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本屋の時間

2018.06.01 公開 ポスト

第39回

ずっと、店にいる辻山良雄

ggjjxx/iStock

 今年の2月、代々木上原に惜しまれながら閉店した、幸福書房という新刊書店がありました。閉店時には多くのお客さんが詰めかけ、ニュースにもなったので、この店のことをご存知のかたもいるかと思います。店主の岩楯幸雄さんの書いた本に、このような言葉を見つけました。「……それかずっとレジに立っていますね。ずっとレジに立って、一日を過ごす。だけど、それは町の人からしたら安心感があるのかもしれないと、常々思っています。」 岩楯幸雄『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』左右社

 岩楯さんの本によれば、幸福書房の営業時間は朝8時から夜23時。お正月以外の364日を、岩楯さんと弟さんのご夫婦4人だけで切り盛りされていたといいます。岩楯さんはさらりと書いていますが、「毎日決まった時間に店を開けなくてはいけない」というプレッシャーのなか、よくご家族だけで営業を続けてこられたものだと思います。
 

 Titleのような小さな本屋の一日は、朝店に届く本を並べたら、あとはお客さんを待ちながら閉店までレジを動かないという、地味を絵に描いたようなものです(誤解のないように言えば、その間に様々なことを行っていますが……)。イベントに来た著者さんが、狭い店内を見渡して「本屋業の楽しみって何なんですかね?」と尋ねられたこともありました。

 しかし本屋にとって何より大切なのは、店主がいつも〈そこにいる〉ことだと思います。それは岩楯さんがなされたように「町の一隅を照らす」ことでもあるでしょうし、一つの責任ある目が、本の出入りと人の出入りを見続けることにより、その店は一貫した流れを保ち続けることが出来ます。

 店は店主のものですが、同時にお客さんのものでもあり、その地域、さらには並べられている「本」のものでもあります。「本屋が本のものである」とは奇妙に聞こえるかもしれませんが、本も自分に向いた店を探しています。店主がそこに居続けて、店の流れを一定に整えておけば、その本屋にふさわしい本や人は自然と集まってきます。店主はその場所とともにある〈店守〉のようなものだと、よく思います。

 

今回のおすすめ本

『はじめての沖縄』岸政彦(新曜社)

 沖縄を語るときの、ある種の難しさ。それは無自覚な人にとっては、問題があることすら気がつかない程度のものかもしれないが、それゆえにその隠された構造を深めてしまう……。
 同じような「語りの難しさ」は、社会の様々な場所に遍在する。時には「わからない」ことを自覚することが、境界を超えていく際の手助けになるかもしれない。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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