◆人事部が悪い社員を社内調整=ブッ殺す!?◆シリーズ累計150万部「ニンジャスレイヤー」チームが描く衝撃の社内スパイアクション『オフィスハック』待望の4thシーズン! 舞台は東京・丸の内の巨大企業T社。人事部特殊部隊「四七ソ」の香田と奥野に今日も新たな社内調整指令がくだる。不正を働くオフィス内のクソ野郎どもをスタイリッシュかつアッパーに撃ち殺せ。テイルゲート! ショルダーサーフ! 禁断のオフィスハック技の数々を正義のために行使せよ!
◆1◆
ジュッ、と足元で音が鳴った。
また一滴、おれの額から滴った汗がコンクリートの床に黒いシミを作ったのだ。
だがそれも、見る間に蒸発して小さくなってゆく。
7月の炎天下。おれたちは高層ビルの屋上で、白いワイシャツにスリーピース・スーツという服装で立っていた。手にはいつもの重いブリーフケースを持っている。
そんな格好でいれば何が起こるかは想像に難くないだろう。
まるで今しがた海から浜辺に上陸したばかりのように、おれのワイシャツはべったりと濡れて体に貼り着き、ジャケットの袖口から汗が滴り始めている。
「……さすがに、暑いですね」
おれは額の汗を拭いながら言った。
「そうですね……」
横に立つ奥野さんが答えた。
ここは丸の内。T社グループ第3ビルの屋上。
灰色のコンクリートと、ターコイズ色の空の境界は曖昧で、だだっ広い空間の真ん中には赤いコカコーラの自販機が一台、ぽつんと置かれていた。
おれたちはその自販機に背を向けて並び立っている。
「この日差しも、サングラスがあれば、少しは楽だったんでしょうけど……」
おれは顔をしかめ、無理やりに笑みを作った。
「ははは、まったくです。でも、あぶない刑事みたいになってしまいますよ……」
奥野さんが頷き、胸元から取り出した灰色のハンカチで額を拭う。
ジョークかもしれないし、本気かもしれない。とりあえずおれは合意した。
「そこが悩みどころなんですよね」
実際、おれたちは刑事でも何でもない。ただのサラリーマンで、今は勤務時間中だ。厳ついサングラスをかけて、こんな所に並び立っていたら、コンプライアンス的によくないし、相手を必要以上に警戒させてしまう。
……しかし、その相手が現れるかどうか。
いわば、この張り込みが成果を上げるかどうかは、まだ解らない。
もし、徒労に終わったら……? おれたちのこの労力は、報われるのだろうか……? いや、今は考えたくもないな。
「七夕は、ご家族で過ごされたんですか?」
救い船のように、奥野さんが話題を振ってくれた。沈黙よりも、雑談していた方が暑さを感じにくい。いっとき、脳みそが暑さを忘れてくれるからだろう。
「いやあ、報告書作成が忙しくて、結局七夕は何もしてやれませんでしたよ」
おれは苦笑した。せっかく振られたのに申し訳ない限りだ。
「それはすみません、ご苦労様です」
「いえいえ。もともと、そういうのに疎いですから。先週末に娘の授業参観に行って、教室の後ろに貼ってある短冊を見て、ようやく、ああ七夕だったんだな……って気づくくらいなもので。季節ごとのイベントなんて、家ではやる余裕がほとんど無いですし」
「今は、皆さんそうでしょうね」
奥野さんが静かに頷いた。
「そのくせ、中学受験には年中行事の問題が出るらしいんですよね……。七夕くらいならまだしも、ちょっと例題を見たんですけど、それがもう、おれでも知らないようなマイナーなイベントばっかりで。半夏生には、蛸を食べましょうとか。……大丈夫かなと」
「半夏生なんて、日常会話に出ませんからね。私だって久々に聞きましたよ。昔、田舎の実家で聞いて以来かもしれません。……お子さん、中学受験されるんですか?」
「いや、まだ小学校入ったばかりですし。全然、そうと決まったわけじゃないんですが。この前、妻が買ってきた雑誌を見たら、そういうのが書いてあって」
「奥さんは教育熱心な方ですね」
「熱心というか、なんというか、先取りしすぎというか……。妻は受験をやらせたがってるみたいなんですが、おれは田舎の出なんで、本当に必要なのかわからないんですよね」
「そうですか。私もあまり偉そうなことを言える立場では無いですが……。まあひとつ言えるのは、受験教育というのも、金融商品みたいなところはありますから……」
「つまり、どういうことです?」
「油断していると、親の不安や欲につけこんで、次から次へと不要なものまで買せようとしてくる側面があるわけですから。そして子供にしわ寄せがくるわけです。最後は結局どこかで、うちはこうだと判断しないといけないのかもしれません。でもこれは判断が難しい」
「なるほど……。つまりこれは、どうしたらいいんですかね」
「一概に言えないんですよ。しかし、こうして大人でも解らないことなんですから、子供にわかるわけがない。まして買ってしまった責任を取らせることもできない。でも子供はしょいこんでしまいがちです。おとなしくて真面目なお子さんほど、そういう金銭的なところまで感じ取ってしまう」
昔どこかで聞いたような世知辛い話だ。でも、おれが今まさに直面しているのは、そういう、昔どこかで聞いたような話そのものなんだな。おれはため息をついた。
「ついこないだまで自分が生意気なガキだったのに、まさか自分がそういう事を考える年代になるとは、思ってもみなかったですよ」
「みんなそう考えますよ」
奥野さんは小さく微笑んで、一拍置いてから、続けた。
「お子さんのためにも、まずは無理をさせないのが一番だとは思います。昔もよくありましたよ、同僚の……親の過度な期待を察して、子供がつぶれてしまうなんてことは……それこそいくらでも。でも、昔はそれがまかり通ってましたから。会社への忠誠と出世が一番、家族のことなんて二番目、三番目、いや、口にするのが恥ずかしいと言われるような時代でした」
「会社員は給料さえ稼いでくれば、余計なこと考えなくてよかったってことですよね。それはそれで、生きやすい時代だったんですかねえ……」
「いえ、全く。内心おかしいと思って苦しむ人は、大勢いましたよ。それでもなんとか生きてきたという感じです」
「あ、そうなんですね。当時からやっぱり」
「それはそうです。人間なんですから。それに時代や倫理観なんてのは、10年かそこらで大きく変わってしまうものなんです。そこに気づかない人は、もちろん大勢います。私だって最初は気づかなかった。それで、後から後悔するわけですが。でも……中には、そういうところを最初から全部解っていて、悪用する人たちもいるんです」
「悪用……」
「いつも、一番無責任なのは、時代のせいにして、好き勝手やる人たちでしたね。自分は時代のせいでおかしくなっていた、だから自分は悪くない、むしろ自分も被害者だって言い張る。でも彼らは、最初からそういう言い訳をする準備をしているんです。そして周りの人たちを巻き込んで、取り返しのつかない方へと連れて行く。……私は、そういう人たちが嫌いでした」
奥野さんは遠くの蜃気楼を見るような、少し寂しげな顔を作った。
おれは奥野さんの辿ってきた人生を垣間見た気がして、小さく頷いた。
◆to be continued......感想は #dhtls でつぶやこう◆
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