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知られざる北斎

2018.04.28 公開 ポスト

北斎の世界デビューと19世紀ジャポニスム(2)

モネと北斎、その愛の裏側神山典士

「神奈川沖浪裏」などで知られる天才・葛飾北斎。ゴッホ、モネ、ドビュッシーなど世界の芸術家たちに多大な影響を与え、ジャポニスム・ブームを巻き起こした北斎とは、いったい何者だったのか? 気鋭のノンフィクション作家・神山典士さんが北斎のすべてを解き明かす『知られざる北斎(仮)』(2018年夏、小社刊予定)より、執筆中の原稿を公開します。前回はこちらから。

モネの家に飾られた浮世絵コレクションの数々

モネと北斎

 もちろんそのコレクションの中心の一人には、北斎がいる。
 

 私がジヴェルニーを訪ねた時には、二階の小部屋の壁に北斎の「あさ顔、ひる顔」、「冨嶽三十六景」の「駿州、江尻」、「上野、佐野、船橋の橋図」、「足利、行道山、雲の架け橋」、「隅田川、関谷の里」、等があり、そしてもちろん「神奈川沖波裏」もかかっていた。その中の何点かには、後に述べるある「秘密の印」が押されていた。


 モネが所有していた浮世絵は全186点。コレクションした絵師は、無記名のものを含めて43~45人。その中で北斎は断トツの23点を数える。鈴木春信、歌川広重、二代目広重、鳥居清長、歌川国貞、二代目国貞、東洲斎写楽、勝川春鳥、歌川豊国、二代目豊国、喜多川歌麿、月岡芳国等、そのコレクションは時代とバランスに富んだものだ。


 モネのコレクションリストを見ながら、浮世絵の研究家で小布施北斎美術館館長を務める安村敏信は、その特徴をこう語る。


「この時代にあって北斎や歌麿といった有名絵師の作品だけでなく、比較的地味な絵師の作品も満遍なく集めています。明治に描かれた横浜絵まである。これは日本では人気は出ませんでしたが、欧米では愛された。国芳の名品『近江の勇婦、おたね』もあるし、アート性の高い刷り物も含まれている。幅広いコレクションと言っていいと思います」


 画家としての独特なセンスで多くの浮世絵を蒐集し、そこから鮮やかな色彩や光など新しい芸術のエッセンスを学びとる。モネにとって日本は相思相愛の存在であり、自らの画風を完成させるには不可欠のパートナーだったのだ。


 だがその愛が激しければ激しいほど、やはり「?」と思ってしまう私がいる。そんなに私(日本)は愛されるべき存在か。その愛には、何か理由があるのではないか?


 そう思ってジヴェルニーを歩いていると、案の定、その愛の「裏側」が見えてきてしまったのだ。

 

愛の裏側

 この時のジヴェルニーへの訪問では、もう一つの「残酷な」出会いがあった。できれば出会いたくなかった、見たくなかった―――。


 モネの家には期待していた通りの(日本人は照れてしまうほどの)「愛の告白」があった。ところがそこを出た後で、私は扉の隙間から、「家政婦のミタ」のように、「その愛の裏側」と遭遇してしまう。19世紀ジャポニスム(日本愛)の秘密を否応なく突きつけられる残酷な発見―――。


 水の庭園とモネの家、そして隣接する「ジヴェルニー印象派美術館」を見学して、さぁバス乗り場に戻ろうかと歩きだしたその時、ふと気になって小道を右折すると、そこには印象派の聖地には似つかわしくない意外な建物が建っていた。


「Museum de mecanique naturell」


 直訳すると「自然力学の博物館」。博物館とはいっても、石造りの大きな建物の内部から庭にまで張り出して鎮座している陳列物は、どうみても巨大な鉄の塊にしか見えない。綺麗で巨大な鉄くず、産業廃棄物処理場一歩手前の風情だ。


 しかしよく見ると、扉が開放された広い室内に無数に置かれていたのは、大きいものはおよそ機関車一台分、小さなものでも自動車一台分はありそうな、様々な「エンジン=内燃機関」だった。中でも巨大な一台には、「ルドルフ・ディーゼル」の掲示がある。


 ディーゼルといえば、1853年に生れ1913年に謎の死をとげたとされるドイツの機械技術者にして発明家。モネやゴッホら、印象派の画家たちとほぼ同時代を生きた、ディーゼルエンジンの基礎を築いた技術者だ。


 ―――西洋人はエンジンまでコレクションするのか、こんなものまで愛せるのか?


 それが正直な感想だった。日本でもマニアックなコレクションがないわけではない。学校の制服、町中の看板、玩具、性玩具等々、私立美術館も含めれば無数のコレクションがある。けれどそれらはコスト的にも集めやすく空間的にも貯めやすいものが多い。


 ―――はたして移動させるだけで莫大なコストがかかるエンジンまで、日本人は集めるだろうか?


 少なくとも私には自信はない。


 そう思いつつそのコレクションを見ながら、私は日本で読んでいた経済学者・水野和夫と美術評論家にして画商・山本豊津による異色の対談集、「コレクションと資本主義」の中の一節を思い出していた。


「イギリスの大英博物館やフランスのルーブル美術館に行くと、一日では回りきれないほどの膨大な展示品があります。(中略)彼らは世界中の珍しいもの、貴重なものを選別し、蒐めることが『力』になると知っていたのです。」(水野)


 まさに目の前のエンジンの群れこそ、イギリスで起こった産業革命がフランスにも波及し、機械文明や鉄文明が勃興した当時の西洋人のコレクショニズムの象徴だ。その凄まじいまでの愛というか執念を目の当たりにして、私にはモネの、19世紀末ヨーロッパ人の、「日本愛」の裏側が朧げに見えてきたのだ。

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知られざる北斎

「冨嶽三十六景」「神奈川沖浪裏」などで知られる天才・葛飾北斎。ゴッホ、モネ、ドビュッシーなど世界の芸術家たちに多大な影響を与え、今もつづくジャポニスム・ブームを巻き起こした北斎とは、いったい何者だったのか? 『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』で第45回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した稀代のノンフィクション作家・神山典士さんが北斎のすべてを解き明かす『知られざる北斎(仮)』(2018年夏、小社刊予定)より、執筆中の原稿を公開します。

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神山典士

ノンフィクション作家。1960年埼玉県入間市生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝』にて第三回小学館ノンフィクション賞優秀賞受賞。2012年度『ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』が青少年読書感想文全国コンクール課題図書選定。14年「佐村河内守事件」報道により、第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに、様々なジャンルの主人公を追い続けている。

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