介護の仕事と、富士山と、ショッピングモールしかない小さな町で恋をした――。
窪美澄さん『じっと手を見る』が4月8日文庫で発売となりました。解説は朝井リョウさんです。
2018年の単行本発売時に公開したトークイベントの記事をあらためてご紹介いたします。
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新刊『じっと手を見る』を上梓した窪美澄さんと、ニューアルバム『サクラ』をリリースした前野健太さんのイベントレポート。後編では、『じっと手を見る』や前野作品に共通して描かれている「孤独」や「男性性」といったテーマについての対話をご紹介していきます。
(構成:清田隆之/桃山商事)
独りでいることのよるべなさと心地よさ
窪美澄(以下、窪) 『サクラ』の中に「嵐~星での暮らし~」という曲がありますよね。私はこれを聞いたとき、歌の構成が本当にすごいなって、びっくりしたんですよ。
宇宙の外側は氷だと 誰かが言ってたよ
寒い凍えるよ
だから君が必要さ だから君がいなけりゃさびしい
だから君が必要さ だから君がいなけりゃ Ah
──「嵐~星での暮らし~」より引用
「寒い凍えるよ」というところからサビに行くじゃないですか。「だから君が必要さ」って。この、風景が一瞬で変わるっていうのが本当にすごくて、思わずゾーッとしたんです。そして、2番のサビでは最後が「だから君が必要さ/だからたまに独りに Ah」になる。最高ですよね。
前野健太(以下、前野) いい歌詞だと思います(笑)。いや、書くのがすごく大変だったんですよ。1番しか歌詞ができていない状態で、アレンジの武藤星児さんに曲を作っていただいて。だから2番は「曲先」という状態で詞を作ったんですが、僕にとっては初めての経験だったんです。できたときは「来た来た来た!」ってなりました。
窪 うんうん。とにかく壮大な歌ですよね。
前野 「独り」でいることの寂しさやよるべなさってあるじゃないですか。だからこそ誰かにすがりたくなったりする。でも、それと同時に、やっぱり独りになりたいって気持ちもあったりして。どういうことなんでしょうね。僕、宮澤のこの言葉も大好きなんですよね。
あの日、日奈に言った「ここ」は、あの町でも、東京でもない。自分の心のなかにしか、僕がいられる場所はないのだ。人として、どうしようもない欠損を抱えていることを自覚したのなら、僕は一人で生きていくべきだろう。
──「柘榴のメルクマール」より引用
窪 前編でも何か所か小説の言葉を紹介してくださいましたが、自分で書いた言葉を読まれるのって本当に恥ずかしいですね。
前野 ええっ!? そうなんですか?
窪 なんかホント、逃げ出したいです。「何を書いてんだお前?」って感じじゃないですか。
前野 それ意外でした。僕なんかむしろ「読んで読んで」って感じですよ(笑)。
窪 私は一人で孤独なおばあちゃんみたいな暮らしをしているんですよ、今(笑)。これまでは家族だったり元夫だったり息子だったり恋人だったり、二十歳くらいからずっと誰かと暮らしてたんですよ。だから、たった一人というのが初めてで、すごく心地よくて。それもあって、宮澤さんには割と肩入れして書いた気がします。彼の気持ちが自分と近いかも、一番。
「情はブルース、空と海と同じ青」
――トークイベントの中盤、担当編集の竹村さんが、事前に前野さんから何通も送られてきたという感想メールを紹介します。その中のひとつに、「情はブルース、空と海と同じ青」というフレーズが書かれていたそうです。
前野 ちょっと待ってください! 俺、メールでそんなこと恥ずかしいこと書いてます? それ酔っぱらって書いたやつじゃないですかね……。
窪 さっき、自分の書いたものを読まれるのが好きって言ってたじゃないですか(笑)。
前野 でも、ちょっといいこと言ってますね。「情」って僕にとって大きなテーマなんですよ。そういえば、窪さんの小説にもこんな一節がありましたよね。
情みたいなものに流されるの、海斗の悪いくせだよ。昨日、真弓に言われたことを思いだした。確かに、そうなのかもしれなかった。だけど、そういう自分じゃなきゃ、介護の仕事をやろうなんて思いもしなかった。
──「じっと手を見る」より引用
前野 窪さんはここでなぜ「情」という言葉を使ったんですか?
窪 なんでだろう。私、女の人のことは、例えば性の泡立つ感じとかはわかるんだけど、男の人のことって本当に想像でしかないんですよね。ここでは海斗や宮澤さんのこと書いてるけど、誰かに取材してるわけじゃないし。海斗という人間をじっと眺めてみると、なんかこの人って嫌なことを断れないというか、でも、その情が裏返ってちょっとウザいところ、もっと言うとストーカーっぽいところもあるというか。そういうのって表裏一体じゃないですか、人間って。だから、情っていうとなん美しく聞こえるけど、それがまったく違う意味にもなったりするよなあって。
前野 うんうん。すごくわかります。
窪 男性である前野さんが読んでみて、どうですか。例えば海斗や宮澤さんに対して、男だったらこうは思わないよなとかありますか?
前野 うーん、すごいなと。いや、男のごにょごにょ感というんですか。
窪 男のごにょごにょ感?(笑)
前野 例えば日奈は、好きっていうこととセックスが、わりとこう、ゴールじゃないけどニアイコールみたいなところがありますよね。海斗と関係を持つ畑中さんに至っては「セックスして何が悪い」という感じです。でも、宮澤はごにょごにょじゃないですか。
窪 確かに(笑)。
前野 このごにょごにょ感がすごいなと思って。なんでこんなにわかるのかなと、男のごにょごにょ感を。
窪 なんかそのごにょごにょを書くと、やっぱり世知辛い世の中なので、不倫絶対ダメ!! とかね。でも、ごにょごにょしてるから人間なんじゃないのと思うんですけど、それを書くと正しさだけで作品を批判されかねませんよね。私はそのごにょごにょにこそ本質があると思ってるんですけど。
前野 ほっとけなくて、で、手を出すみたいなね……いやいや、僕がそうとかじゃないですよ! つい触れてしまったとか、そういうのってすごく宮澤の、なんかこう、悪気がないというか、でも傍から見ると「こいつちょっと嫌なやつだな」とも思う、というか。何なんだろうな、情とかよるべなさって。宮澤が最後に漏らした「これからの人生で、僕は女たちに勝てる日が来るのだろうか」って言葉もグッと来ました。
「自分が産んだものが恋をするって、すごい変な感覚なんですよ」
前野 用意してきたメモに「窪さんにとって男とは?」って書いてあるんですけど、そのことを聞いてもいいですか?
窪 すごい質問(笑)。う?ん、わかんないですよね、いまだに。この年になってもやっぱりわからない。
前野 色で言うと何色ですか。
窪 難しいな……パッと浮かぶのは青ですね。なんか私、例えば海斗とかもそうなんですが、男の人をイノセントな存在として書きたい、という思いがある。
前野 青ですか。じゃあ、僕が竹村さんに送っていたメールも、あながち間違ってないじゃないですか。情はブルース、空と海と同じ青。
窪 うんうん。私の中には、男の人をわかりたいって気持ちがすごくあるんですよ。なので、女だけがひどい目に遭ってるという小説は書きたくなくて、男にも弱いところはあるし、男の中にも女性的なものもきっとあるはず。合ってるかどうかはわからないけど、男の人のことをわかろうと思って小説を書いている。
前野 歌っていわゆる“女泣き”みたいなものが多いじゃないですか。だけど、むしろ“男泣き”というか、今の時代って意外に男が泣いてるんじゃないかっていう思いもあって。それで、『サクラ』の1曲目「山に囲まれて」に「カエルが鳴いている/男も泣いている」って歌詞を書きました。なんか今の窪さんの話を聞いて、「あ、その感覚すごい今回やりたかったことだ」って思いました。
窪 私やっぱり息子がいるから、ちょっとそういうのもあるかも。息子のことをわかりたいっていうのかな。20代だから当然、恋とかするんですよね。自分が産んだものが恋をするって、すごい変な感覚なんですよ。
前野 すごいフレーズ! 何ですか、それ……。勝てない、勝てない。すごいフレーズだな。
窪 びっくりしちゃうんですけど、恋したりとか、セックスしたりとかするわけじゃないですか。いや、びっくりするでしょう? そういうのを遠目からすごい観察してるんです。観察というか、興味があるんですよね、男の人に。前野さんも歌ってましたよね。
君のふるさとの春を教えて
君のふるさとの冬を歌って
僕は君に興味があるの
君の生きていることに興味があるの
──「興味があるの」より引用
窪 あなたのこういうところが好きとかではなく、あなたの生きてることに興味があるのって、こんなすごいラブソングないですよ!
前野 ありがとうございます(笑)。何というか、やっぱりこう、思い切って好きな人に飛び込んでみたり、それが終わってしまうかもしれないし、続いていくかもしれないけれども、わかりたいっていうのは素晴らしいですよね。今回はお招きいただき、どうもありがとうございました。最後に1曲聴いてください、アルバム『サクラ』より「嵐~星での暮らし~」。
じっと手を見る
窪美澄さんの小説『じっと手を見る』をさまざまに紹介。