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カラー版 昆虫こわい

2018.07.27 公開 ポスト

特別編ケニア8

100匹の蚊に囲まれたケニア最後の夜【再掲】丸山宗利(九州大学総合研究博物館 准教授)

 7月13日(金)、東京・上野の国立科学博物館で初の昆虫展示となる特別展「昆虫」がスタート。これを記念して、特別展の監修者である昆虫学者・丸山宗利さんが今年4月にケニアに行った際の採集旅行記をリバイバル掲載します。

 昆虫を愛するがゆえ、昆虫に苦しめられる丸山さんの採集旅行の様子がオールカラーで読める幻冬舎新書『カラー版 昆虫こわい』の番外編としてお楽しみください。今回はケニア到着12日目、旅の最終日です。帰国ギリギリまであきらめずに虫を探す丸山さんの、時間との闘いをご覧ください。

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ツノゼミを探す丸山宗利さん。

100匹の蚊に囲まれたケニア最後の夜

 昨晩、ホテルに戻ると、蚊が100匹近くも部屋のなかにいた。潰すとひどい皮膚炎になる湿地性のアリガタハネカクシの一種もたくさんいる。それもそのはず、窓の外は広大な水たまりで、しかも部屋は隙間だらけである。普段は使わない蚊取り線香を盛大に炊いたため、体中と鼻の穴が煙臭くてつらい。

 そして今日は帰国の日である。飛行機が深夜便なので、朝一番でスルタンハマッドを出て、ナイロビへ向かい、午前中からナイロビ周辺でツノゼミを探すことになっている。

 ところが、ナイロビへの道が大渋滞である。それも半端な大渋滞ではない。まったく動かず、地平線に延々と車の列が見えている

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ナイロビへの道が大渋滞。

 交通量が多いうえ、大型のトラックがナイロビへ向かう坂道を超低速で進むためである。そもそもケニアの南北をつなぐ幹線道路が片側1車線なのが問題だ。

 しかしわれわれはランクルである。他の4輪駆動車も一緒に、道路の土手の下をぐんぐんと進む。結局、予定の2時間より大幅に遅れ、6時間をかけて14時過ぎにナイロビへ到着した。長旅だったが、ランクルでなければ夜になっても着かなかっただろう。実際、その後のニュースによると、渋滞は翌22日まで続き、スルタンハマッドの洪水がそれに拍車をかけ、結局通行止めになってしまったという。

テンシツノゼミ採集、最後のチャンス

 最初の目的地はICIPE(国際昆虫生理生態学センター)という研究所の構内である。数年前にここで九大の学生がテンシツノゼミを採集していた。日程の問題で来られるのが今日になってしまったが、なんとか頑張りたい。

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ICIPEの入り口。

 その前にICIPEの標本庫へ案内してもらい、ツノゼミの標本を見せていただく。ほとんどは採ったことがあるものだが、テンシツノゼミの標本も少しあった。ナイロビの博物館にも少なくない数の標本があるし、とくに珍しい種というわけではなく、これまでに縁がなかっただけかもしれない。今後のために採集情報を写させてもらう。

 

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標本庫。

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ツノゼミの標本。

 それから構内の草地でツノゼミを探す。

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ツノゼミを探す私。

 寄主植物は首尾よく見つかったが、肝心のツノゼミの姿はない。脳内に葉加瀬太郎の「情熱大陸」を再生し、今回の調査でもっとも必死になって探す。しかしやっぱり見つからず、残念な結果となった。小規模で不安定な環境なので、難しいとは予想していたが、そのとおりとなった。

 

 それから今日の本命調査地であるカルーラ森林保護区へ行く。ナイロビ近郊にある森で、昨年別のツノゼミをここで採集した。調査許可書類もバッチリである。ここならテンシツノゼミが採れるはずである。

 ところが、ところがである。保護区へ入って、入り口で調査許可を求めると、今日は土曜日で、担当の森林官(フォレスター)が不在なので、平日に来てくれという。ラバンが交渉してくれるが、すげなく断られてしまった。なんという調査の幕切れだろう。まさか調査自体ができないとは、想像もしていなかった。最後の最後に運命のテンシにフラレてしまったわけである。

 旅行日程のうちもっと早い時期にこの場所での調査を設定すべきだったが、今回はどうしようもなかった。しかしまあ、調査とはこんなものである。首尾よく進むほうが稀である。また来ればいいと自分に言い聞かせた。

 とはいえそれは強がりで、やはりテンシツノゼミは喉から手が出るほど欲しい。チャボが明後日まで調査を続けるので、なんとか彼が採ってくれることを期待したい。

今回の旅を振り返って

 今回のケニアは湿潤で、総じて非常に虫が多かった。2016年の5月の調査の3倍、2017年の6-7月の調査の10倍はいた印象である。雨季真っ只中は、ともすれば悪天で調査にならないが、今回は調査中に降られることもあまりなく、天候面で運に恵まれたこともあった。

 そういうわけで、はじめての虫をたくさん見ることができて、とても楽しかったのだが、ツノゼミに関しては大きな成果とはならなかった。すでにアジアとアフリカの普通種(属)は一通り採集してしまっており、あとは珍属を残すのみで、だんだんと調査の難易度が上がっている

 その珍属のなかに研究上きわめて重要なものが残っていて、ツノゼミ亜科の系統進化の論文が書ける材料が集まるまでにあと数年はかかりそうだ。研究材料が揃えば壮大な進化の様子が見えてくることは間違いないと思っており、もう少し野外調査を粘りたい。

 

 さて、これにて今回のケニア旅行記は終わるが、現在この原稿を書いているパリの空港で、チャボから連絡があった。ナイロビ市内でシロアリの塚を掘って、彼の一番のお目当てであるメクラシロアリコガネ Termitotrox の一種が複数採れたという。本当によかった。明日はテンシツノゼミを探してくれるそうだ。採集の上手い彼ならきっとやってくれるだろう。何よりも彼が無事に帰国することを祈りたい。

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テンシツノゼミの標本写真。

 最後までお読みいただいてありがとうございました。今後の研究の進行については、私のツイッターもご覧ください(@dantyutei)。

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カラー版 昆虫こわい

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丸山宗利 九州大学総合研究博物館 准教授

1974年生まれ、東京都出身。北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。国立科学博物館、フィールド自然史博物館(シカゴ)研究員を経て2008年より九州大学総合研究博物館助教、17年より准教授。アリやシロアリと共生する昆虫を専門とし、アジアにおけるその第一人者。昆虫の面白さや美しさを多くの人に伝えようと、メディアやSNSで情報発信している。最新刊『アリの巣をめぐる冒険』のほか『昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』『とんでもない甲虫』『ツノゼミ ありえない虫』『きらめく甲虫』『カラー版 昆虫こわい』『昆虫はすごい』など著書多数。『学研の図鑑LIVE 昆虫 新版』『角川の集める図鑑 GET! 昆虫』など多くの図鑑の監修を務める。

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