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【小説】ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ

2018.04.23 公開 ポスト

空気の読めないトンデモ新人が教えてくれる、御社の「風土病」

 4月もなかばを過ぎ、研修を終えた新入社員が配属されてくるこの時期。毎年のことながらそのトンデモぶりに先輩社員は目を丸くしがち。しかしトンデモ新入社員が発揮する「空気の読めなさ」こそ、実は企業が新入社員を採用する最大級の利点なのです。

ウーロン茶で乾杯、トラブルでも定時退社のトンデモ新人君!

iSock.com/paylessimages

 4月から5月にかけて、社内で盛り上がる定番の話題といえば「今年の新入社員はトンデモない!」ではないでしょうか。

 先輩がセットした部署の歓迎会で、1杯目からいきなりウーロン茶を頼む新人君。いわく「僕、平日は飲まないことにしているんです」。健康に気をつけているのでしょうが、「なんだか白けるなあ……」と諸先輩方はモヤモヤ。当然のように一次会の2時間きっかりで「僕はこれで」と駅に向かい、2軒目に誘う隙すら与えません。「俺が新人の頃は、上司の誘いには何軒でもついて行って仕事の話を拝聴したものだったがな……」と遠い目をする部長の姿。

 部全体が関わっているプロジェクトにトラブルが発生して、担当者がヒーコラ言ってるそばから「お疲れさまです」と定時に帰ろうとする新人君もいます。「たしかに担当は別の部員だけど、何かあった時にすぐフォローできるよう、しばらく待機するのが筋では?」そう思った先輩がやんわり言うと、「すみません、今日はサークルの後輩が話聞きたいって言うんで。スマホがつながるとこにいるんで、大丈夫です」。うーん……。

 こんな話もあります。配属されて1週間もたたないうちに、新人君が会社ルールや慣習にイチャモンをつけはじめたのです。

「企画書、人数分出力して配布するより、メッセンジャーグループ宛ての添付ファイルでよくないですか。そのまま意見交換できますし」

「月曜朝の定例会議って、先週の業務報告と今週の予定共有だけですよね? 業務報告はメールで、予定はスケジューラを部内に開放しとけばそれでいいのでは」

「会議中にノートPCをさわったら部長に怒られたんですけど、納得いきません。どうせ議事録が必要なんだからその場で作ったほうが効率的です」

 いやいや、そんなことはわかってるよ。だけど、会社全体のルールを変更して、年配社員を説得するのにどれだけ労力がかかるか、コイツは全然わかってない……。

でも、新人君の言うことにも一理ある?

iStock.com/maroke

 ただ、新人君の主張は、それなりに一理あるとも言えます。

 たとえば、飲み会。世の中には体質的にアルコールを受け付けない人や、体調がすぐれないので飲みたくない人が一定数いますから、サクッとウーロン茶を頼める空気があったほうが望ましい。また、深酒した状態で「仕事の話を拝聴」したところで、どうせ細かい所は翌朝に忘れているでしょう。

 部署にトラブルが発生した際、新人君は「スマホがつながるところにいます」と説明しましたが、今はそれなりのITリテラシーがあれば、どこからでもスマホで会社のメールチェックやファイル閲覧ができますし、連絡対応も可能です。別に職務を放棄しているわけではありません。逆に、用事もないのにただ会社で待機していたら、担当者の罪悪感が無用に増してしまいます

 会社ルールや慣習への疑問も、理にかなっています。今の時代、なんでもかんでもプリントアウトするのは、時間的にも資源的にもムダ。月曜朝の定例会議がなければ、直行して客先を回れる機会が増えます。会議中のPC がNGなど論外中の論外で、手書きの議事録をあとからテキストに打ち直す手間によって、その社員が一体どれだけの時間的損失を被っているか、計り知れません。

 社員間のギクシャクや業務上の非効率、ひいてはその会社の事業不振は、往々にして「今までそうだったから」というルールや慣習を無批判になぞった結果なのです。

ダメな会社は「風土病」にかかっている

iStock.com/imtmphoto

 なぜ、時代に即していないルールや慣習やしがらみが、当たり前のものとして会社でまかり通っているのでしょうか。答えは、その会社が「風土病」にかかっているからです。

 長年にわたって培われたルールや慣習、そこから来るしがらみなどは「企業風土」と呼ばれますが、それは時として組織を疲弊させ、業績を悪化させます。それが風土病です。

 30年ほど前のバブル期、日本経済がイケイケだった時は、風土病はあまり問題視されませんでした。放っておいても業績がどんどん伸びていったからです。ただ、これはいわば月面で走り高跳びをするようなもの。選手の体調が最悪でも、重力がものすごく低いので、すごい記録がバンバン出ていたわけです。

 しかし今は、何ごとにも万全の体調でのぞまなければ業績を伸ばせない時代。風土病は早急に治療しないと、最悪、会社が死に至ります。ところが、たちの悪いことに、その企業に長く在籍している既存社員ほど風土病の自覚症状がありません。ルールや慣習やしがらみが骨の髄まで染みついているからです。

外からやってきた人間が「風土病」を治す

iStock.com/maroke

 では、誰だったら風土改革を行って風土病を治療できるのでしょうか。そのヒントは「水槽のカマス」にあります。カマスは秋に塩焼きなどで美味しくいただける海水魚ですが、水槽に入れられたカマスには興味深い性質があるのをご存知でしょうか。

 水槽の真ん中に透明の仕切りを入れてカマスを放すと、カマスは仕切り板に何度かぶつかり、向こう側に行けないと学習します。ところが仕切りを取りのぞいたあとでも、やっぱり向こう側に行こうとしません。“慣習”が身に付いてしまったからです。

 そこで、この水槽にもう1匹別のカマスを入れてみます。すると仕切りにぶつかった経験のない新しいカマスは、水槽全体を自由に泳ぎ回ります。そして、その泳ぎを見た最初のカマスも、次第に水槽全体を泳ぐようになる。他人の行動を見て自分の行動が変化するのです。

 この水槽を風土病におかされている会社にたとえると、最初のカマスは既存社員です。古い習慣や時代に合わないルールといった「見えない壁」に阻まれて、ポテンシャルを発揮しきれないでいます。

 そして新しいカマスが新入社員です。こちらは水槽にもともと板があったことなど知らないので、無邪気にのびのび泳ぐ。それを見た既存社員は「そうか、水槽全体を泳いでもよかったんだ!」と気づき、意識が変化する。こうして風土病が治っていくのです。

 つまり風土病に気づき、治すきっかけを与えられるのは、まだその会社に染まっていない外部の人間、新人君や転職社員や出向社員ということになります。彼らは曇りのない目で、無邪気に「ここがヘンだよ」と指摘するので、指摘された側の既存社員は、当初いい気はしないでしょう。でも、その指摘には、会社がうまくいっていない理由のヒントが必ず含まれています。

 このような風土病治療プロセスを小説仕立てで学べる本が『宿屋再生にゃんこ ストーリーで学ぶ最強組織づくり』(幻冬舎)です。倒産寸前の老舗旅館を立て直すべく支配人として赴任したアラサー女性の奮闘を描いたもので、風土病を指摘された既存社員の典型的な反発や、彼らをどう納得させ、どうマネジメントすべきかのテクニックが書かれています。

 著者は元HBC北海道放送のアナウンサーで、現在は大手企業のマネージャー研修や新人研修などを行うフレックスコミュニケーション代表の播摩早苗さん。数多くの大企業で深刻な風土病を目の当たりにし、その治療に一役買ってきた人物だけに、その説得力はかなりのものです。

 あなたが長くその会社にいる社員なら、新人君の無邪気な指摘にもちゃんと耳を傾け、自社の風土病を疑ってみてはいかがでしょうか。また、あなたが新入社員や転職社員なら、躊躇なく水槽の隅々まで自由に泳ぎ回って、風土改革の旗手となってください。少々の反発など気にすることはありません。古今東西いつの時代も、「けしからん新参者」が古い組織や社会を変えてきたのですから。

(文・稲田豊史)



この記事は播摩早苗氏著『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』の刊行に寄せた書き下ろしコラムです。

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