ゴキブリ100万匹、蚊とハエで10万匹、ダニ1億匹などなど……!
約100種類の害虫の“飼育員”による、害虫たちのことがよくわかって、好きになる!? この夏必読の『きらいになれない害虫図鑑』(7月26日発売)から、いくつかの害虫をピックアップしてご紹介します。
ゴキブリは襲ってこない!?
入社して2年目、ゴキブリの担当になりました。最初の仕事は通称「放し飼い」の掃除。60万匹のワモンゴキブリを放し飼いにしている部屋の掃除です。
見学用に作った6畳ほどのスペースには、紙製の管を何百本も積み上げた“ゴキブリマンション”があって中はゴキブリがびっしり。壁も床も天井も、ゴキブリが歩き回っています。なんとも形容できない不快な臭いの中、ほうきとちりとりで糞を集め、水とエサを交換、窓ガラスを拭く──。
これを毎週1回やってました。「仕事なんだ!」と覚悟を決めて……。
ゴキブリが平気だったわけではありません(今も、好きではないですよ)。この会社に入るまでは、見ただけで悲鳴を上げていましたから。
ただ、部屋に入っていくとカサカサーッと音がして、一斉に逃げ出すのを見て「そうか、ゴキブリたちも人間が怖いんだ」と気がついて、少しだけ強くなれました。
いきなりダッシュするゴキブリも怖くて最初は身がすくみましたが、ゴキブリの性質は攻撃的ではないので襲ってきたりはしません。人間に向かってくるように見えるとしたら、逃げ場を失ってパニックになっているのでしょう。
今、ゴキブリは全部で23種類、総計約100万匹います。これがみんな「放し飼い」にいるのではなくて、多くは大型のプラスチックケースに、蛇腹状に折った厚紙を何段も重ねたシェルター(隠れ家)を入れて飼っています。エサはマウス・ラット用の固形飼料(魚、大豆などを配合したペットフードのようなもの)です。
必要なときに必要なだけゴキブリを供給
私の仕事は、同じ研究所の開発・実験担当者から入る注文に応えて、害虫を準備することです。
たとえば「殺虫成分の効果を確認したい。来週中に幼齢期のクロゴキブリが300匹欲しい」「薬剤抵抗性のチャバネゴキブリ、すべてメスの成虫で200匹」などといった依頼書が回ってきます。成長段階ごとに管理して、注文にしっかり応じられるかどうかが、生物研究課の腕の見せどころ。「今、いません」とは言えません。
日常的に使うのはクロゴキブリ、チャバネゴキブリ、ワモンゴキブリです。たとえば、クロゴキブリの場合、卵鞘(卵が入った鞘)をケースに入れておいて、孵ったらケースを移してやる。飼育室の棚にはゴキブリが400~1000匹入ったケースが、約300個。そうやって注文のゴキブリが必要なときに、必要なだけ確保できるようにしてあります。
実は、私が入った当時は、こんなにシステマティックではありませんでした。前任者のKさんは私より3年先輩ですが、もっとずっと大変だったようです。
「金属製のエサ皿は、お湯につけて洗っていた。毎日毎日、なんぼ洗ったか。シェルターは木だったから全部洗ってた。一日がかりになることもあったし、ニオイがもうかなわん。ほんと、よくやってたなと思いますもん」
今だったらブラック企業かも? 当時、飼育室でいちばん若かったKさん、「イヤだったから、スピード化と効率化を工夫した」のだそうです。エサ皿や給水容器はプラカップ、シェルターは厚紙にして使い捨てにするなど、ゴキブリ飼育の近代化を進めたのでした。私が入社したのは、そんなころ。私も給水用のガラスビンを必死に洗ってました。Kさんと一緒に、システマティックな飼育供給体制へと進めてきたと密かに自負しています。
「ゴキブリのような生命力」は本当か!?
飼育室は1年を通じて気温25度、湿度40~60%をキープして、繁殖しやすい環境にしてあります(最近は、省エネのため「夏はエアコンの設定温度を28度に」といわれますが、害虫たちのおかげで私たちのいる場所も涼しいですよ)。
チャバネもクロもワモンもすぐ増えるので、もっと劣悪な環境でも大丈夫でしょう。
ところが同じゴキブリでも、キョウトゴキブリはちょっと湿度が低かったりすると孵化しなくなる。「なにか、ダメ?」と問いかけたくなります。昭和30年代に京都で発見された日本在来種のゴキブリで、倉庫に入ってきたりする害虫です。でも飼っていると、ちょっと神経質な感じです。
コワモンゴキブリに似た、小さめのワモンゴキブリも増えるのに時間がかかります。繁殖のスピードはぜんぜん違う。
生命力が強いことを「ゴキブリみたい」などと言いますが、種類によっては思ったようには繁殖してくれません。簡単そうで、やってみると奥が深いのがゴキブリ飼育です。