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広く弱くつながって生きる

2018.06.03 公開 ポスト

これからは「弱いつながり」へと移行する現代佐々木俊尚(作家・ジャーナリスト)

リーマンショックと東日本大震災を経験して、人とのつながり方を「浅く、広く、弱く」に変えた、作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さん。その結果、組織特有の面倒臭さから解放され、世代を超えた面白い人たちと出会って世界が広がり、小さいけれど沢山の仕事が舞い込んできたそうです。そして、困難があっても「きっと誰かが助けてくれる」という安心感も手に入りました。SNSで大きく反響を呼んだ、新刊『広く弱くつながって生きる』には、誰でも簡単に実践できる、人づきあいと単調な日々を好転させる方法が書かれています。

(写真:iStock.com/wdeon)

「弱いつながり」へと移行する現代

 1973年、当時ハーバード大学の大学院生だったマーク・グラノヴェッターは、著書『転職』(ミネルヴァ書房)において「弱い紐帯の強み」という有名な理論(ウィークタイズ理論)を提唱しました。

 簡単に言うと、家族や親友といった強いつながりよりも、弱いつながりをたくさん持つことの方が、多くの情報を得られるという利点から重要であるとする理論です。

 彼は転職時の求人情報をどこから得るかを、強いつながりと弱いつながりに分けて定量的に調べてみました。強いつながりとは家族、親戚、会社の同僚など。弱いつながりは、年に一度年賀状をやりとりするくらいの関係です。その結果、弱いつながりの方が圧倒的に情報量が多かったのです。

 弱いつながりの人がそんな厚意を見せることは不思議に感じますが、ちょっと考えてみると、それが理にかなっていることがわかります。

 自分が転職しようという時、同じ会社の人が求人情報を教えてくれることはまずないでしょう。あるいは、会社の中ではだいたい同じ情報を共有しており、隣席に座っている人間が持つ情報は自分もおおむね知っているはずです。そのため、情報の密度が濃くなりすぎて、新鮮な情報が入りにくくなっているのです。これは家族や親戚でも同様です。

 逆に自分の知らない業界にいる人や、日頃接触がない人の方が、自分が持っていない新鮮な情報を持っている可能性が高くなります。また、意外と人間は他者に厚意を見せてあげてもいいと思っているものです。転職口の情報を与えることくらい、自分にとってデメリットはまったくないわけですから、すんなり教えてくれるのです。

 大切なのは、そのような弱いつながりをたくさん持っておくことです。第2章から詳しく書きますが、浅く広い生き方をすることで、多くの弱いつながりが手に入ります。

『転職』は1980年代に日本語訳が出版されました。翻訳を担当したのは渡辺深さんという社会学者で、彼はグラノヴェッターの理論が日本でも有効かどうかを実証的に調べてみたと「あとがき」で述べています。それによると、当時の日本では弱いつながりよりも、強いつながりの方が有効だったそうです。

 しかし、それから30年以上がたち、現在は非正規雇用が増えたり、転職が一般的になったりと、かなり状況が変わってきました。社会がアメリカ的な方向に向かっていますので、いま調査すれば弱いつながりの方が有効という結論になるのではないかと思います。

まずは社会活動から始めてみる

 現実的には、会社員が組織の規定から外れるのは困難でしょう。そのため副業禁止規定があれば、リスクヘッジのために仕事を複数持つことはできません。しかし、その会社には60歳までしか勤められず、その後20年以上も人生は続くわけです。あるいは、途中でリストラされないとも限りません。

 いまや時代は「弱いつながり」を多く手にしている人が生きやすくなるように移行しています。リストラや倒産の危機があるいま、何かしら行動に移して「弱いつながり」を手にする必要があります。

「弱いつながり」を手に入れるノウハウは第2章で詳しく説明しますが、まずは社会活動をきちんとやる必要があるでしょう。ボランティアでもサークル活動でもかまいません。フェイスブックなどを見ると山ほどイベントがありますので、何らかの催しに積極的に参加してみることが大事だと思います。

 ただし、目的は参加することではなく、交友関係を広げること。簡単に言えば、友だち作りです。

 たとえば、後ほど詳しく紹介しますが、いま横須賀には空き家が多くあります。それらを借りてコミュニティスペースなどを作ろうとしている友人がいます。彼は、普段は東京で不動産の仕事をしているのですが、横須賀の空き家を借りて週末になるとリノベーションに取り組んでいます。同じような取り組みをしている仲間も増えています。

 週末リノベ、週末小屋造りのようなサークルが、最近は数多くあります。一人ではたいへんなので、仲間を募って活動するのです。そういう活動に参加すれば、いずれはその中にゲストハウスやカフェなどもできるでしょう。それでまた人間関係が広がります。

 このようにやり方はいくらでもありますし、現在は仲間作りのハードルが著しく下がっています。以前は地域活動などというと高齢者と主婦がほとんどでしたが、現在はまったく様変わりして、誰でも気軽に参加できるのです。

 転勤がある会社に勤めているのであれば、数年間は同じ土地で生活するわけですから、そこで友だちをちゃんと作っておけば、その人脈がいずれ役立つはずです。将来的に数拠点の生活を考えるのであれば、むしろ転勤によって生活の場が見つかるかも知れません。そういう捉え方をすれば、転勤もそれほど辛くなくなるのではないでしょうか。

日本は昔からムラ社会だったわけではない

 話を戻すと、新しい共同体が生まれたとして、以前のように「世間」になるかどうかは、まだわかりません。個人的には世間にならずに、もう少し弱いつながりに基づいた共同体ができあがってほしいと思います。しかし、日本人はそういう不確かさが好きではないため、もう一度世間的な強いつながりを期待する声が高まるかも知れません。

 ただし、歴史的に見ると、日本人が本当に強いつながりが好きかどうかは微妙です。強いつながりが築かれたのは、せいぜい江戸時代以降なのです。

 奈良時代には、律令国家という中央集権のヒエラルキー社会が生まれました。農村はすべて律令体制に組みこまれ、上から下まで税金を集める仕組みができました。

 しかし、律令国家は平安末期にほぼ崩壊し、そこから鎌倉、室町、南北朝、戦国時代ぐらいまでは、基本的には市民の間にヒエラルキーのない時代が続きます。

 網野善彦さんなどの歴史学者が書いていますが、たとえば当時の職能集団は漂泊する集団で、移動しながら暮らしていました。そのため、ムラでずっと同じ人たちと生活するわけではなく、いろいろな交流があったのです。

 権力構造にしても、当時は中央集権ではありません。天皇や貴族、新興武士勢力、寺という三権力があり、パワーバランスが築かれていたのです。そのため一般の人は、社会階層は貴族に認めてもらい、仕事は武士からもらい、寺の宗門に入るという3つのつながりの中で生きていました。

 それが戦国末期に織田信長が統一を始めた頃から、もう一度中央集権に戻り始めます。そして江戸幕府の完成によって幕藩体制が築かれ、その下に農村ヒエラルキーが出来上がったのです。

 そう考えると、「日本=ムラ社会」という考え方は17世紀以降の産物にすぎません。せいぜい400年ほど続いただけですから、それ以前に戻る可能性も充分あるのです。

共の空間にいかにコミットするか

 社会には公、共、私という3つの空間があると言われます。「公」は政府や自治体で、「私」は家族。日本ではその間の「共」の空間がなかなか育ちませんでした。昔は、企業や農村などはほとんど私空間のような認識があり、その外側にある共の空間を育てるのが日本社会にとって大きな課題だったのです。

 しかし、終戦から70年以上がたった現在、さすがに共の空間も整ってきています。弱いつながりを築くとは、自分で共の空間を作るということと同義です。

 江戸時代の農村などは共同体の中で生きるしか方法がありませんでした。共同体から一歩出れば単なる流れ者になり、とても過酷な人生が待ち受けていたわけです。

 一方、現代はフェイスブックのようなツールがあります。国=公の制度などもある程度整っていますが、それに頼らなくても共の空間で生活を作ることが可能です。

 企業など、あるコミュニティからドロップアウトしても、どこかで生きる術はあります。終身雇用ではなくなったため、途中で脱落したら田舎に帰るしかないといった事態はほとんど起きません。

 結局、求められるのは共の空間にいかにコミットするかだけなのです。

 共の空間を探す場合、目的がきちんとあった方が楽しいはずです。学生時代にある程度取り組んだスポーツがあって、それを突きつめたいなどであれば別ですが、スポーツはよほど好きでないと続かないと思います。

 最近は社会的な課題の解決に取り組むNPOなどがたくさんあります。都会であれば、待機児童問題もその一つです。どうやって待機児童を減らすかを議論し、何らかの働きかけをしてみる。目的のある活動は、そのプロセスが楽しくなります。たとえ問題が解決して活動が終わっても、そこで培った人間関係やノウハウなどは残ります。

 もちろん、団体の中には、面倒くさい人がたくさんいるコミュニティもあります。集団にからめとられないよう気をつけることは忘れないでください。

 これはSNSなどのインターネットの世界でも同じことが言えます。

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佐々木俊尚 作家・ジャーナリスト

新聞記者時代、著者の人間関係は深く、狭く、強かった。しかしフリーになり、リーマンショックと東日本大震災を経験して人とのつながり方を「浅く、広く、弱く」に変えた。その結果、組織特有の面倒臭さから解放され、世代を超えた面白い人たちと出会って世界が広がり、妻との関係も良好、小さいけど沢山の仕事が舞い込んできた。困難があっても「きっと誰かが少しだけでも助けてくれる」という安心感も手に入った。働き方や暮らし方が多様化した今、人間関係の悩みで消耗するのは勿体無い! 誰でも簡単に実践できる、人づきあいと単調な日々を好転させる方法。

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