ゴキブリ100万匹、蚊とハエで10万匹、ダニ1億匹などなど……!
約100種類の害虫の“飼育員”による、害虫たちのことがよくわかって、好きになる!? この夏必読の『きらいになれない害虫図鑑』から試し読みをお届けします。
地元赤穂産のカメムシ
「有吉さん、カメムシいるか?」
「有吉さん、今日はこれだけ採れたで」
入社まもないころ、毎朝、守衛所の前を通るたび、守衛さんが声をかけてくれました。カメムシ、ご存じの通りうっかり触るととても臭い、アレです。成虫は夜、光に誘引されて守衛所に集まってくるので捕まえてもらっていたんです。
20年近く前のことなので、何で守衛さんがカメムシをくれていたのか覚えていないのですが、たぶん私が「採っといてもらえると嬉しいんやけど?」とチラッとお願いしたんだと思います。当時、累代飼育がうまくいかなくて、カメムシの担当者が困っていたから……。
今、カメムシは5種類飼っています。飼育している害虫たちは、研究機関から系統のはっきりしたものをもらってくることも多いのですが、カメムシはほぼこのあたりで採れたもの。ここは兵庫県赤穂市、瀬戸内海ののどかな湾に面したアース製薬坂越工場(ここで「ごきぶりホイホイ」を作ってます)の中に、研究所の建物があります。
海あり山あり、自然が豊かな田舎ですから、必要とあらば捕虫網を持って採りに行くという手もありますが、それは最終手段。
カメムシの成虫がよくいるのは夏から秋ですが、研究用には一年中必要です。注文に応じられるよう、いつも各種数百匹はいるように飼育しています。
手探りの飼い方、増やし方
守衛さんに採ってもらったのはクサギカメムシ。暗褐色の体をした、おそらく日本でもっともポピュラーな種類です。白い洗濯物にとまっていたり、越冬のためサッシの隙間から家の中に入ってきたりする困り者です。
彼らは、よく集団でいたりするので、いかにもたくさん増えそうな印象があるのですが、飼育して繁殖させようとすると大変でした。
当時のカメムシ担当者──いろいろな害虫の飼い方を教えてくれた先輩です──が、なんとか繁殖させようと、卵から孵化した幼虫を別のケースに移し、すごく大事にして清潔さキープで飼っていたのですが、なかなかうまく成長しません。
なんでやろ? おかしいなぁ、と苦労していた先輩、ある学会でカメムシを飼っている研究者から「卵の殻を取り除いてはダメですよ」と教えてもらったそうです。何か必須の共生細菌がいるのか、孵化した幼虫は自分の出てきた卵の殻の表面にある物質を体内に取り込んでいる、とのこと。
そうだったのか! と、殻を残しておくようにしたところ、幼虫はすくすく育って産卵まで漕ぎつけました。害虫の飼育法の専門書があるのですが、なぜかカメムシについては載っていなかったんです。
カメムシは自分の臭いで死んじゃう
カメムシが嫌われるのは、なんといってもあの臭いでしょう。
この臭い、タイ料理によく使われるパクチーに似ているともいわれます。パクチーの臭いがダメで食べられない人は、この臭いを不快・危険と感じる遺伝子を持っていて、カメムシの臭いにも同じように反応するのだそうです。パクチー好きな私は、カメムシの臭いもけっこう大丈夫。
でもこの臭い、カメムシ自身も耐えられないらしく、密閉容器に入れておくと、自分たちの臭いで死んでしまいます。研究員に頼まれて直径10センチほどの密閉容器に4〜5匹入れて渡したところ、1時間もせずに死んでしまったんです。
普通、この容器に昆虫を入れて酸欠になることはありません。その後、臭い成分の中に毒性のあるアルデヒドが含まれているとわかって、自分の臭いで死んでしまったことが判明しました。テレビでも話題になって知られるようになりましたが、まさかそのくらい強烈だとは思ってもみなかったのでビックリでしたね。
カメムシは、自然から採ってきた直後は、ちょっとピンセットで触れただけで強烈な臭いがします。でも代を重ねていくうち、だんだん臭いが弱くなってくる。それが私の実感です。臭うことは臭うのだけれども、野性のときとはぜんぜん違う。
飼われているから天敵に襲われる危険もないし、もう強い臭いを発しなくてもよくなっているのかもしれません。でも、それじゃちょっと物足りない! いつの間にか、そう思うようになっている私です。