた状態で見つかり、都民の不安はますます募る。極寒の首都で、いったい何が進行しているのだろうか……?

 いやもう、今作の敵は人間ではなく(敵役の人間もいるけれど)、人間以外の生物だ。都会で異常発生したヒルに、人肉の味をおぼえたネズミども……さらに、東京都民を、ひいては全人類を絶滅に追いやらんとする意外な強敵(ラスボス!)は都心の地下に潜んで最終決戦の始まりの時を待つ。

『レッドリスト』は、いわゆる都市小説、わけても東京小説であり、〈地上の東京〉と〈地下の東京〉とのコントラストの妙は、久生十蘭の名作『魔都』(一九三六~三七年)の系譜に連なる試みとも読めて、心くすぐられる。主要な登場人物の造形がやや類型的なのが気になったものの、「潤沢なエネルギー供給を前提とした生存環境を維持できなくなった時、気候変動や環境の変化が人類に襲いかかる」という警鐘の響きを鈍らせるほどではない。物語の終盤、自衛隊とラスボスとの真夜中の市街戦はスペクタクルで、ページを繰る手のひらに汗がにじむこと請け合いだ。先般、国立社会保障・人口問題研究所が二〇四五年には東京をのぞく四十六道府県で人口が減少すること(二〇一五年時点と比べて)を公表したが、素敵な大風呂敷を広げた生物パニック小説である『レッドリスト』は東京一極集中の加速化を省みるきっかけにもなるはずの一冊だ。

 ちなみに、タイトルにもなっている「レッドリスト」とは、国際自然保護連合(IUCN)が一九六六年以来作成している〝絶滅のおそれのある野生生物のリスト〟のこと。すでにIUCNは一九五〇年代から同様の活動に取り組んでいたが、思えばそれは、人類を絶滅に追い込むのは同じ人類だけ、と傲慢にも人類が信じるようになった時代――核兵器の開発競争が進んだ東西冷戦下――においてこそ始まったのかもしれない。そもそも、長きにわたってわれら人類の祖先は、自らを滅ぼすのは自然、あるいは〈神〉であると考えてきたはずだったのに。

 

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シリーズ累計130万部突破『ゼロ』シリーズの著者、渾身の超大作!!

記録的な寒波に襲われた東京で、原因不明の感染症が発生。死亡者が出る事態となり、厚生労働省の降旗一郎は、国立感染症研究所の都築裕博士とともに原因究明にあたる。さらに六本木で女性が無数の吸血ヒルに襲われ、死亡するという事件も勃発。未曾有の事態に翻弄される降旗たちは解決の糸口を見つけられずにいた。同じ頃、東京メトロの地下構内で複数の切断死体が発見された。警察は監視カメラの映像を消し失踪した職員を大量殺人の容疑者として追い始める。次々と前代未聞の事態が発生しパニック状態の都民に、狂犬病ウイルスに感染し死亡する者が続出し始めた。いったい、極寒の東京で何が起きているのか……。

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安生正(あんじょう・ただし)
1958年生まれ。京都府京都市出身、東京都在住。京都大学大学院工学研究科卒。現在、建設会社勤務。第11回『このミステリーがすごい! 』大賞受賞作『生存者ゼロ』が大ヒット。『ゼロの迎撃』『ゼロの激震』と続く〈ゼロ〉シリーズは人気を博し、累計130万部を突破。近著は『Tの衝撃』(実業之日本社)。

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