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四十歳、未婚出産

2018.07.28 公開 ポスト

『四十歳、未婚出産』刊行記念特集 その3 書評・吉田伸子

未婚アラフォー女性はもちろん、そもそもの女性の生きづらさに焦点。垣谷美雨

少子化社会のモラハラ、パワハラ、マタハラ、セクハラ……と、しなやかに、強かに闘う女性の痛快長篇『四十歳、未婚出産』(垣谷美雨)刊行記念特集。〈書評・吉田伸子〉


うわぁ、ぐさぐさ刺さる! 

本書の冒頭、旅行会社に勤めるヒロイン、宮村優子が、団体ツアーの下見のために、部下の水野とカンボジアのシェムリアップを訪れた時のことだ。明日は帰国、というその日の夜、水野は優子の部屋を訪れる。ほろ酔い加減の水野が持参した白ワインを二人で飲むうち、いつしか二人は身体を重ねていた。

翌朝、朝食バイキングに現れた水野の第一声は「ゆうべはすみませんでした」だった。水野には同じ会社の総務部で働く、派遣社員の恋人・紗絵がいることを知っている優子は、咄嗟にとぼけてみせる。「なんのこと? ゆうべ、なんかあったっけ」と。この時の水野の返しが、もうね、最低なんですよ、最低! 

「宮村さんは男らしくて助かります」

なんだと、おい、水野、ここに座れっ! 何だ、その返しは! 成敗してくれるわっ! 
でも、優子はそんなことはしない。ひっそりと傷つくだけだ。そして、自分が傷ついたことはおくびにも出さない。自分は水野の上司であり、39歳の自分と28歳の水野との間に、恋愛感情が介入し得ないことは、自分が一番知っている。だから、シェムリアップでの一夜は、それきりになるはずだった。それで良かったはずだった。優子が妊娠に気付くまでは……。

物語は、優子が妊娠に気づいてから、出産を決意するまで、そして実際に出産するまで、が描かれているのだ。40歳を目前に控えたバリキャリの優子が、未婚のまま出産、となるわけで、至る所にハードルがある。本書はそのハードルをクリアしていく優子の姿を丁寧に描き出す。

思わず膝を打ったのが、父親の法事で実家に帰った折、高校の同級生どうし6人で居酒屋に集うシーン。集まったのは、実家の寺を継いだ近藤凡庸、高校で英語を教えている関口智雄、整体院を開業している木戸、県立病院で看護師をしている沢田桃子、中学で教師をしている美佳、そして優子。その場で、木戸は何の気なしに口にする。この場にいる女子三人とも、俺はダメ(結婚できない)なんじゃ、と。

木戸の真意をすぐに悟った美香は、木戸にその理由を問いただす桃子に告げる。木戸は子供が三人くらい欲しいのだ、と。だから、自分たちとではなく、もっと若い子と結婚したいのだ、と。39歳でも産むことはできる。三人産むのだって、不可能ではない、と言い募る桃子に、美香は言う。「実際に産めるかどうかじゃなくて、男というものはみんな若い女が好きなのよ」と。そこに、木戸が言葉を重ねる。「気ぃ悪うせんとってな。だってほら、男と女は生物学的に違うじゃろ。俺ら、男は何歳になっても若い女の子と結婚できるわけで」

おい、木戸、ここに座れっ! 内側を狙って、えぐりこむように打つから!

この木戸の発言がたちが悪いのは、木戸自身に悪気が1ミリもないからだ。木戸は当たり前のこととして、口にしたにすぎない。木戸の言葉を聞いて、優子は思う。「木戸に悪気はないことはわかっている。だが、同じ町で生まれ育ち、子供の頃から互いに知っている男性に言われた衝撃は、会社の同僚男性に言われるより大きかった。今まで一度だって木戸を好みの男性だと思ったことはないが、それでも気持ちが塞ぐ。懐かしい子供時代た温かな郷愁などの全てのものに、手痛く裏切られたような気分になった」

このシーンが本書を象徴している。本書で描かれているのは、39歳の優子が未婚のまま出産することの困難さ、だけではない。世の、いわゆる未婚アラフォー女性はもちろん、そもそもの女性の生きづらさ、に焦点が合わせられているのだ。

水野との結婚を急ぐあまり、なりふり構わない行動に出てしまう紗絵は哀れではあるけれど、元を正せば、水野、お前のせいだろ! とか、関口、優子に片思いし続けているのは構わないが、その優子の弱みに付け込むようなことは止めろ!とか、烏山(優子の上司)、お前みたいなのが働く女性の敵なんだよっ! とか、読んでいるうちに、思わずヒートアップしてしまうほど、垣内さんの描写は的確で、そして読み手の心を掴む。

優子のかつての不倫相手で、今や、次期社長と目されている専務の瀬島がカッコ良すぎるとか、凡庸、マジで仏のようだな、とか、その辺りを突っつく声もあるかもしれない。けれど、瀬島や凡庸がいるからこそ、まだこの世界が捨てたものじゃない、と思えるのではないか。そこはむしろ、こういう存在があって欲しい、という作者の願いのようなものだと思う。

他にも、優子の兄と姉、そして母、それぞれのドラマも読みどころたっぷり。女性はもちろんだが、男性にこそ読んで欲しい一冊だ。

吉田伸子(書評家)

関連書籍

垣谷美雨『四十歳、未婚出産』

四十歳目前での思わぬ妊娠に揺れる旅行代理店勤務の優子。これが子供を産む最初で最後のチャンスだけど……。お腹の子の父親であるイケメン部下、偏見のある田舎の母親、パワハラ上司、不妊治療に悩む同期、誰にも相談できない。シングルマザーでやっていけるのか? 仕事は? 悩む優子だったが、少しずつ味方が現れて気持ちは固まっていく。

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垣谷美雨

1959(昭和34)年、兵庫県生れ。明治大学文学部卒。2005(平成17)年、「竜巻ガール」で小説推理新人賞を受賞し小説家デビュー。結婚難、高齢化と介護、住宅の老朽化などの社会問題や、現実に在り得たかもしれない世界を題材にした小説で知られる。著書に『リセット』『結婚相手は抽選で』『七十歳死亡法案、可決』『ニュータウンは黄昏れて』『夫のカノジョ』『あなたの人生、片づけます』『老後の資金がありません』『後悔病棟』『嫁をやめる日』『女たちの避難所』などがある。

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