いつかは消えてしまう恋。誰かを思った強い気持ちは、どんなふうに残るのでしょうか? カウンターで語られた忘れられない恋のエピソードをバーテンダーが書き留めた恋愛小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』の発売を記念して、作者で現役バー店主の林伸次さんと、連載「揺れる心の真ん中で」でさまざまな恋の思い出を綴る夏生さえりさんが語る「恋愛」。後編はさらに突っ込んだ話題へと進みます。
(構成:アケミン 撮影:牧野智晃)
ふたりきりになる前に、本当に「好き」と言えるのか?
さえり ちょっと過激な言い方をするかもしれないんですが……、よく「付き合う前に一線を越えるのはダメ」という意見を聞きますが、私は別に先に一線超えてもいいんじゃないかと思うんです。そうすることで、本当にその相手のことを好きかどうかが、わかると思うんですよね。
林 好きになる前に合う・合わないをチェックするということ?
さえり そのときに芽生える気持ちをチェックする感じです。やっぱり好きだなぁとか、「あれ? 自分勝手な人かも?」とか。
林 なるほど。以前聞いた話では、ブラジル人にとってセックスは握手するのと同じぐらいの感覚で、付き合う前に一度セックスをして、お互いの相性を確認するのだとか。
さえり ブラジル流、いいじゃないですか(笑)。もちろんこれまでに、一線越える前に好きになってくれた人や付き合った人もいるんですが、告白された時に正直ちょっとだけ不安になってしまうんです。「この人は、本当に私のことを分かってくれて、好きだと言ってくれているのかな?」って。もちろん誠実さゆえな時もあると思うので、嬉しさもあるのですが……。
林 肉体的なことも含めて好きになってほしい?
さえり 密になったからこそわかる雰囲気や性格ってあると思うんです。一線超えた上で、また会いたい、大事にしたい、好き、と思ってくれる方が確実な気がしてしまう。あ、でも、好きだなと思う前に一線超えろって意味じゃないですよ!「付き合いたいかも?」と思ったら、一回チャレンジする。それはアリだと個人的には思いますね。
林 男性の中には、相手のことを好きにならないと体の関係を持てないという人は2割ぐらいいますね。実は僕もそのタイプ。1日かけてデートをして「この子、こんな風に笑うんだな〜」とか「こんなかわいいこと言うんだ〜」って色々と発見して、精神的に好きにならないとセックスできないですね。そしてこの手のタイプは、風俗で遊ぶのは苦手だと感じる人が多い。
さえり 相手の女性の人となりを知ってからじゃないと、その先の関係は無理なんですね。
林 一方で男性の2割ぐらいは、相手のことを好きでもなくてもただただケモノのようにヤレる人もいる。その手の人たちは、実際のところあまり恋愛に興味がなくて、この本を読んでもキュンとしない。そういう人たちって、結婚をしていても浮気はしない、でも風俗はすごく好き、という人も多いんです。
さえり そういうタイプの男性は、ずっと相手のことを好きなままでいられるんですか?
林 彼らはボクが見る限り、離婚することはないですね。男同士で風俗に行くけど、それはあくまで女の子はセックスの対象であって、恋愛の対象ではないからなんですよね。だから恋愛小説を読んでもいまいちピンとこないし、切なさも感じない。
さえり 恋愛って楽しいのに〜! そして世の中には、いろんな人がいるんですね。でも私はやっぱり浮気をしない人がいいなぁ…(苦笑)。
結婚するなら、お金や社会的地位よりも家族として機能する人
林 「浮気をしない」というよりも厳密にいうと「浮気ができない人」はいると思います。そもそもみんな、浮気心は持っている、でもチキンだから実際に浮気をすることはできない。ただそういう人って、見た目があまりよくないし、異性からもモテないんですよ。
逆に実際に浮気をしている人ってモテるんです。しかもお金や権力、社会的地位を持っている人も多い。デートして、バーに行って、ホテル行って…となるとお金もかかりますしね。そうでない場合、なにか特定の分野で成功をおさめている人もいますよね。「あれ? この人、見た目は良くないのに、なんでこんな美人を連れているんだろう?」と思う男性って、よくよく話を聞いてみるとなにかのジャンルの一番偉い人なんですよ。
さえり 確かにそれはありますね。見た目ではなく「才能が好き」という女性は多いですよね。
林 さえりさんは何が好きですか? 才能、お金、ルックス、イメージ?
さえり 自分で言うのもナンなんですが、今の20代の世代って、お金がある人たちとあまり関わってきてないんですよね、むしろ自分が相手を異性として見られるかとか、雰囲気やかわいげを大事にします。健気な人も好きですね。
林 「さえりさん、好きだ好きだ!」って一生懸命にアプローチしてくるタイプですかね。
さえり そういうのには弱いです。オラオラしていて金や権力を見せびらかす人より、けなげで女々しい人が好きでした。でも最近は、精神的に自立してる人がいいなと思うようになりました。ライフステージに合わせて恋愛対象も変わりはじめたのでしょうか。
林 年齢的に結婚についても考え出す時期かと思いますが、経済的なところも重視しますか?
さえり あまり考えないですね。私が働いて稼げばいいやと思います。稼ぐ力があるかどうかは大事だけど、今稼いでいるかどうかは問題ではないというか。むしろ養われるのは抵抗があるし、「なにかあっても自分は自分で生きられる」と思って生きていきたい。それよりは、家庭で家族として機能する人、私の親とも仲良くしてくれる人がいい、そんな風に思っています。
林 なるほど。
さえり もちろん「結婚相手は、収入があってちゃんと養ってくれる人がいい」と言っている女の子もいます。ただ私が見ている限り、私より若い世代は、一部の港区女子みたいな子を除くと、単純に「一番好きな人と結婚したい」と言っている純粋な子が多いイメージもあります。
林 でもそれって現実的な話をまだ知らないってことですかね。例えば、スーツを着てそのへんの街を歩いているサラリーマンを指して「あの人たちの年収は、だいたい400万円ぐらいです」って言っても女の子たちはピンとこないんですよね。世帯年収が400万円だと、いざ結婚しても、東京では家も車も買えない。海外旅行にも行けないし、子どもを私立に通わせるなんてムリ。その生活をするには都心では年収2000万円ないと成り立たない。そういう話をすると、徐々に「うーん、じゃあ800万はほしいかな…」となる(笑)。
もともと親がお金を持っていて、とくになに不自由なく私立の大学まで行ける人たちが、そういったリアルな経済状況を知らないで話しているのかな、とも感じますね。もちろんなにも知らないまま結婚しても、それはそれで幸せだとは思いますが。
恋愛の季節は戻らない、でも違う春が来る
さえり 「結婚するなら一番好きな人」としたいと言ってはいるものの、最近よく考えているのは「一番好きな人と結婚してしまうと、彼の記憶の中では自分は一番美しい女性のままでいられなくなるのではないか」ということなんです。
林 え、え、ちょっとわからない(笑)。どういうことですか?
さえり 長い間、ずっと一緒にいるとやがて年をとったり、喧嘩をしたり、関係性の変化もあるだろうし、その過程でどうしても自分の嫌な部分を相手に見せてしまうだろうし、キレイな私のままでいられなくなるじゃないですか。
現実的な、日常的な女になってしまう……というか。非現実的で、楽しいところだけ味わっていた恋人のような女でいられないというか。
林 ボクは現在48歳で、年上の妻は56歳ですが、今でも妻のことを一番キレイだなと思っていますし、彼女と一緒に話しているのがいちばん楽しいですよ。恋愛的な接触があれば、どうしてもそこには人間としての醜い部分が生まれてきますよね。結婚生活を送っていると、いろいろなつらいこともあるけれど、でも「この人のことを一番好きだと思ったから結婚したんだ」という気持ちを思い起こすことでそこは乗り越えられるのではないでしょうか。
さえり 2001年に公開された「スウィート・ノベンバー」という映画があるのですが、主人公の男女は期間限定の恋人として1ヶ月間だけ付き合うんです。やがて互いに惹かれ合っていくものの、実は女の人は余命わずかの不治の病に侵されていて。そして病状が悪化して死にゆく自分の姿を見せたくない、自分の美しい姿だけ彼に覚えておいてほしいという思いから、最愛の彼の前から姿を消すんです。
この映画のレビューは「そこまで好きになったのなら、死ぬときまで一緒にいればいいのに」という意見と、「キレイなところだけを残して別れてしまう主人公の気持ちもわかる」と真っ二つに分かれていました。私は、この映画の女性が恋人の前から姿を消してしまう気持ちがわかるんです。すごく好きな相手だからこそ、見せないほうがいいことがあるのかもしれないと思っています。
林 それは年齢を重ねることへの不安に起因するものですか?
さえり 彼の中で一番、魅力的な存在でいたいという気持ちが強いんだと思う。林さんは、この本の中でも「恋愛には季節がある」と書かれていますよね。
林 少しずつ距離を縮めてドキドキする「春」から、お互いのことを考えて燃え上がる「夏」、徐々にやり取りや会う頻度が減っていく「秋」、そして恋の終わりを告げる「冬」ですね。そしてその恋愛の季節は逆戻りしない。
さえり ずっとドキドキし続けるのって無理なのでしょうか。また春が来てほしいと願う場合は、どうしたらいいと思いますか?
林 結婚したら日常で手が触れるだけで「あ、手が触れちゃった!」という風にお互いにドキドキする関係には戻らないでしょうけど(笑)、夫婦はダメなときがあってもまた「この人といるとおもしろいな」と思うだろうし、春は春でもまた違う春が巡ってくるのではないかなと思っていますね。
さえり 恋にもまた新しい春が巡るんですね。そんな風に過ごしていけると思えば、安心できるかも。
あと、最後に林さんに質問があります。この本で最後に登場する神楽坂で働くバーテンダーのエピソードは、林さんご自身の経験談ですか?
林 違います(笑)。たしかにこれってみんな、読んだ人がボクのことだと思ってくれているみたいですが、このエピソードに関しては違いますね。ただそうやって「これってひょっとして本当にあった話なのかな?」と思って読んでくださるのが一番嬉しいですよね。ある種の生々しさと恋愛の楽しさや切なさを感じてもらえたら……と思います。
(おわり)
*『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』は、バーのカウンターを語られたたくさんの恋のエピソードが詰まっています。ぜひご覧ください。
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