これが、子供を産む最初で最後のチャンスだ。「私の人生」噂や戸籍や世間体に左右されてる暇はない。
話題作連発、垣谷美雨さんの最新刊『四十歳、未婚出産』(7月26日発売)。東えりかさんの書評をお届けします。
『四十歳、未婚出産』、これほど現代日本に働く女性の悩みを端的に表しているタイトルはないだろう。最近ではあまり聞かない言葉だが「バリキャリ」の女性にこんなことは起こりそうだ。
やりがいのある仕事に出会い、気が付くと年齢を重ねていた。
子どもだけは欲しいと心の中で思っていても、結婚する相手はいない。
婚活なんかに必死になるほど若くもないけど、田舎の親には心配させたくない。
そんなとき、思いもかけない妊娠が発覚。
結婚は迫れない、仕事は辞めたくない、でも子供は産みたい。
いったい私はどうしたらいい?
旅行代理店で課長代理として働く39歳の宮村優子は上司からも部下からも信頼されるキャリアウーマン。団体ツアーの下見に訪れたカンボジアで、悲惨な歴史と貧困に衝撃を受けながら自然の恵みに感動した夜、同行した部下の水野匠と関係を持ってしまう。男性と肌を合わせるのは7年ぶりのことだった。
ほどなくして体調の変化に気づく。妊娠検査薬によって確信を得たのは父親の七回忌前日。すぐに産んで育てる気になっている自分に驚く。山陰にある実家に戻ると、話題は独身の優子の身の振り方。旧弊な考えしか持たない田舎の理論に辟易しつつ、お腹の子の行く末を考える。
子の父親の水野は28歳。可愛い恋人もいるがまだ結婚する気はさらさらない。優子の妊娠を知り、自分の子ではないかと恐れているが、優子は知らせるつもりはない。
姉にだけ打ち明けた妊娠は母の耳にも入り、地元の独身同級生に「父親になってくれ」と相談を持ちかけていた。会社にも噂は流れ上司は会社を辞めるよう強いてくる。八方ふさがりの優子に、ある日救いの手が差し伸べられる。優子が選んだ子どもと共に生きる道は果たしてどこに続いているのか。
少子高齢化、地方の人口減少が叫ばれ、2016年には、女性が仕事で活躍することを、雇用主である企業などが推進することを義務づけた法律、「女性活躍推進法」が制定されたが、雇用環境はよくなったのだろうか。
妊娠によって起こるマタハラ、パワハラ、セクハラの風は仕事ができる女性にこそ強く吹き付ける。それを吹き飛ばすくらいのパワーがあれば、と思うけど、ほとんどの女性は優子と同じ、足掻いて悩んで決めるしかない。
私のまわりではこの15年ほどの間で、結婚という形に捕らわれずパートナーと暮らしたり、シングルマザーになったりする人が増え始めている。男性でも、五十代になってから結婚し子どもを儲けた人が何人もいる。離婚なんて珍しくないし、LGBTの告白も誰も驚かなくなった。
ただそれは、まだ一部のことだろう。理解しようと努力しても、心が追いつかない人はたくさんいる。環境もあるだろうし、年齢による常識の違いは否めない。それは確かだ。
本書の優子の気持ちの揺れは、読んでいて痛いほどわかる。頑張れと応援したくもなるし、ダメだなあとため息も出てしまう。多分、同じような思いをしている、いやしてきた女性ならリアリティが有りすぎて、胸の奥が痛くてたまらなくなる。
チャンスの神様は前髪しかない、と言われている。優子が掴んだ子どもを持つチャンス、これは決して逃しちゃいけない。
垣谷美雨の小説は現実社会をリアルに表す。東日本大震災を題材にした『女たちの避難所』(新潮文庫)は毎年のように起こる大災害の“避難”における参考書になりうるし、『老後の資金がありません』(中公文庫)は人生の最後に起こるお金の大問題を描いていく。これは本当に他人事ではない。
人生の先輩女性として『四十歳、未婚出産』をする後輩には、精一杯力を貸してあげよう。そう決意させる一冊だ。
東えりか(書評家)