7月13日(金)、東京・上野の国立科学博物館で初の昆虫展示となる特別展「昆虫」がスタート。これを記念して、特別展の監修者である昆虫学者・丸山宗利さんが今年4月にケニアに行った際の採集旅行記をリバイバル掲載します。
昆虫を愛するがゆえ、昆虫に苦しめられる丸山さんの採集旅行の様子がオールカラーで読める幻冬舎新書『カラー版 昆虫こわい』の番外編としてお楽しみください。今回はケニア到着10日目。採集旅行の日にちも残り少なくなってきました。一分一秒でも多く虫を採りたい丸山さんですが、そうもいかない事情があるようで……。
マサイ族の村での作法に四苦八苦
4月19日は朝一番でスルタンハマッドというナイロビ寄りの町へ向かって北上する。調査地はそこから西へ20キロほどのキビニというマサイ族の村である。夕方近くにスルタンハマッドに着き、夜はキビニで灯火採集をすることにした。
キビニの位置するカジアド県での許可は得ているが、今回訪れるのはマサイの土地(とはいっても正式な所有ではない)にあたるので、調査の前に村長に挨拶しておく必要がある。ケニアでは、国立公園のほかに森林局管理下の地域と原住民が古くから住んでいる土地などがあり、その場その場で調査の進め方、許可のとり方を柔軟に変える必要がある。このようなときに現地の共同研究者であるラバンの存在が重要になる。ラバンは非常に聡明で、きわめて効率的に交渉を進めてくれる。
村長はスルタンハマッドの町で働いているそうで、夕方にホテルに来てくれることになっていた。ところが、夕飯を食べながら彼を待つものの、いつまで経ってもやって来ない。昼過ぎから外は土砂降りで、彼からの電話によると、雨で道が悪く、村へ帰れなくなるので、ホテルに寄らずに帰ることにしたとのこと。われわれも彼を追ってキビニへ向かう。
出発時には雨はやんでいたが、日没を過ぎ、外はすでに暗くなり始めていた。灯火採集は日没直後からが勝負で、気持ちが焦る。途中で2台のトラックが泥にはまって抜け出せなくなっており、なかなか前に進めず、村に着いたのは20時近く。すっかり時機を逃してしまった。
ほとんど外灯のない村の暗闇で村長に挨拶する。世間話が長く、時間ばかりが過ぎてゆく。最後に3000円の調査料を払うことを約束し、スルタンハマッド方面に少し戻って、適当な場所で急いて灯火採集を準備する。
調査時間を無駄にするが、こういった手続きがないと、重大な問題につながる恐れがある。ケニアでの調査では、このような時間が取られることを事前に覚悟して調査を進めなければならない。
20時半にようやく開始。雨上がりで気温は低いが、ジメジメとして風がなく、条件は悪くない。
さっそく、どんどんと虫が飛んでくる。昨日までいたタイタで採ったものとは違う小さなムネアカセンチコガネがたくさん飛来し、とても可愛らしい。
またチャボが珍しいフトヅメコガネ属 Stiptopodius の一種を採集していた。これもアリやシロアリとの関係が疑われる属で、羨ましい。
21時過ぎには虫の飛来が少なくなり、小雨が降り始め、早々に採集を終わらせる。
あと1時間早く始められれば、きっとすごいものが来ただろう。しかし悔やんでも仕方ない。明日に期待しよう。
環境が良すぎて昆虫採集が難しい!?
翌朝はキビニの周辺で調査を行う。昨日の雨で道がぬかるみ、あちこちでトラックが泥にはまっていた。
調査の前に別の村長の家を訪れる。キビニの東西で別の人が村長だそうだ。もうこういう面倒には慣れている。
小さな集落には子供たちがたくさんいて、チャボがタッパーを預けて糞虫を採るように頼んだ。このあたりにはタマオシコガネのなかまがたくさんいるという。
まずはキビニの村の南部にある草原で、アカシアにいるツノゼミを探す。晴天でかなり暑い。アカシアの新芽を見て回る。
ついでにフエアカシア Vachellia drepanolobium のコブを割って、虫を探す。このアカシアには独特のコブがあり、そのなかが空洞になっていて、そこにミモザシリアゲアリ Crematogaster mimosae などのアリが住んでいる。
アカシアはアリに巣を提供する代わりに、葉を食べる昆虫をアリに排除してもらっているという共生関係である。さらにその巣の中からいくつかの共生昆虫が記録されており、それを探したい。
残念ながらここでは何も見つからなかった。昼間のサバンナでの採集は本当に難しい。木の上にフトタマムシが飛んでいたのを見つけたくらいである。
次に少し緑の多い場所でツノゼミを探す。途中でリクガメの子供が歩いていたり、三色のきれいなアカシアの花が咲いていたりした。チャボはかっこいい糞虫を採集していた。
ここにもツノゼミはいない。ここはGoogle Mapで見つけた場所で、良さそうに見えた。実際にどう見ても良い環境なのだが、全体に良すぎて採集が難しい。日本でも、たとえば北海道や西表島のように、広範囲に良い場所があると、目的の昆虫にもよるが、虫の集まる場所が散ってしまっていて、採集が難しいことがある。このような環境のほうが潜在的には虫が多いのだが、採集するには適度に狭く、撹乱された場所のほうが簡単である。
灯火採集がうまくいかない3要因
途中、今晩の灯火採集予定地を決める。日程上、最後の灯火採集となる。地図を見つつ、車を走らせながら予定地を見つけた。見晴らしがよく、見るからに良い場所だ。これは期待できる。
その周辺でもツノゼミを探すが、いっこうに見つからない。ここにはツノゼミはいないのか。そんなはずはない。
途中でヤブガラシの一種の群落があり、その花に大量のベニボタルやハナムグリのなかまが集まっていた。アフリカのベニボタルは大型で、アフリカを象徴する甲虫の一つでもある。体に毒があり、橙色と黒の警告色を放っている。みんな同じ色だが、写真には4種ほどが混じっている。
一度ホテルに戻り、早めの夕食後に2軒目の村長の家に寄って、子供たちから糞虫を受け取る。残念ながら少ししか採集していなかったが、昼過ぎから夕方までがんばってくれたようで、飴玉やクッキーをたくさんあげた。海外の調査では、このように子供たちが調査を手伝ってくれることがあり、そのときには飴玉が役に立つ。
それから期待の灯火採集へと向かう。しかし、とても風が強い。灯火採集においてダメな要因が3つある。第1は月である。昆虫は月の光を頼りに移動する。話が長くなるので割愛するが、月があると灯火はそれに競合し、虫がほとんど来なくなってしまう。第2は風である。風があると虫はあまり飛ばない。自分が吹き飛ばされてしまうからだ。とくに小さな虫にはダメである。第3は低温で、当然、寒いと活動が鈍る。ちなみに雨はよほど強くない限り問題ではない。
今日は曇りで、月こそ出ていないが、風と低温という最悪の条件である。せっかく最高の場所を見つけたのに、無念である。21時をまわったころ、風が止んだと思ったら、前触れもなく土砂降りの雨となり、全員ずぶ濡れになって灯火を撤収した。
帰りの道も、何台もトラックが道のぬかるみにはまっていた。ここは「コットンソイル(綿の土)」という土壌で、砂混じりのフワフワとした地面は、濡れるとあっという間に沼となる。今日のように突然の雨だと、どうしようもないのだろう。その先では普通車も埋まっており、ケンと手分けして30分かけて救出した。こういうのはお互い様だし、泥にハマる条件や牽引の仕方など、いろいろと勉強になって面白い。ちなみにチャボは大物なので車の中でずっとネットをしていた。
明日はナイロビに戻り、最後の調査日となる。テンシツノゼミは見つかるのだろうか。
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