ゴキブリ100万匹、蚊とハエで10万匹、ダニ1億匹などなど……!
約100種類の害虫の“飼育員”による、害虫たちのことがよくわかって、好きになる!? この夏必読の『きらいになれない害虫図鑑』から、いくつかの害虫をピックアップしてご紹介します。
花の蜜を吸って生きています
日本で人を刺す蚊としてポピュラーなのが、アカイエカとヒトスジシマカ。
ということで、弊社で試験の主流として使っているのがこの2種です。どこにでもいる蚊ですが、どちらも素性のしっかりした、由緒正しい系統の蚊を飼っています。
というのも〝野良〟の蚊は、何か病原体を持っているかもしれないから。
アカイエカは寄生虫のフィラリアを持っている可能性があります。イヌの病気のように思われていますが、西郷隆盛がかかっていた象皮病もフィラリアが原因ですから甘く見てはいけません。
またヒトスジシマカは、デング熱の原因になるウイルスを媒介します。研究所の裏あたりで採ってきた蚊だって、そんなウイルスを絶対に持っていないとも言い切れません。
だから蚊の場合、「採集して飼育」はしないで大学や研究所から入手しています。
アカイエカは某公衆衛生関係の研究所からいただいた「御所系」。これは40年以上前に奈良県御所市で採集され、大学や研究施設などでずっと累代飼育されている系統で、薬剤の試験では標準的に使われるもの。弊社でも入手して20年以上、私の入社前からずっと累代飼育しています(飼育してる害虫はすべて入手経路の記載もあるのです)。
ヒトスジシマカはN大学から、ハマダラカの一種で日本名のない蚊(当時)はある感染症の研究所からいただきました(これ、羽化までの期間が長くて飼育が難しいんです)。
害虫を飼っている研究機関は、たぶんみなさんの想像以上にたくさんあって、飼育方法を教えてもらったり相談したり。とても頼りになる味方です。
ヒトスジシマカは墓地の花立てや竹の切り株、空き缶、植木鉢の水の受け皿など、ほんの少しの水があれば発生します。秋、小さな水たまりに産みつけられた卵は、そこが乾燥しても生きていて、春になって水が溜まると孵化してボウフラになる。
水中で落ち葉などから発生した有機物や微生物を食べて成長して、5月の連休のころには現れて「かゆっ!」となるわけです。
飼育室では、ボウフラのエサは市販の昆虫飼料やマウス・ラット用飼料を粉末にしたもの、ビール酵母などです。そして成虫には砂糖水。実はオスもメスも、蚊のエネルギー源は糖分ですから、自然界では花の蜜などを吸っています。血は産卵のための栄養源なので、吸血に来るのは交尾を終えたメスだけです。
「じゃ、その血はどうやって与えているの?」という疑問が湧くのは当然ですよね。
ある医大では、消費期限の切れた輸血用血液を温めて使っていると聞きました。また、細菌の培地用に販売されている牛や馬の血液の粉末を使う方法もあるようですが、そこから先は企業秘密。
さて吸血したメスは、アカイエカなら120〜150個、ヒトスジシマカでは100個前後の卵を産み落とします。精子は一度の交尾で受精嚢という袋に蓄えられているため、吸血するだけでまた産卵できます。こうして成虫のメスは3〜4回産卵するのです。
アカイエカの場合ボウフラの期間は7日ほどなので、月曜日に卵を集めて、翌週の月曜日にサナギになるようにタイミングを図っています。つまり孵化した週末に、ボウフラは終齢(幼虫の最終段階)まで成長しているので、金曜日にしっかりエサを与えておくと、週明け月曜日にサナギになってくれます。
想像するよりデリケート
今、振替休日で月曜日が休みになることが多いですよね。だから火曜にサナギになるように試してみたことがあります。でも、終齢のボウフラのために土曜日にエサやりが必要です。いろいろ曜日を動かしてみたのですが、あちらを立てればこちらが立たず。結局は月曜日が基準のスケジュールに戻っていました。
月曜日にサナギを集めようとしたら成虫になっているときもあります。もちろん遅れることも。飼育室内の温湿度が少しずれると、早くなったり遅くなったりするんです。加湿器が故障して湿度が下がると、産卵数がてきめんに低下します。
つまり、高温多湿の日本の夏にぴったり適合してるのが蚊。ヒトスジシマカの生息域が、少しずつ北上しているのもよくわかります。「害虫だから強い」のではなくて、環境に合っているから強いし大量に増える。想像するよりけっこうデリケートです。