2017年、世界でもっともツイートされたドラマ
今年5月下旬にSeason2が世界同時配信されたのを機に、Netflixのオリジナルドラマ“13 Reasons Why(13の理由)”を通して見てみた。Netflixは配信時にシーズン全話アップしてしまうので、はい、(またしても)やってしまいました、Binge Watching。2日間寝不足でフラフラになりながら26話分ほぼストレートに見るという荒行をコンプリートであります。
“13 Reasons Why”は2017年、世界でもっともツイートされたドラマだという。舞台は西海岸の”良い”地区にある高校。自殺したハナ(Sophomore:高校4年あるうちの3年生)が13本のカセットテープに語り残した、”彼女に何が起こったか”の物語に沿ってドラマが展開していく。カセットテープの入った箱は、それぞれ彼女に関わった人々に宛てられており、チェーンメールのように、聴き終わった人から次の人へと手渡しされていく。
このドラマ、多くの人がbinge(どっぷりハマる)してしまっただけのことはあり、脚本が良くできている。ハナ の死後という「今」を生きている学校の友人・知人、両親、学校職員らが、テープに吹き込まれた彼女の物語に導かれながら、過去をそれぞれの視点から再生して語り直していくという構成。異なる複数の視点がハナの語るタイムラインを補填していくうちに、真実が分からなくなっていくという、「藪の中」メソッドである。
それにしても、アメリカのみならず、世界のティーンエージャーを惹きつけた理由は何だったのか? その詳しい分析は他のオンライン記事に譲るとして、最大の成功要因は何と言っても、2010年代後半の、高校生活でのリアルな「いじめ」を誇張なしに描いたことに違いない——それも、テキスト、インスタグラムなどスマートフォンでのコミュニケーションが当たり前になったデジタル世代の。
なぜ、ティーンは話さないのか
“13 Reasons Why”には、高校生活の闇の部分が様々な形で出てくる。暴力、性暴力、スクール・カースト、直接間接での差別、LGBTQ、鬱、リストカット、家庭間の経済格差、貧困、虐待、両親の離婚、アルコール、マリワナ、薬物……。これらが誇張というわけではなく、アメリカの高校生活のそのままの写しであることもまた事実だ。
しかし、登場する高校生は揃いも揃って、両親や周囲にそうした闇の体験を打ち明けることをしない。見ていてイライラするほどにだ。それはなぜか。
ハナのモノローグにおいては、上にあげた重い闇に負けず劣らず、SNSやスマートフォンでのネガティブな写真や情報の拡散などが、少しずつ、でも確実に、彼女の生きる力を削いでいく過程が描かれている。
一つ一つの出来事は大したことではないかもしれないし、一つ一つをいじめとは呼ばないかもしれないし、いじめではないかもしれない。“13 Reasons Why” のウォッチャーが理解するのは、いじめの定義ではなく、SNSやスマートフォンを使って誰かにコメントしたりジャッジしたりする行為は、その人間に逃れようのない苦痛を与えるのだということだ。
ハナは社会心理学の主張を引用する、“人間は社会的に形づくられる生き物なのだ”と。高校という小さな社会でじぶんに貼られたラベルは、そのままじぶんを形づくるものになってしまう。だが、そのラベルがSNSを通して作られてしまうのなら、もうそれは本人を離れ、コントロールすることもできない。
以前に、このコラムで移民が経験するマイクロアグレッションを取り上げたことがあるが、米国移民が「英語が下手」「出身国は貧乏」「労働者(知的ではない)」といった前提によるラベルを貼られ、そのことによって心理的に繰り返し傷ついていくのと同様に、ハナもまた、どこで誰に怒ってよいのか、そのタイミングもつかめないまま、ただ傷ついていく。それは自分、自分の言動、自分の容姿が、日常的に自分の意図や理解とは異なる方向に捻じ曲げられて受けけ取られる経験をするということでもある。
例えば、純粋な好意、友情からくる善意が性的に受け取られた場合のやり場のない憤懣や苛立ちは、共感する人も多いのではないだろうか。
その苦痛を、周囲の人たちは、見逃すか、過小評価しがちである。ハナのことをもっとも理解しようとしていたはずの、主人公クレイも。
それは同時に、SNS上の「いじめ」では誰もが傍観者になりやすいことを示唆している。SNSに疎い親世代ならなおさらだ。
みんなハナにとっては何も分かっていない存在だし、言っても分からないであろう存在だった――だから、彼女は話さなかった。スマートフォンではなく、アナログなカセットテープに録音する以外には。
劇中、ハナは何度か救いの手を拒絶している。外部から貼られたラベルを内面化して自ら貼るような振る舞いをする。理解されないのなら、間違った理解をされるのなら、話さない――それが彼女らのサバイバル戦略である。そしてその先にたどり着いたのは、孤立以外のなにものでもない。
親目線でこのドラマを見てみると……
*以下、ややネタバレを含みますので、未視聴の方は注意!
さて、親目線で“13 Reasons Why”を見たとき、もっとも興味深いのは各登場人物の家庭の対応である。
ハナの母親は、いじめがあったとして学校区を訴える。 彼女は和解の申し出を退け法廷での裁判に持ち込む。その過程で、当初は(娘が自殺したのは)じぶんのせいではないことを確認したかった母親が、次第に自身と向き合い、夫、ハナの友人たちを許し、ときには彼らの心配さえし、寛容さを持って“いま、ここ”のじぶんの問題に立ち戻っていく。そのさまは見ていて辛いけれども感動的だ(同時に、彼女の裁判を指示していた“学校の責任を問う”市民団体が潮を引くようにいなくなるのも面白い)。
ハナの同級生で主要キャストのひとり、コートニーの家庭は、two-dad-parents。ゲイのカップルの養子である。この両親は彼女が秘密を吐露しても両親がまったくぶれず、いつも通りに“Ilove you “と口々に言う。コートニーがじぶんを取り戻していくことができたのは、この養親の愛情の示し方が一貫しているからだと見ることができる。
シングルマザー、貧困家庭、薬物中毒、ネグレクト、母親のボーイフレンドからの虐待と多くの問題を抱える崩壊家庭のジャスティン。彼は作中最もVulnerableなキャラクターのひとりだ。
そして彼と対極にいるように見えるブライスが、裕福で社会的ステイタスのある家庭に育ちながら、条件付き愛情しか与えられず、アタッチメント(愛情と信頼に基づく深い結びつき)を形成することのないまま育ったことも明かされる。家庭内で価値を認めてもらえていないブライスとジャスティンが、ある種の絆で結ばれ、学校にじぶんの価値を築こうとするのは当然のことだったのだ。
ブライスの母親は、パブリックでは夫とともに対面重視の行動をとり、息子の問題に感づいていても避けて通すが、本心では息子の行動を受け入れられず、彼を面と向かって否定する。アメリカの自己中心で子育てを回避する親の典型のように見えるが、カウンセリングの現場の話を聞く限り、実は日本でもこのタイプの親が増えているのかもしれない。
最後に、主人公のクレイの家はどうか。
彼の両親は、母親が弁護士のバリキャリ。父親は(仕事がないことで有名な)英語学の博士号持ちであり、よく家にいる。両親はクレイの自主性と判断にまかせてはいるが、彼が暴力を受け、顔に傷をつくって帰ってきたり、自転車がなくなっていたり、一晩中家にいなかったり、明らかに様子がおかしかったり、というときには話しに行く。クレイもまた、本心は親には話さないが、彼の親はそれでも声をかけ続ける。
母親の基本的な息子へのアプローチはこうだ。
「何が起きているのか話して。話してくれないと私たちはあなたを助けられないわ」——
子どもの自律をリスペクトしつつ、気にかけていることを伝える、教科書的なアプローチである。筆者も心理カウンセラーとして、子どもを心配する親にまずはこういう対応を勧めると思う。
だがもちろん、この対応がどういう結果につながるかは誰にもわからない。
この家庭のひとつの強みは父親の存在。父親が息子をよく見て、理解はしていないかもしれないが、理解しようとし、正直に話しかけている。母親がサインを見逃しそうになったときは父親が直感で「今話さないとだめだ」と主張してすかさず介入する。母親は一時期別居していたのだが、裁判をへて、仕事と家庭生活のバランスを大幅に変えて家庭に戻ってきた。クレイが困難な状況の中で精神状態を保てたのは、両親との信頼関係が成立していることによるところも大きい。
“13 Reasons Why”はSeason3の制作が発表されたばかり。引き続き、デジタル時代の高校生活をサバイブするティーンエージャーたちの親が、劇中どういう言動を見せるのか、注目していきたい。